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弟はなぜ死んだのか?

場所は仙次の書斎、時刻は現在23時。 ドラ息子4人組は、横一列に並ばされて説教されていた。 「お前たちときたら…バカなヤツらだとは思ってたが、ここまでとは思わなかったぞ!女の子に薬を盛って犯すなんて…」 仙次はわなわなと体を震わせて、威嚇する猛獣のように歯を剥き出しにした。 日頃から手を煩わされていることもあってか、怒りもひとしおのようで、今にも4人に殴りかかりそうな勢いだった。 「父さん、犯してないよ、その…未遂だよ…」 「そうだよ、結局は飲まなかったんだからさ…」 「そもそも、あれは薬なんかじゃないし…」 陽太と雄盛と貴彦が、たどたどしく反論する。 「同じようなものだ!飲んでた店の従業員が気がついてグラスの中を入れ換えなかったら、女の子は最悪の場合は卒倒してたかもしれないんだぞ!そしたら、お前たちは実行に移してたんだろう⁈違うか?どうなんだ⁈ええ⁈」 「…やりました」 陽太が諦めたように、自分にかけられた疑いを認めた。 「お前たち!本当にいい加減にしろよ!!もし実行に移すことがあったら、お前たちを警察に突き出してやる!私は本気だぞ。なんなら私から裁判官に「一生刑務所の中から出られないようなしてくれ」「死刑にしてやってくれ」と進言するからな!!」 仙次は般若のような顔をして怒鳴り散らした。 その声の大きさときたら、別室でくつろいでいた使用人や高貴の耳にも入り込んだほどだった。 「あー、やっと終わった」 「親父は説教始めるとめちゃくちゃ長いからなあ…」 「全員で飲み直そうぜー」 「おー、仕切り直しだあ!」 説教が終わると、4人は何事もなかったように部屋に戻って、酒盛りを再開した。 「貴彦、ビールはどうだ?」 陽太が缶ビールを差し出す。 「うーん、コレはあんまりうまいとは思えないなあ」 「あー、コレは好き嫌い別れるんだよなあ。オレも好きじゃないわー」 言いながら雄盛が缶チューハイを飲んで、スルメをかじった。 「焼酎はどうだ?これ飲んでみろよ」 大貴はグラスに焼酎を入れて、それを水で割って貴彦に渡した。 「うーん…うん!これはイケる!!」 「そうだろ!これも飲みやすいぞ!!飲めよ!」 今度は陽太が、日本酒が入ったグラスを差し出す。 「うん、飲む飲む!」 こんな調子で酒盛りは進んで数時間。 そろそろお開きにしようかという頃合いになった。 「あーあ、貴彦寝ちまったなあ」 大貴は部屋の隅で寝こけてしまった弟に呆れた。 「めちゃくちゃ飲んでたもんねえ」 「焼酎気に入ってガブガブ飲んでたなあ」 雄盛と陽太が、大はしゃぎして遊ぶ3歳児を見つめるようにケラケラ笑った。 「おーい、貴彦。そろそろ起きろよ」 雄盛は貴彦を起こそうと、横向きで寝転がっている貴彦の肩を掴んで体を揺さぶった。 「貴彦?貴彦、起きろってオイ!!」 それを見かねた大貴が、いたずら半分に貴彦の耳を引っ張った。 これは子どもの頃から兄弟間でたびたび行われていたイタズラで、どんなに深く寝入っていても、大抵はこれで起きるのだ。 しかし、今回は違った。 いつもなら「痛えよ、バカ!」と怒鳴ってくるのと同時に飛び起きるのに。 「貴彦……息してないぞ!」 異変に気づいた陽太が気づいた。 貴彦の心臓は、雄盛が起こしにくる遥か以前から動きを止めていて、もう二度と動くことはなかった。 これが、貴彦が死亡した経緯だった。 貴彦の死が確認されるやいなや、すぐさま警察がやってきて、現場にいた3人は事情を説明させられた。 状況が状況であるから、死因は一目瞭然ではあったものの、検証のため、その場にあった酒瓶や缶、つまみとして食べていたスルメやミックスナッツの袋までもが押収された。 後に検死解剖が行われたところ、死因は急性アルコール中毒に違いないとの返答がなされた。 監察医によれば、検死当時の貴彦のアルコール血中濃度は異常に高く、なぜこんなに濃度が上がるまで気づかなかったのかと思うほどだったという。 この監察医が導き出した答えに、誰ひとり疑問を抱くことはなかった。 貴彦はもともと調子に乗りやすいところがあるのだ。 以前は繁華街のクラブではしゃぎ過ぎて別の人に体当たりして負傷させたし、それの少し前には路上で暴れて自販機を損壊させたことがある。 そして、そのことでまた年嵩連中に怒鳴られたり、母親や高貴から小言をもらって、然るべき相手に謝りに向かった。 こんなことが頻繁にあると、それが高貴や母親の口から親族連中に知れ渡り、呆れられたり笑われたりするのがお決まりと化していたし、今回も同じことが起きたのだと決めつけられて終わった。 日頃からこんな調子だから、この一件が親族中の耳に入ると、貴彦はその死を悼まれるどころか呆れられて、その場にいた大貴と陽太と雄盛も、もの笑いの種にされた。 疎まれ者の貴彦は、葬儀もまともに行われないまま、今も冷たい土の中で眠っている。 