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恋煩いと食欲

久しぶりの休日、仁志は友人の結希人(ゆきと)と会っていた。 場所は、仁志の家からたいぶ離れたレストラン街の真ん中にある食べ放題レストラン。 シュラスコというブラジル式バーベキューの店で、店員が串に刺して焼いた肉を客席まで持ってきて、切り分けて皿に盛ってくれるシステムとなっている。 デザートやサラダバーなんかもついていて、会計はひとり3,300円。 大食の2人にはうってつけというわけだ。 結希人とは、かつて同じ中学、同じ高校に通い、よく一緒につるんで悪さばかり働いていた悪友でもあった。 縁が切れたのは高校1年生の8月。 夏休み中に他校生とケンカになって警察沙汰となり、このときに過去に行っていた窃盗まで明るみに出たために別々の少年院送りとなった。 「仁志、久しぶりだなあ」 結希人がスタッフが切り分けてくれたピッカーニャ(牛の尻)を頬張りながら、再会を喜んだ。 約1年半ぶりに会った結希人は、すっかり様変わりしていた。 初めて会った中学時代から縁が切れる高校時代まではずっと、大雑把なスポーツ刈りで眉毛がなく、いかにも気の荒そうな不良少年といった風体だったのに。 それが今はどうか。 髪はネイビーブルーに染めたツーブロック。 首や腕はドクロだのヘビだの十字架だの、一面タトゥーで覆われていて、元の皮膚がほとんど見えていない。 本人曰く、脚も一面タトゥーだらけなのだとか。 基本的にタトゥーなんか入れている人間は、飲食店にさえ入れないことが多い。 そんなわけだから、結希人は人と会うときは基本的に長袖長ズボン、夏場だと通気性の良いスポーツボレロを着てタトゥーを隠して出かけるそうだ。 さらには、耳にも眉にも唇にもピアスが通されていて、合計すると20個くらい空けているらしい。 こんな風体ではまともに仕事などできないだろうと仁志は踏んでいたが、ショップ店員と鉄工所のバイトを掛け持ちして、立派に働いているらしかった。 「うん。結希人は元気だった?」 仁志も結希人に対抗するかのように、グリルチキンを口いっぱいに放り込んでいく。 「そりゃもう元気バリバリ。仁志は最近どうなの?イタメシ屋で働いてるんだっけ?」 食べながら話しているうち、結希人は皿の上に盛られていたピッカーニャをかけらも残さず平らげた。 「イタメシ屋っていうか…普通のレストランだよ。オムライスとかハンバーグとかエビフライ定食とか売ってるようなところ」 結希人が食べ終わるのと同時に、仁志もグリルチキンを食べ切った。 この2人は大食に加えて、食べるスピードも早い。 結希人と仁志が食べ終わるのを見計らってか、若い男性店員が肉の刺さった串を持って「失礼します」とテーブルまでやってきた。 「オンブロ・デ・ポルコ、豚の肩ロースです」 「あ、くださーい」 「オレもお願いします」 2人が同時に皿を出すと、店員が「かしこまりました」と言って切り分けたオンブロ・デ・ポルコを皿の上に乗せた。 「そっかあ。うまくやれてんの?」 「うん、店長も社員もパートさんもお客さんもいい人ばっかだよ」 2人はオンブロ・デ・ポルコをあっという間に平らげて、お互いの近況を話した。 「仁志、今はいい人いるの?」 店員が持ってきてくれたアルカトラ(牛の下腰部)をナイフで上手に細切れにしながら、結希人が話題を変えた。 「……気になってる子はいる」 仁志も結希人に倣うようにして、アルカトラを細切れにしてから口に入れた。 「だあれ?職場でいっしょの子?」 「うん」 「どんな子?かわいい?」 結希人はアルカトラを口いっぱいに頬張ってもごもご言いながら、いかにも好奇心いっぱいといった様子で聞いてくる。 「うん、すっごくかわいい。最近うちの店に入ってきた同い年のオメガの男の子だよ」 「へえ。