25 / 29

芽生えた疑問

「服は持ってきたからね。ああ、あと何か欲しいものあるかな?希望ごあれば買ってこようか?」 「ふざけんな、てめえ!週刊誌にオレを売ったの、お前だろ!!」 「何なの?突然わけのわからないことを言わないでくれる?」 大貴は顔を歪めたままだが、高貴は相変わらず子どもをなだめすかすような態度であった。 そんな高貴の態度が気に入らない様子の大貴は、しばらくこちらを睨みつけていた。 「なあ、お前さ…」 大貴が不気味なくらいに急に冷静になった。 「なあに?」 「貴彦(たかひこ)を殺したのは、お前だろ?」 貴彦というのは、今から15年前に死亡した大貴と高貴の実の弟で、存命していれば35歳になっていたはずだ。 「いきなり何を言い出すんだい?兄さん、貴彦は事故死だよ?警察もそう言ってたし、兄さんだって知ってるでしょう?あの子ったら、20歳になったのを機に調子に乗ってハメ外して、酒飲み過ぎて死んだんじゃないか。ホントにバカだよねえ」 高貴のこの言い分が、警察の見解だった。 検死解剖も行われたため、結果は急性アルコール中毒ということは間違いないと断言できる。 しかしながら、大貴は貴彦の死に疑問があった。 正確には、最近になって疑問が湧いてきたのだ。 自分が高貴の店に来てから逮捕に至るまで、やけにスムーズに事が運んでいる。 報道だって、マスコミがやけに事細かに自分のやったことを知っているし、証拠も揃いすぎている。 おそらく、誰かが自分を売ったのだろう。 それを知るのは、案外簡単だった。 逮捕されてしばらく数日経った頃合いに、伯父の正司から「私が編集長やってる編集部に高貴がやってきて、お前の悪事を話したぞ」と聞いた。 つまり、自分は実の弟にしてやられたのだ。 いつも飄々としていて穏やかで頼りなげな弟が、こんな大胆不敵なマネをするとは思わなかった。 まして、録音機を仕込むなんて芸当が、彼にできるなとど思わなかった。 そもそも、いつ仕込んでいたのか。 大貴は今さらながら、この弟が恐ろしくなってきた。 目の前に座っている弟は、いつからこんなに狡猾になったのだろう。 考えながら過去の思い出を反芻しているうちに、15年前の貴彦の死の現場を思い出した。 あの日は貴彦と大貴と、従兄弟の陽太(ようた)、いつもつるんでいた遊び仲間の雄盛(ゆうせい)の合計4人で、自宅で飲み食いしていた。 自宅といっても、父方の祖父にあたる長居貴一郎氏の邸宅の一部だ。 この頃の譲とその子どもたちは、長居貴一郎氏の居候に近い状態だった。 4人で集まり、今日は何人ナンパして何人とデキたとか、今は番は何人いるかなどと話し込んでいた。 「なあ、貴彦。確か今日で20歳になったんだよな?」 会話の最中、雄盛が何気なく切り出してきた。 「うん、そうだよ!」 貴彦が上機嫌に答えた。 「じゃあ、もう酒が飲めるよな?」 「お、そうだよなあ。まあ、オレは20歳になる前に酒飲んでたけどなー」 すでにほろ酔い状態の大貴がケラケラ笑った。 「じゃあ、これ飲んでみろよ。まずは弱いヤツをソーダで割ったヤツから!」 陽太はレモン味の缶チューハイをソーダで割ると、それを貴彦に渡した。 「ヨウちゃん、サンキュー!これ、ウマいねえ!!」 渡された缶チューハイのソーダ割りを飲むと、貴彦は嬉しそうに感想を述べた。 その後も4人はチーズだとかスルメだとかをつまみにビール、ワイン、シードルなんかを次々に飲んでいった。 「ねえ、兄さんたち。すっごくうるさいんだけど。いったい何時だと思ってるワケ?」 どんちゃん騒ぎしているうち、高貴がやってきた。 「えー、別にいいじゃんか高貴くーん。まだ夜の11時だよー?」 