可愛がっていた弟が、こんな形で死んだことを、当時の大貴は泣く泣く受け入れるしかなかった。 しかし、大貴は今さらになって、貴彦の死に疑問を抱き始めた。 いや、あのときだって、疑問には思っていた。 けれど、自分の信用の無さを自覚していたこともあって、発言を躊躇っていたのだ。 自分がもっと注意深く弟を見ていれば、貴彦が死ぬことはなかったのに、という負い目も手伝っていた。 あのとき、貴彦は眠ったのではなく、意識を失ったのだ。 それにもっと早く気づいていれば。 そもそも、あんなに飲ませるべきではなかった。 もっとも早くに止めていれば。 そんな後悔だけで精一杯だった当時の大貴は、あることを見落としていた。 たしかに貴彦はワインやシードル、焼酎や日本酒なんかをハイペースで飲んではいたが、飲み過ぎを防ぐため、水やソーダなどで割ったり、飲んでから間を開けるくらいの配慮はしていた。 それこそ、仙次の説教が始まる前は結構に飲んでも、あまり深酔いした様子もなかった。 だのに、仙次の説教が終わってから飲み直しとなったとき、貴彦は焼酎の水割りを一杯飲むと、「口の中と体が熱い」と言って、あっという間にフラつき始めて、そのまま寝てしまった。 よくよく考えてみたら、これはおかしいのではないか。 そのときまで散々飲んでいたから、アルコール量の限界がきた可能性もある。 けれど、それまでほとんど素面に近かった人間が、たった1杯の焼酎の水割り程度で意識を失うものだろうか。 硬くて冷たい拘置所の面会室の中、大貴はある可能性を考えていた。 「なあ、お前、あのときに貴彦のグラスに何か入れたんじゃないのか?」 「何かって、いったい何だい?教えてくれる?」 アクリル板の向こうで高貴が、かわい子ぶった女の子のようにカクッと首を傾げた。 普段なら滑稽に感じるそれも、今の大貴にはただただ恐ろしい。 「…お前なら、オレたち4人が仙次のオッサンに呼び出しくらって、部屋から離れたときにグラスに何か入れるぐらい、余裕でできただろ?」 アクリル板の向こうから、大貴が睨みつけてくる。 「だから何だっていうんだい?」 「否定はしねえんだな?」 大貴はより食ってかかるが、高貴は変わらず冷静なままだった。 「いや、否定はするよ。兄さんは僕をそういうふうに疑ってるわけだよね?まあ、別に疑うのは好きにすればいいよ。すでに塀の中にいる兄さんに疑われたって、大した実害は無いしね。でもね、反論はさせてもらうよ。もしそれができたとして、何か証拠はあるのかい?」 高貴はゴソゴソと身じろぎして、足を組んだ。 「…ない」 大貴の眉間に寄っていたシワが伸ばされて、吊り上がっていた目尻が下がる。 当然と言えば当然であろう。 貴彦が死んだのはもう15年も前だし、あの現場にあったものは警察によって全て処分されている。 そもそも、これといった味方もおらず、これから塀の中で過ごすことになる大貴に何ができようか。 「そんなことだろうと思ってたよ。じゃあ、僕はもう失礼するね。きちんと罪を償って、しっかりお務めするんだよ。まあ、ちょくちょく面会には来てあげるから。何か欲しいものがあったら言ってね。差し入れはしといてあげるから」 高貴は組んだ足をほどいて椅子から立ち上がると、一瞥もくれることなく、面会室から出て行った。 去っていく高貴の背中を見届けながら、大貴はある可能性についても考えていた。 ──ひょっとしたら…26年前のアレも、アイツが何かしたんじゃないか…… 確固たる証拠などない。 それこそ、事件については、ついこないだまで何らの疑問も抱いていなかった。 あの事件は、正妻が愛人やその子どもたちに嫉妬してやったことだ。 しかし、今にして思えば、これについても疑問が残ることがある。 正妻はなぜ、父の豪貴や自分たちが家にいる時間帯を知っていたのか。 平日の昼間に家にいる人間の方が珍しいはずなのに。 正妻は夫との連絡はある程度はとっていたようだが、番の愛人たちの居所や生活時間帯まで、どうやって把握できていたのだろうか。 また、事件当時は「弟とまで不倫していたことに腹が立った」と供述していたけれど、正妻たる知世はどのような経緯で自分の弟と夫が関係を持ったことを知ったのか。 誰かが知世に告げ口したとしか考えられない。 そして、大貴が知っている限り、それができるのは高貴だ。 先日、面会にやってきた母親から聞いた話によれば、どうやら高貴は知世とひっそり親交があったらしく、今は母親の実家で使用人をしていると聞いている。 その親交が、26年前のあの頃からあったのだと考えれば、知世をけしかけて、あのマンションへ襲撃させることだって可能なのではないか。 ここでさらに、大貴の胸にはある疑いが芽生えてきた。 ──高貴は、正妻を使ってオレを殺そうとしたんじゃ…? 大貴の背中に、冷たい汗が伝っていく。

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