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思い(尊)
准が病院に行くと、藤堂は不安と緊張に仕事が手につかなくなる。
もし、自分がいないところで記憶が蘇ってしまったら・・
それは、今の時間の終わりになるということだ。
だから、帰って来た准が、落胆した顔をしながら何も変わらないと言った時、藤堂は心底安堵していた。
「ごめん・・」
申し訳なさそうに謝る准に、藤堂も心の中で何度も謝っていた。
(ごめんね・・ごめん)
何も変わらないことに、安心している罪悪感。
複雑な気持ちを抱えているからだろうか、藤堂は毎日、准の夢を見ていた。
その夜もまた、准の夢を見る。
初めて会った時の夢だ。
・
薄暗い店内
奥では若い男女のグループがダーツをして騒いでいる。
「はあ・・」
准はカウンターに一人座って・・寂しそうに俯いていた。
薄暗い照明に、照らされる彼の姿を見て、初めての感情が俺を襲った。
ー綺麗だ・・ー
その頬は微かに赤く染まり
伏せた瞳は長いまつげに隠れていた。
決して女性的という分けではない。
だが、この店には不釣り合いな美しさに目を奪われた。
「いらっしゃい」
俺が声を掛けると
「あ・・・・どうも・・」
顔を上げて目を見開いて俺を見た。
大きな瞳に長いまつ毛
彼に目を奪われていると
「あの・・」
赤い唇が微かに開いた。
仲良くなるのに・・時間はかからなかった
「いらっしゃい!」
「藤堂さん・・こんばんわ」
「准君、今日はメガネかけてる!」
「ああ・・さっきまで勉強してたから」
そう言って、照れたように眼鏡を外す。
その仕草に俺の鼓動は羽上がった。
弁護士になるために・・准君は俺には考えられないくらい勉強をしている。
「はあ・・凄いね~」
何となく大学に進学した俺には考えられない世界だ。
「法律とか暗記するんでしょ?ほんと凄いね」
「藤堂さんの方が・・余程凄いよ」
そう言って俺が作ったカクテルを一口飲むだ。
赤い唇がグラスに触れる
その一連の動作が・・綺麗で・・
目を奪われるんだ
知れば知るほど
想いは膨らんでいく
『ハハ・・藤堂さんと話をするのは楽しいよ』
その笑顔に・・心臓がバカになる
好きだ
好きだよ
『藤堂さん・・』
・・・藤堂さん・・・
『尊・・』
「っ!」
目を開けると見慣れない天井が視界にはいった
どこだ・・と思うが、すぐに思い出す。
(そうだ・・准君のマンションだ・・)
横を見ると准が、気持ち良さそうに寝息をたてている。
「准・・・」
目頭が熱くなるのを感じながら、そっと頬を撫でた。
(こんな日が来るなんて・・)
こんな風に触れる日が来るとは思わなかったよ
「好きだよ・・准・・好きなんだ・・」
溢れる思いが口からこぼれ落ちる。
こんなことを願ってはいけないと分かっていても願わずにはいられない。
「・・・っん・・」
不意に、准が微かに身じろいだ
ドキッとして体が固まる。
だが、また寝息が聞こえ、胸を撫で下ろした。
「准君・・」
頬から手を離し、そっと手を握った。
(お願い・・まだ思い出さないでくれ)
「もう少しだけ・・このままでいさせて・・」
『藤堂さん・・・俺・・・』
お願いだよ・・准君・・
『尊・・・私ね・・・・』
「聞きたくない・・聞きたくない!」
手を握り長い指に唇を這わせた
「うう・・お願いだよ・・・」
鼓膜の奥に残る声に奥歯を噛み締めた時、
「ん・・・尊?」
准が薄く目を開いた。
「あ・・ゴメン・・起こしちゃったね」
「ふー・・尊・・まだ夜だよ・・寝よう」
俺の頭を撫でて、また目を瞑った。
「まだ、眠れるよね」
そう呟き、藤堂も目を瞑った。
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