すっかり酔っ払って顔を真っ赤にした陽太が 、壁にかかったヤーコブ・ヨルダーンス(17世紀のフランドルの画家)の描いた絵を指差す。 おそらく、本人は時計を指差しているつもりなのだろう。 「もう夜中の11時だよ。まったくもう…「酔っ払い以上にひどい狂人はいない」っていうヨルダーンスの言葉は本当だね」 高貴は額に手を当てて項垂れた。 その口うるさい教師のような高貴の態度に、大貴はなんだか腹が立ってきた。 平生から、この弟は何かと自分にあれこれと口を出してくるのだ。 子どもの頃から勉強もスポーツも自分よりできるせいか、高貴は兄である自分を見下している節があった。 自分の方が年上なのに、高貴はまるで自分の兄かのように説教する。 生意気な若い女教師に消しゴムを投げたときには「事あるごとに先生に楯突くのやめなよ」と言われ、ベータの同級生を使い走りにすれば「クラスメイトはお前の奴隷なんかじゃないんだから、自分で食べるものくらい自分で買えば?」と言ってきて、成績が芳しくないと「ねえ、進路は大丈夫なの?こないだのテストは最下位だったよね?」と何かと口うるさく突っかかってくる。 ときには祖父や年嵩連中に告げ口され、自分よりもはるかに家格も経済力も劣る家庭のベータやオメガの同級生に頭を下げる羽目になったこともある。 このせいで、母や周囲の人たちに「どうして高貴みたいにできないの?」「高貴のほうがはるかに優秀」と何度言われたことだろう。 褒められるのはいつも高貴だし、姉と妹は大貴を嫌って近づきもしないのに、高貴の言うことはよく聞く。 それがますます高貴をつけ上がらせているのではないか、と大貴は推測している。 最近だって、「何人と番になれたか競い合って自慢するなんてやめなよ」「もういい大人なのに、万引き自慢してる中学生みたいでみっともないねえ」「もう社会人なんだから」などと言われたばかりだ。 「酒飲むのはいいけどさあ、酒飲んで車を運転して事故って、人様を死なせるなんてこと絶対にしないでね?ワリ食うのは僕や治さんや総之介さんなんだから…」 高貴はまたしても苦言を呈してくる。 ──コイツ、いい子ぶりやがって! 酒が入っていた大貴はカーッとなって、歯ぎしりした。 ──オレのほうが歳上なのに!オレが長男なのに!だいたい、お前は別のところで働いてんだから、何の関係もないだろうが!! 大貴は爪が手のひらに食い込むくらい、手を強く握った。 「んだと、てめえ…」 「おい!陽太!!」 大貴が高貴に食ってかかろうとした瞬間、仙次が部屋に入ってきた。 「…な、なに、父さん、急に…」 さっきまでの元気な様子はどこへやら、陽太が気まずそうな顔をした。 無理もないことだ。 彼は、仙次の三男なのだ。 陽太は日頃から、仙次の子どもたちの中でもとりわけ出来が悪いと噂されている。 そして、たびたび何らかの悪さを働いては仙次に怒鳴られている。 どうやら、今回もまた何かやらかして、それが父親にバレたようだった。  さて、陽太は今回は何が原因で怒られるのか。 仙次のお説教が終わったら、浮かない顔をして帰ってきた陽太をからかって笑ってやろう。 大貴は仙次と陽太に見えない角度で、ニンマリと笑った。 これで高貴にアレコレ言われた憂さも晴れるというものだ。 「それと大貴!貴彦!雄盛もだ!全員来い!!」 大貴の顔から笑みが消えて、貴彦と雄盛は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。 全員、まさか自分が呼ばれるなんて思っていなかったのだ。 仙次に引っ張られるようにして、ドラ息子4人は仙次の書斎まで連れて行かれた。 広いテーブルの上には、4人が飲んだ酒が入ったグラスや空の瓶や缶が散らかっていた。

ともだちにシェアしよう!