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2人の決意

仕事を終えた帰り道、仁志と純は2人で連れ立って歩いていた。 「いやー、恐ろしいなあ、大貴のヤツ。あれだけのことしでかしておいて、その上でジュンちゃん口説くんだもん」 「ホントホント、アイツに番にされなくてよかったよ」 大貴の容疑が発覚して1週間、騒ぎはなかなか鎮まらず、店には新聞社や週刊誌なんかの記者やカメラマンがやってきて、そのたびに店内は大混乱だった。 「お風呂に入れないし、ごはんもあげずにほったらかしとか…ホント、子どもがかわいそう」 純は罪なき子どもたちの身を案じて、泣きそうな顔をしていた。 大貴の子どもたちへの仕打ちは、いわゆる育児放棄(ネグレクト)と呼ばれるものだ。 大貴は、子どもを生ませたら最後、番にまかせきりという有り様だったらしい。 番のオメガもオメガたちで、大半は我が子をベビーシッターに任せたまま、家事も家政婦任せで、大貴の金で遊び惚けていたという。 それだけなら良いが、酷いのになってくると、ベビーシッターや家政婦に夜遊びや浪費を責められたことで、ベビーシッターと家政婦を辞めさせたのだという。 そこから、事態は悪化の一途をたどっていく。 こうなってくると当然のことだが、もとから家のことや子どものことを他人に丸投げしていた人間が、家事をしっかりこなしながら、我が子の面倒を見るなどということが、できるわけもない。 当然、家の中は荒れ放題。 子どもには食事もろくに与えず、風呂にも入れないし着替えさせることさえしないし、できない。 こんな惨状だから、腹を空かせた子どもが管理人室にやってきて、パンやら菓子やらをねだってくるのは当然の顛末と言えるし、管理人が子どもの身なりや様子に違和感を覚えて、児童相談所に連絡するのも当たり前のことであった。 母親にあたる番は逮捕され、子どもに関わる責任は、父親も母親も両方にあるわけだから、当然大貴も容疑者となる。 外観は立派なタワーマンションの最上階の内情は、驚くほどに悲惨なものであった。 大貴たちの父にあたる豪貴は、愛人ひとりひとりに部屋を買い与えるくらいの甲斐性と経済力があったが、大貴にそんなものはなかった。 したがって、大貴と愛人たち、その子どもたちとで、汚い部屋の中、大人数がいつでも寿司詰め状態。 そんな最中で、大貴は純を口説こうとしたり、父方の実家の派閥争いに夢中になっていたというのだ。 「ジュンちゃんさ、ホントにアイツと番にならなくてよかったね」 報道を見た仁志は、大貴に呆れるばかりだった。 自分のテリトリーが揉めているのにろくに対処もせず、子どもをほったらかし、若いオメガを追いかけ回すことに夢中になっていたなんて、あまりにもバカげている。 「オレさ、アルファの人ってオレたちとは比べものにならないくらいに賢い人ばっかだと思ってたよ」 これに対して高貴さんは、「知能や身体能力が高いことと、商才や良識があることは別」と、ウンザリ顔で語っていた。 「まあ、どこなり例外ってあるんじゃない?」 「それもそっかあ。でもさ、ジュンちゃんの番探し、振り出しに戻っちゃったね。これからどうするの?婚活とかするカンジ?」 仁志に今後の身の振り方を聞かれて、純は色々と考えを巡らせた後、答えを出した。 「ねえ、仁志、ぼくと付き合ってくれる?」 「なに、急に…」 仁志は口をあんぐりと開けて、純を見つめた。 「仁志はやっぱり、ぼくのことが嫌い?ちょっと前に、好きって言ってくれたでしょう?アレは嘘だったの?」 「ち、違うよ。オレは、ジュンちゃんのこと大好きだよ。でも、オレはベータだよ?金も地位もないし。それどころか、中卒で少年院入ってたようなヤツで、イケメンじゃないし……ジュンちゃん、「金持ちでイケメンのアルファと番になって結婚して、それでめでたく寿退社!」とか言ってたじゃん。急にどうしたの?」 仁志は赤面して、あわてふためいた。 「ぼく、番とか結婚とか、もうそんなのどうでもいいんだ」 仁志とは正反対に純は真剣そのものといった顔で、その対比は、傍から見ればとてつもなく滑稽であろう。 それでも、純は一向に引く気配がない。 「ぼく、大貴や高貴さん以外にもいろんなアルファに会ったよ。付き合った人もいる。でも何でかわからないけど、ぜんぜん好きになれなかった。向こうがこっちのこと見下してる態度取ったり、嫌なこと言われたってのもらあるだろうけど。それでまた、振り出しに戻るだけで…でも、今は違うんだ。胸張って言えるよ。ぼく、仁志のことが好き。だから、付き合ってくれる?これからもずっと、一緒にいてくれる?」 こうまで熱く言われては、仁志は応えるより他ならない。 「……うん、わかった。オレたち、付き合おう!」 「ホントに?嬉しいよ仁志!!」 そう言って飛びついてきた純を、仁志はギュッと強く抱きしめた。 「あ、それとね、ぼく、今度の発情期は10日後なんだ。その日に家に来てくれる?」 耳元で艶っぽく囁かれて、仁志の耳はかあっと熱くなった。 それから1週間後。 「軽井沢くん、相田くんから聞いたよ。結局、番を探すのは止めにしたんだよね?」 仕事中、高貴さんに声をかけられた。 「ええ、これからは、仁志と仲良くやっていくつもりなんで!」 純がにっこり笑った。 「それでいいのかい?発情期大変だろうに…」 断言する純に対して、高貴さんは心配そうな顔をする。 「いいんです、発情期がつらいときは、仁志が支えてくれるから!ぼく、休み挟みながら、頑張って働きます。だから、これからもお世話になりますね、高貴さん!」 「そっか、そりゃよかった。正直言うとね、忍尾さんが辞めちゃったから、この上でさらに軽井沢くんが寿退社なんかしちゃうと困るなーと思ってたから、嬉しいよ」 明るく振る舞う純を見て、高貴さんはホッとしたような顔をしてみせた。 「え、忍尾さん、辞めたんですか⁈」 初耳だった。 もっとも、忍尾さんとは元からあまり話さないし、大貴が店にやってきて純に襲いかかってきたときからも、それは変わらなかった。 「うん、なんかねえ、ご家庭の事情で働けなくなったらしくて…」 高貴さんは肩をがっくり落とした。 店はそこそこに繁盛している一方、人手がなかなか確保できないので、パートやアルバイトが一人辞めるだけでも結構な痛手なのだろつ。 「そうなんですね…」 肩を落とした高貴さんを見て、今度は純が心配そうな顔をした。 「そうなんだよ。とりあえず、休憩行ってくるから、その間よろしくね」 「はあい、いってらっしゃい」 休憩室に向かっていく高貴さんに、純は軽く手を振って見送った。 ──さ、真知子伯母さんに連絡入れるとするか… 純に見送られる中、高貴は使が杖を降るように空中で指を遊ばせたかと思うと、ポケットからスマートフォンを出した。

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