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2人の距離 ※

それ以降、発情期が来る頃合いになると、仁志が心配して来てくれるようになった。 そうしているうち、当たり前のように体を繋げるようになり、その頻度も増えていく。 仁志は薬が効かなくて苦しむ純を見ていられないし、純にしてみれば、仁志は昂りを治めるのにちょうどいい相手だったのだ。 「ジュンちゃん、お待たせ!」 人生で何度目かわからない発情期、今日も仁志が来てくれた。 「…おそいよ仁志」 ベッドに寝転がった純が、軽く抗議してきた。 「ごめんって!」 ペットボトル飲料が入ったビニール袋を片手に下げた仁志が、ベッド脇まで歩み寄って、純と目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。 「ねえ、もうヤろうよ。ぼくガマンできない」 純がベッドから身を乗り出して、仁志の股を手のひらで優しく撫でると、ほんのり兆しはじめた。 「落ち着いてよ、ジュンちゃん!」 仁志は戸惑った様子を見せる一方、まんざらでもないようで、純の誘いに乗るように、ベッドに乗り上げてきた。 「……ジッとしててね」 純が仁志の男根を舌先で可愛がると、仁志が「んっ」と唸った。 唾液を絡ませて、じゅっ、じゅっと優しく吸い付き、根元まで口内に押し込んでいく。 そうして頭を前後に動かしていくと、男根が膨張するのを口内で感じ取った。 「あっ、ジュンちゃんッ…でるっ、でちゃうからっ!」 仁志が純の頭に軽く触れる。 純はちゅぱっと音を立てて男根を口から引き抜くと、唇についた唾液を指で拭った。 「もうしっかり勃ったよね?ねえ、早く…」 四つん這いになり、仁志に向かって尻を上げた。 腰の奥が疼き、脳の奥底から「早くシて」と懇願している。 「ジュンちゃん!あんまり煽るんじゃないよ!!」 用意周到なもので、わざわざポケットに避妊具を入れていたらしい。 男根に避妊具をつけるやいなや、一気に挿入された。 「ああっ!んっ、んんっ…ふっ、あっ、ああー、いいッ、きもちいいっ」 何度経験しても、この快感には抗えない。 胎内を抉られ、蹂躙されると、瞬く間に理性が飛ぶ。 「ジュンちゃんッ、あまり締めないで!おれ、だめっ…むり!!」 本人の言うとおり、仁志は本当に余裕の無い顔をしていた。 純も絶頂が近い。 「うんっ、だしてっ、たくさんだしてえ!」 お互いの体を確かめ合うように快感を分かち合って、2人は果てた。 「仁志、いつも相手してくれて、ありがとう」 行為が終わった後、狭いベッドの上で2人は同じ毛布にくるまった。 「別にいいよ」 「だよね!仁志はモテないから、別にいいよね!」 「言ってくれるなあ」 しおらしい顔をして礼を言ったかと思えば、いきなり態度を変えて失礼なことを言う純に、仁志は唇を尖らせた。 「早く、ちゃんとした番が欲しいなあ。そしたら、薬も要らなくなるし、生活しやすくなるもん。仁志、誰かいい人いない?優しくて金持ちでイケメンなアルファの人」 「いないよ。そんな人、ツチノコ見つけるくらい大変なことだよ?ていうかジュンちゃん、早く番が欲しいなら、オレとこんなことしてる場合じゃないじゃん」 「それもそっかあ…」 純は盛大なため息を吐いた。 「そこまで言うなら、あの大貴って人は?人間性にまあまあの難はあるけど、大会社の会長の親族だし、幹部候補らしいし、親族同士の派閥争いに負けても、何ごともなければそれなりの地位につくはずだって高貴さんも言ってたしさ」 「いや、ムリムリ!」 純はあからさまに嫌な顔をして、首をブンブン横に振った。 「即答だな」 その態度がちょっと面白くて、仁志はクスッと笑った。 