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第11話

「……なんでそんな微妙な顔なんだい? そこは嬉しそうに頬を染めるとかあっても良いと思うんだけどなぁ。あ、お帰りって君からキスしてくれてもいいよ?」  何が楽しいのかよくわからないが、ニコニコと笑いながら少し屈んで顔を横に向け、彰人に己の頬を差し出す泰都の姿に、彰人の目は完全に座ってしまう。 「馬鹿か?」  思わず呟いてしまった言葉にハッと口元に手をやるがもう遅い。しまった、と眉間に皺を寄せる彰人の姿に三井は驚き、泰都はしてやったりと笑った。 「やっといつもの彰人が出てきた。三井を蔑ろにして良いというわけじゃないけど、君が敬語を使っている姿を見ると背中がムズムズする。やっぱり彰人は口が悪くないと」 「なッ――」  なんて言い様だと目を吊り上げるが、そんな姿さえ泰都は面白がっている。彰人の物欲を知られている分にはありがたいなどと思っていたが、やはり幼少期よりの知り合いと婚姻関係を結ぶのは間違っていただろうか。笑顔の内側に本心を隠すことなど平気で出来るが、元々の姿を知っている相手には盛大にネコを被っているのがまるわかりで笑いの種にしかならない。 「第一声で素が出ちゃってるんだから、もうこの家の中では無理に取り繕う必要なんかないよ。大丈夫、俺の前で君が取り繕えていたことなんてないだろう?」  何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。それにしても、と彰人は盛大にため息を吐いた。  これでも頑張って取り繕ってきたのだ。家族の前だからと甘えることなく、既に退職した桜宮系列の職場でもパーティー会場でも、家ですら気を抜かずに素を出さぬよう何枚も何枚もネコを被り続けてきたというのに、彼の言う通りどうしていつもいつも泰都の前だと上手くネコを被り続けることができないのか。 「あなたは僕をからかって遊んでいる」  類は友を呼ぶではないが、元々彰人の周りには同じように生真面目な人間ばかりが集まっていた。当然、泰都のように軽口を言ったり戯れで口づけをするような者などいない。彰人がそういった相手に慣れていないのだとわかっていて、泰都はわざと彰人に対してあのように振舞うのだ。彰人は彼が普通に、誠実に、からかいも軽薄さも一切滲ませずに人と話すことが容易く出来ることを知っている。

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