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シンデレラの黒幕

真知子の家の電話が鳴った。 「もしもし、真知子伯母さん?高貴でーす!」 受話器を手に取って、「もしもし」と呼びかけてみれば、予想通りの相手が名乗ってきた。 マスコミからの追求は相変わらずとはいえ、嫌っている兄や母親が店にやってこなくなったからか、異様に上機嫌だ。 「どうされました?」 真知子はわずかに身じろぎして、受話器の位置を直した。 「それはこっちのセリフだよ。あのあと大貴はどうなったの?」 「会社での役職と子どもたちの親権は失って、住んでいたマンションも追い出されたと聞いています。大貴さんの子どもたちは施設やら里親やら身内の何人かに引き取られました。大貴さん自身はたぶん、警察のお世話になってるかと。あんな様子じゃ、ただですまないことは明確でしょうしね」 やはり用件はそれであったかと思いつつ、真知子は知っていることを全て話した。 「まあ、そうだろうねえ」 受話器の向こうから、高貴のクスクス笑う声がかすかに聞こえる。 「そういえば、軽井沢さんはどうしました?」 真知子は、気になっていたことを尋ねた。 目的は果たしたのだし、店の従業員たちとは大した親交もなかったから、高貴だけに辞める旨を伝えて店を去って行ったのだけど、身内に襲われた若い従業員のことは少し心配だった。 「相田くんと付き合い始めたみたいだよ。軽井沢くんね、もう番は要らないし、結婚もどうでもいいんだって。いやあ、よかったよかった!円満解決だね!!」 「あなたが仕掛けたことなのでは?」 白々しいセリフを吐く高貴に、真知子は内心フンと笑った。 「まあね。でもいいじゃない、相田くんは軽井沢くんのこと好きだったみたいだし、軽井沢くんは相田くんの優しさに気づいて、それでお互いが惹かれ合ったわけだし。いやあ、毎日のように相田くんにお見送りさせた甲斐があったよ」 「なんだってそんな手間のかかることを?出歯亀根性で?」 真知子には、高貴がやったことの意図がまるで見えなかった。 「違うよ。いっしょに仕事してるうちに軽井沢くんに「番にしてください」なんて言われたら困るからだよ。僕は平穏無事に暮らしたいんだ。結婚はしないし、番も要らない。会社での出世競争にも参加しない。「現状維持」が僕のモットーなわけ」 要は高貴は、自分の平穏な現状を守るために自分の兄や母親を退けて、さらには若い従業員ふたりの感情を利用したのだ。 ──とんでもない男だわ… 受話器を握る手が、ほんのり汗ばんだ。 そんな真知子の心情など知ったことではないとばかりに、高貴は話を続けた。 「あの子、すごーくロマンチストだからねー。お金持ちだけど愛してない男と別れて、ずっとそばにいてくれた愛しい男の元へ走っていく。これもなかなかロマンチックだろう?」 「……そうですね」 はなから仕組まれたロマンスなど、ロマンチックと言い切れるのだろうか、と真知子は疑念が湧いた。 「まあ、軽井沢くんが大貴を選ぶ心配もあったにはあったけどね。軽井沢くん、シンデレラみたいなストーリーが大好きって言ってたもの。あの子、ちょっと夢見がちなんだよね」 「シンデレラ?あんな、まやかしみたいな話が?」 「ふふっ、ねえ、真知子伯母さん、アレは案外まやかしとも言えないよ?」 「なぜです?」 「シンデレラってさ、12時になったらドレスも馬車もなくなったのに、どうしてガラスの靴だけが残ったんだと思う?」 「さあ?」 突然、この男は何を言い出すのだろう。 高貴のつかめない言動に、真知子はとことん惑わされた。 「これはぼくの解釈だよ?思うに、魔法使いはシンデレラのことを前から知ってたんだよ」 「ほう?」 「魔法使いは継母や姉たちにいじめられてたシンデレラをどこかから見ていて、気の毒に思ってた。そこで、せめて数時間だけ、楽しい思い出を残してやりたいと思ったわけだ。「舞踏会に行きたい」っていう、ささやかな夢くらいは叶えてやりたかった。ガラスの靴はその記念品みたいなものだと思う。ドレスやアクセサリーの類は意地悪な姉たちに盗られる可能性がある。けれど、靴は姉の足に合わないから、そのまま置いておける。魔法使いからしてみれば、それだけのことだった。王子様のとのことなんか、まるで考えてなかった」 「なるほどなるほど」 未だに高貴の言いたいことはよくわからないので、真知子は曖昧な相槌を打った。 「シンデレラが王子様に見初められたのは、魔法使いにとっても予想外の出来事だったんじゃないかな?たった一夜の夢だったはずが、シンデレラは思わぬ幸福を手に入れた。ぼくが思う筋書きはこうだよ」 「今回のこの件、軽井沢さんがシンデレラだとするとなら、魔法使いがあなた、というわけですか?」 真知子は、高貴の言っていることの真意がようやく見えたような気がした。 「この場合はそういうことになるねえ」 魔法使い? とんでもない。 この男は、かわいそうな女の子に幸福を与えるような、そんなありがたい存在ではない。 どちらかといえば、みずからの幸福や平和の邪魔となり、自分を迫害してきた継母に、真っ赤に焼けた鉄の靴を履かせて、死ぬまで踊らせた残忍極まりない白雪姫のそれだ。 「なるほど。時代ですとか地域ですとか、出版元によりますけどね、原作では意地悪な姉は足を切ってしまったり、鳩に目を突かれてしまうのだとか」 「因果応報だよ。小学生でも思いつくような月並みな正論だけどね、人様にやったことは全部自分に返ってくるんだよ。それも、本人が予想もしてなかった方向からね」 #魔法使い__・__#はプッと吹き出した。 「今どきの絵本だと、シンデレラは結婚した後は、意地悪な継母と義理の姉を許して、王宮に迎え入れるように王子様に進言するそうですよ」 「そんなことしなくていいだろうに。今どきのシンデレラはお人好しなんだねえ。少なくとも、あの子たちはあの子たちの幸せだけ考えていれば、それでいいんだよ。悪いヤツらのことも、魔法使いのことだって考えなくていいんだ」 魔法使いは肩を震わせて、ひたすら笑い続ける。 おとぎ話において、魔法使いほど二面性のある者はいない。 あるものは、気の毒な身の上の少女にガラスの靴やかぼちゃの馬車を与えたりするが、あるものは、ハンサムな王子様を醜い野獣やカエルに変えてしまう。 シンデレラの継母や姉、赤ずきんの狼、白雪姫の魔女、お菓子の家の老婆…… そんな不埒な連中を葬り去るために、どれほどの権謀術数が蠢いているかなど、若い恋人たちは知らないし、知らなくていいのだ。 少なくとも、この魔法使いはそう思っている。

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