「てゆうかさあ、なんで会社の人たちはあんなどうしようもないのを放ったらかしにしてるんだろう?高貴さんの親父にも同じことが言えるよね」 純が額についた汗を手の甲で拭った。 「高貴さん曰く、ただ下半身がだらしないだけで、法を犯してるワケではないし、新聞沙汰にもならないなら、会社の人はそのへん目をつぶるんだって。まあ、プライベートなことにまで口を挟む理由は無いもんね」 仁志が肩をすくめた。 「そりゃそうだけどさ、そういうのを放っとくから、あんな事件起きたんじゃない?少しは咎めればいいのに」 「まあねー、高貴さんの親父さん、死んだ後になって、いろんな不正が発覚して大騒ぎになったらしいし」 仁志が「やれやれ」という顔をして、体勢を変える。 「いろんな不正?」 仁志が体勢を変えたのに合わせて、純も身じろぎした。 「こないだ話した焼肉屋の集団食中毒とか、運送会社のトラックがはずれて死人が出た話とか、アレはぜーんぶ高貴さんの親父さんがCEOやってた子会社で起きてたらしいよ」 「うっわ、最悪!」 純が顔をしかめた。 「だよねー、高貴さんが「テキトーな仕事は人を殺すよ」って口を酸っぱくして言うの、こういうとこから来てるのかも」 ──きっとそれで共犯者扱いされたりとか、いろいろ苦労したんだろうなあ 純は高貴さんの苦労を勝手に想像して、勝手に同情していた。 「そこまで素行の酷い人ならさ、野放しにしたり、地位を与えたりしなきゃいいのに……」 純の問いかけに対して、仁志からの返答はなかった。 気がつくと、仁志は規則正しい呼吸音を鳴らして、すっかり寝こけてしまっていた。 ──会話の途中で寝落ちとか…… 純は呆れたが、仕事が終わった後に自分の相手をさせているのだから、疲れて寝てしまうのは当たり前だとも感じたので、そのままにしてやることに決めた。 仁志は、明日の出勤は午後からと言っていた。 その前に朝食の用意をしてやろうと考えながら、純も隣で眠りについた。 カーテンの隙間から差し込む朝日に目を刺されて、仁志は目を覚ました。 時計を見ると、現在10時半。 「おはよう、仁志」 仁志が重たい体を引きずったままベッドから這い出ると、先に起きていた純に朝の挨拶をされた。 「おはよう」 「朝ごはん、できてるよ」 言われてみれば、キッチンからいい匂いがする。 「ありがとう。ていうかジュンちゃん、発情期、今は大丈夫なの?」 「きのう散々ヤったんだもん。さすがにもう発情はしないよ。ほら、朝ごはん早く食べちゃって!」 純は呆れたようにクスクス笑うと、仁志の肩をポンポン叩いた。 「わかった。調子悪くなったら、連絡してね。仕事終わったら、すぐに行くよ」 「ありがとう」 純は朝食にトマトとレタスのサラダ、スクランブルエッグにソーセージ、トーストを出してくれて、コーヒーも淹れてくれた。 仁志がそれをあっという間に平らげてしまうと、純は「もっと味わって食べてよ」と唇を尖らせて文句を言った。 「じゃあ、仕事行ってくるね」 朝食を食べ終えると、仁志は身軽な動作で身支度を整えて、玄関まで向かった。 「うん、夕方、また来てね!」 玄関ドアから半身を出して手を振る姿は、結婚して間もない若妻のようだった。 ──さて、発情期が襲ってくる前に、買い物済ませなきゃね! 仁志が出て行った後、純は地元のスーパーまで買い物に行くことにした。 サイフとスマートフォンが入ったバッグを持ち、玄関ドアを出て鍵を閉めると、マンションの階段を上機嫌で降りていく。 ──今日はお肉が安かったはず。あと、牛乳と醤油切らしてたな 仁志に何か作ってあげようと考えながら、スーパーまでの道を軽い足取りで歩いていく。 「あれ?ジュンちゃん?」 耳障りな声に名前を呼ばれて、足を止めてしまったことを、純は後悔した。  ──しまった! 「ねえ、オレと番になる話、考えてくれた?」 声の主は大貴であった。 こんなところで何をしているのか。 ひょっとしてストーキングしていたのだろうか、という疑念が浮かんできて、純はさぶいぼが立った。 「絶対ムリ!」 即答だった。 「なんで?オレほどの優良物件はめったに無いと思うけどなあ?」 「……ぼくは自分のことを愛してくれる人がいいの。アンタに言ってもわからないだろうけど」 「うん、わからないね!そんな理由で番組むヤツなんかいないよ。オレたちの間じゃ、番が何人いるかで競い合ってるくらいなんだから!」 大貴はわざとらしくプッと吹き出した。 「……お前の周りはゴミしかいないんだね」 あからさまに人をバカにした大貴の仕草に、純の怒りは増していく。 「前にも言ったよね?アルファとオメガの番っていうのは主従関係なんだよ?咬み傷はアルファの所有の証であって、オメガには選ぶ権利も求める権利ももともと無いんだよ。これだけわかりやすく説明すればわかる?」 「……もともとがどうであれ、ぼくはアンタが嫌いなんだよ」 ──同じ兄弟で顔も声も似ているのに、高貴さんとコイツはどうしてこうも違うんだろう? 高貴さんの柔和な物腰と、目の前の俗物との態度を比べて、純は心の奥底から辟易した。 「オレの立場は好きでしょ?」 「立場だけはね」 純は舌打ち混じりに答えた。 「それで充分。オレって優しくない?番になった後、ジュンちゃんが他のヤツと遊んでても怒らないし、捨てたりもしないし。ちゃんと責任取るよ?面倒見切れない番が山ほどいても、何の自慢にもならないからねー」 「聞いて呆れるよ。だったら別のオメガと好きなだけ番になればいいだろうに、なんでよりにもよってぼく?勘弁して欲しいんだけど」 「ジュンちゃんは隣に置いてても恥ずかしくないくらいには顔はかわいいし。ぶりっ子なところもタイプだし?」 大貴は、ワックスでほんのりベタついた前髪をかき上げた。 「褒めてないだろ、それ。ていうか、それ以前の問題。高貴さんから聞いたけど、会社では大したポストに座れてないんだろ?そんなんで山ほど番作って、養いきれるワケ?」 「それだけどさ、ジュンちゃんから上手く言えば、アイツも会社に戻る気になるんじゃない?オレが大した位置に座れなくても、アイツが重要な地位に就けば、その分だけ同じ派閥にいるオレもジュンちゃんも、いい暮らしができると思うし。だから、アイツになんとか言ってくれない?」 大貴はさりげなく、純にとんでもない頼み事をしてきた。 そもそも、純は大貴と「同じ派閥」に入るつもりもないのだ。 ──いい加減にしろよコイツ! 「ぼくをお家騒動に巻き込むワケ⁈」 純は唇を震わせた。 「ねえ、ジュンちゃん。きみ、発情期うまく抑えられないでしょ?」 純の疑問には答えず、大貴は自分の疑問を投げかけてきた。 「他の人から聞いたよ。毎回かならず休み取るぐらいならさ、そりゃ早く番が欲しいよね。何もかも理想通りとはいかないんだからさ、少しは妥協するのも大事だと思うよー?」 「それは……」 図星を突かれただけに、純は何も言えなかった。 「まあ、あとはジュンちゃんが決めればいいことだけどさ、あまり返事を焦らしてもいいことないよ?ただかわいいだけのジュンちゃんの価値は、刻一刻と下がっていくだけなんだから」 言い捨てて、大貴は去っていった。 ──わかってるよ、そんなこと…… 今までに感じたことのない葛藤を覚えた純は、その場に立ち尽くしていた。 しばらく経ってから、純はやっと歩き出すことができたが、その足取りは、さっきよりずっと重かった。

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