脈はあるカンジ?」 「あんま無いかなあ」 話しながら食べている間に、2人はアルカトラも平らげてしまった。 「えー、意外!お前超モテてたじゃん。あ、デザート取ってくるね。肉ばっか食ってたもんだから、甘いもの欲しくなっちゃった」 結希人は会話を中断させると、デザートビュッフェコーナーまで向かっていった。 結希人はいつもこうだ。 移り気というのか、自分から話を振っておいて、その話を途中で脱線させてしまう。 このあたりは中学生の頃から何も変わっていないなと呆れつつ、仁志も甘いものが欲しくなってきたので、デザートを取りにいくことにした。 「で、何の話だっけ?」 結希人はブルーベリーのムースとフォンダンショコラ、ベイクドチーズケーキ、モンブラン、ココアビスケット10枚を皿に乗せて席についた。 「お前なあ…」 仁志はストロベリーショートケーキ、ティラミス、キャラメルプディング、ホワイトチョコレートのタルト、ラズベリーのゼリーが乗った皿をテーブルに置いて、席についた。 「えーと、オメガのかわいい子が気になるんだろ?で、アタックはしないの?その子、カレシ持ちとか?」 結希人がブルーベリーのムースにスプーンを差し込んだ。 「いや、カレシはいないけど。ただ、番になってくれる結婚相手探してるらしいんだよ。アルファの人で…」 言うと仁志は、ラズベリーのゼリーを飲むように食べた。 「そりゃ絶望的だなあ」 「そうだろ?アルファ様には何しても勝てねえよ。うちの店長もアルファだけどさ、たくましくて頼りになるし。ホントに、何やったって勝てる気しねえよ…ベータはオメガと番になれないし……オレ、その子とは、その…寝てるんだけどさ…」 キャラメルプディングをもそもそ食べながら、仁志は自信なさげに言った。 「え?」 仁志の言葉を聞いた結希人は、持っていたスプーンをカタンと落とした。 「オレ、その子のセフレなんだよ」 「え?その子、セフレがいる中で番探してるの⁈」 結希人が驚いて口を開くと、口内に残っていたブルーベリーのムースがテーブルに落ちた。 「発情期が辛いらしいんだよ。薬もぜんぜん効かないらしくて…だから、番を欲しがってるんだよ」 仁志が顔をしかめながらナプキンを手に取り、結希人の口からテーブルに落ちていったムースを拭く。 「なるほどねー、お前は発情期がしんどいときの慰め役ってワケか」 結希人は落ちたスプーンを拾うと、それでモンブランをすくった。 「…うん」 仁志が力なくうなずく。 「でもさ、肉体関係から発展して、付き合えることもあるかもよ?」 元気のない仁志の様子を見た結希人が、慰め半分に告げた。 「オレじゃあ、番にできないよ」 「うん、番にはできなくてもさ、その子が心変わりしてくれることがあるかもよ?手の届かないアルファの相手より、目の前のベータの男の方がいいかも、ってなカンジで」 モンブランを食べ切った結希人は、今度はココアビスケットをかじり始めた。 「オレ、そんな妥協されて付き合うことになるわけ?」 仁志がホワイトチョコレートのタルトを手づかみでかじる。 「妥協された上でもさ、付き合えるならいいんじゃない?セフレでさえいられなくなるよりはいいじゃん」 「そうだけど…」 「まあ、そのときに付き合うか、付き合わないかは、お前が決めることだよ」 結希人がフォンダンショコラにスプーンを刺すと、中からチョコレートがとろりと溢れた。 「まあな」 ──どうするかな、ホント… 仁志は真剣に悩んだ。 しかし、真剣に悩みながらも食は進む。 それこそ、この2人は落ち込んだときでも食欲だけはしっかり機能するタイプだ。 この日は結局、2人で肉は合計7キロ、サラダは4杯、ケーキは2ホール半ほど食べた。

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