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芽生えた疑問
「服は持ってきたからね。ああ、あと何か欲しいものあるかな?希望ごあれば買ってこようか?」
「ふざけんな、てめえ!週刊誌にオレを売ったの、お前だろ!!」
「何なの?突然わけのわからないことを言わないでくれる?」
大貴は顔を歪めたままだが、高貴は相変わらず子どもをなだめすかすような態度であった。
そんな高貴の態度が気に入らない様子の大貴は、しばらくこちらを睨みつけていた。
「なあ、お前さ…」
大貴が不気味なくらいに急に冷静になった。
「なあに?」
「貴彦 を殺したのは、お前だろ?」
貴彦というのは、今から15年前に死亡した大貴と高貴の実の弟で、存命していれば35歳になっていたはずだ。
「いきなり何を言い出すんだい?兄さん、貴彦は事故死だよ?警察もそう言ってたし、兄さんだって知ってるでしょう?あの子ったら、20歳になったのを機に調子に乗ってハメ外して、酒飲み過ぎて死んだんじゃないか。ホントにバカだよねえ」
高貴のこの言い分が、警察の見解だった。
検死解剖も行われたため、結果は急性アルコール中毒ということは間違いないと断言できる。
しかしながら、大貴は貴彦の死に疑問があった。
正確には、最近になって疑問が湧いてきたのだ。
自分が高貴の店に来てから逮捕に至るまで、やけにスムーズに事が運んでいる。
報道だって、マスコミがやけに事細かに自分のやったことを知っているし、証拠も揃いすぎている。
おそらく、誰かが自分を売ったのだろう。
それを知るのは、案外簡単だった。
逮捕されてしばらく数日経った頃合いに、伯父の正司から「私が編集長やってる編集部に高貴がやってきて、お前の悪事を話したぞ」と聞いた。
つまり、自分は実の弟にしてやられたのだ。
いつも飄々としていて穏やかで頼りなげな弟が、こんな大胆不敵なマネをするとは思わなかった。
まして、録音機を仕込むなんて芸当が、彼にできるなとど思わなかった。
そもそも、いつ仕込んでいたのか。
大貴は今さらながら、この弟が恐ろしくなってきた。
目の前に座っている弟は、いつからこんなに狡猾になったのだろう。
考えながら過去の思い出を反芻しているうちに、15年前の貴彦の死の現場を思い出した。
あの日は貴彦と大貴と、従兄弟の陽太 、いつもつるんでいた遊び仲間の雄盛 の合計4人で、自宅で飲み食いしていた。
自宅といっても、父方の祖父にあたる長居貴一郎氏の邸宅の一部だ。
この頃の譲とその子どもたちは、長居貴一郎氏の居候に近い状態だった。
4人で集まり、今日は何人ナンパして何人とデキたとか、今は番は何人いるかなどと話し込んでいた。
「なあ、貴彦。確か今日で20歳になったんだよな?」
会話の最中、雄盛が何気なく切り出してきた。
「うん、そうだよ!」
貴彦が上機嫌に答えた。
「じゃあ、もう酒が飲めるよな?」
「お、そうだよなあ。まあ、オレは20歳になる前に酒飲んでたけどなー」
すでにほろ酔い状態の大貴がケラケラ笑った。
「じゃあ、これ飲んでみろよ。まずは弱いヤツをソーダで割ったヤツから!」
陽太はレモン味の缶チューハイをソーダで割ると、それを貴彦に渡した。
「ヨウちゃん、サンキュー!これ、ウマいねえ!!」
渡された缶チューハイのソーダ割りを飲むと、貴彦は嬉しそうに感想を述べた。
その後も4人はチーズだとかスルメだとかをつまみにビール、ワイン、シードルなんかを次々に飲んでいった。
「ねえ、兄さんたち。すっごくうるさいんだけど。いったい何時だと思ってるワケ?」
どんちゃん騒ぎしているうち、高貴がやってきた。
「えー、別にいいじゃんか高貴くーん。まだ夜の11時だよー?」
すっかり酔っ払って顔を真っ赤にした陽太が
