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第6話

「彰人、もうすぐ時間だけれど準備はできた? 母様の手伝いはいる?」  軽いノックの音と共に扉の向こうから母の柔らかな声が聞こえる。元々大半は昨日までにダンボールに詰められていて、どうしても直前までは仕舞いたくない物だけを今日詰め込んだのだ。ダンボールの数こそ多いが、準備は既に整っている。 「もう準備は終わっているから、大丈夫だよ」  立ち上がって扉を開ければ、母の後ろには彰人の性格など熟知している父と兄、そして幾人かの使用人たちが控えていた。  オメガであったとて彰人も男だ。ダンボールを持ち運ぶくらい何ということは無い。だが両親や兄を筆頭にして、この家の者は徹底的ともいえるほどに彰人に力仕事をさせたがらない。現に今も彰人が手を出す暇もないほど迅速に各々がダンボールを持ち上げて、その決して少なくない数をすべて車へと運び入れてくれた。おかげで彰人は昔から使っているスマートフォンを手に車に乗り込むだけだ。  仕事でいつも忙しくしている父や兄も今日ばかりは休みを取ってくれた。家族と、慣れ親しんだ使用人たちが揃って玄関先で見送ってくれる。 「何かあったら、すぐに連絡しておいで」  そう言った兄。 「泰都さんと仲良くするのよ」  涙を浮かべながら微笑む母。 「身体に気を付けて」  いつもと変わらない父の低い声。  兄と、母と、そして最後に父と抱擁を交わして、彰人は桜宮の屋敷を見上げた。産まれた時からずっと自分を慈しみ育んでくれた〝帰るべき場所〟。だがそれも、今この時で終わる。  父に、母に、兄に、使用人たちに、そして慣れ親しんだ屋敷に向けて、彰人は深く一礼した。そして振り返ることなく車に乗り込む。いつかはこの時が来るとわかっていた。覚悟もしていた。けれどどうしても、何か熱いものが込み上げてくる。それを堪えようとまるで睨むように前を見つめ続け、喉の痛みに気づかないフリをした。

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