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第8話

 泰都はいないのか、と一瞬思った彰人であったが、彼はああ見えて忙しいのだったと思い出し、それもそうかと思いなおす。 「では、三井さん。お願いします」  柔らかな笑みを浮かべる三井に先導されて、彰人はこんなに広いエレベーターなどあるのかと疑問を抱きながらも最上階にある泰都の部屋へと初めて足を踏み入れた。 「このエレベーターは二十五階から上はすべて指紋認証が必要になっておりますし、彰人様がお住まいになる最上階はボタンも存在いたしません。最上階に上がるにはパスワードと指紋認証、そして鍵が必要になります。後程泰都様より彰人様の鍵もお渡しになられます。セキュリティーは万全でございますので、ご安心ください」  名門であるということは即ち敵も多いということ。更にいうなら敵とまではいかずとも利用しようと考える不届き者やゴシップを求める記者たちの格好の獲物でもある。そんな輩から主は勿論、主の大切なオメガを守るためにはこの厳重なセキュリティーも当然だろう。 (ま、僕がその〝大切なオメガ〟に当てはまるかどうかは謎だけど)  知らない仲ではない。だが愛しているわけでもない――お互いに。 〝ねぇ、彰人。俺の番になってくれるよね?〟そう言われて喜んだのは事実。己を信じてくれたことに歓喜もした。けれど泰都は遊び好きで、そのくせ誰に対しても一線を引いて深く関わろうとしないことを彰人はよくよく知っている。それに、彰人は泰都を愛しているのかと聞かれれば、わからないと答えるしかない。自分がそうであるのに、泰都に対して愛を求めるなどとおこがましいと、彰人は沢山のことをグルグルグルグル考えるが結局はその結論にたどり着く。  本当にここはマンションなのか? と疑いたくなるほど立派な扉を控えていた使用人の男が開けて、三井に中へ促された彰人は既に豪華すぎる光景に若干引きながらも足を進めた。三井はにこやかに微笑みながらリビングや書斎など、ひとつひとつを丁寧に案内してくれる。北大路の本邸ではないというのに広すぎる室内と多い部屋数に掃除が大変そうだなどと現実逃避しながら、彰人は胸の内で小さくため息をついた。 (これが北大路、か)  それでも今目の前に広がっているのは、ほんの一部でしかない。その富を羨むよりも、運命ではないとはいえ己はとんでもない所に来てしまったという恐れの方が大きい。

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