、壁にかかったヤーコブ・ヨルダーンス(17世紀のフランドルの画家)の描いた絵を指差す。
おそらく、本人は時計を指差しているつもりなのだろう。
「もう夜中の11時だよ。まったくもう…「酔っ払い以上にひどい狂人はいない」っていうヨルダーンスの言葉は本当だね」
高貴は額に手を当てて項垂れた。
その口うるさい教師のような高貴の態度に、大貴はなんだか腹が立ってきた。
平生から、この弟は何かと自分にあれこれと口を出してくるのだ。
子どもの頃から勉強もスポーツも自分よりできるせいか、高貴は兄である自分を見下している節があった。
自分の方が年上なのに、高貴はまるで自分の兄かのように説教する。
生意気な若い女教師に消しゴムを投げたときには「事あるごとに先生に楯突くのやめなよ」と言われ、ベータの同級生を使い走りにすれば「クラスメイトはお前の奴隷なんかじゃないんだから、自分で食べるものくらい自分で買えば?」と言ってきて、成績が芳しくないと「ねえ、進路は大丈夫なの?こないだのテストは最下位だったよね?」と何かと口うるさく突っかかってくる。
ときには祖父や年嵩連中に告げ口され、自分よりもはるかに家格も経済力も劣る家庭のベータやオメガの同級生に頭を下げる羽目になったこともある。
このせいで、母や周囲の人たちに「どうして高貴みたいにできないの?」「高貴のほうがはるかに優秀」と何度言われたことだろう。
褒められるのはいつも高貴だし、姉と妹は大貴を嫌って近づきもしないのに、高貴の言うことはよく聞く。
それがますます高貴をつけ上がらせているのではないか、と大貴は推測している。
最近だって、「何人と番になれたか競い合って自慢するなんてやめなよ」「もういい大人なのに、万引き自慢してる中学生みたいでみっともないねえ」「もう社会人なんだから」などと言われたばかりだ。
「酒飲むのはいいけどさあ、酒飲んで車を運転して事故って、人様を死なせるなんてこと絶対にしないでね?ワリ食うのは僕や治さんや総之介さんなんだから…」
高貴はまたしても苦言を呈してくる。
──コイツ、いい子ぶりやがって!
酒が入っていた大貴はカーッとなって、歯ぎしりした。
──オレのほうが歳上なのに!オレが長男なのに!だいたい、お前は別のところで働いてんだから、何の関係もないだろうが!!
大貴は爪が手のひらに食い込むくらい、手を強く握った。
「んだと、てめえ…」
「おい!陽太!!」
大貴が高貴に食ってかかろうとした瞬間、仙次が部屋に入ってきた。
「…な、なに、父さん、急に…」
さっきまでの元気な様子はどこへやら、陽太が気まずそうな顔をした。
無理もないことだ。
彼は、仙次の三男なのだ。
陽太は日頃から、仙次の子どもたちの中でもとりわけ出来が悪いと噂されている。
そして、たびたび何らかの悪さを働いては仙次に怒鳴られている。
どうやら、今回もまた何かやらかして、それが父親にバレたようだった。
さて、陽太は今回は何が原因で怒られるのか。
仙次のお説教が終わったら、浮かない顔をして帰ってきた陽太をからかって笑ってやろう。
大貴は仙次と陽太に見えない角度で、ニンマリと笑った。
これで高貴にアレコレ言われた憂さも晴れるというものだ。
「それと大貴!貴彦!雄盛もだ!全員来い!!」
大貴の顔から笑みが消えて、貴彦と雄盛は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
全員、まさか自分が呼ばれるなんて思っていなかったのだ。
仙次に引っ張られるようにして、ドラ息子4人は仙次の書斎まで連れて行かれた。
広いテーブルの上には、4人が飲んだ酒が入ったグラスや空の瓶や缶が散らかっていた。
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