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第5話 24-7

 京阪電鉄三条駅から急行に乗る。  地下架線が地上に出てすぐの駅で降りた。  駅全体が、神社と同じような朱色に塗られている伏見稲荷駅。  駅名で行先はたぶん、伏見稲荷なんだなって思った。  京都の観光写真でよく出てくる、ずらりと並んだ鳥居の画を思い浮かべたけど、駅から出てすぐのところは何の変哲もない住宅街だ。  改札を出て歩き始めてからすぐに、志信が周囲を警戒するようにそわそわし始める。 「どうした?」 「ああ……うん、まあちょっと。この時間だから大丈夫だと思うんだけど……」  意を決したように志信が言った。 「亨輔、頼みがある」 「何?」 「焼き鳥の匂いがしたら、教えてくれ」  は? 「はあ? 焼き鳥?」 「そう。ここであの匂いがしたら、危険だから」  緩く上り坂になっている住宅街。  あまり参道って感じじゃないのは、朝だからか。  そんな中での志信の不思議な発言。 「焼き鳥、なあ……」 「頼んだからな! 絶対だからな!」  言うだけ言ってすっきりしたのか、志信はまっすぐ前を見て歩く。  さっきのまでのそわそわは何だったんだ? って感じで。  朝も早くて、まだシャッターが下ろされたままの商店街、突き進むのかと思わせておいて右折。  進んで行くと、左手に大きな鳥居が出てきた。  伏見稲荷神社。  静かな参道を歩いて行って、手水で清めの水を使う。 「そういや、こんな朝早くからきて、大丈夫なのか?」 「ここ、基本的には二十四時間年中無休で参拝できるんだってさ。まあ、ライトアップはされてないから真っ暗闇らしいし、お祓いとかお守り買うとかは社務所の開いてる時間じゃなきゃダメらしいけど」  へえ。 「ま、大丈夫ならいいんだけどさ。で、ここに参拝したかったのか?」 「いいや。参拝じゃなくて……これ」  神社内マップの中から、志信が迷わずに指さしたのは奥社のとこにある『おもかる石』という写真だった。  参拝と何が違うんだ? って思ったけど、志信が歩き始めたので後に続く。  神社の中に入って、本殿へ参拝。  裏手に回って道なりに登って行くと、観光案内でよく見るずらりと鳥居が並んだ細道に出る。  壮観だな。  俺は足を止めて写真を撮っておくことにする。  電車の中で上機嫌だった志信は、今度はうってかわって静かになっていたけど、何も言わずに俺を待ってくれていた。  鳥居のトンネル、って感じになっている参道を進んでいくと思っていたより小ぶりな、休憩所ですかって感じの場所に出る。  狐の顔を模した絵馬の奉納所があるのを見ると、ここが奥社。 「こっち」  賽銭箱の前で手を合わせてから、志信にひかれて右手奥に回る。  写真で見た通り、ふたつ並んだ石灯篭。 「前にさあ、すげえ迷った時に、ここに連れてきてもらった」 「そうなんだ?」 「ああ」 『おもかる石』というのは、いわゆる『試し石』なんだそうだ。  迷いごとのある時――でも相談がしたいわけじゃなくて、ただ単に「イエス・ノー」だけを判定してもらいたいような時に、心の中で願い事を思いながら持ち上げる。  想定より軽く感じれば願いは叶うし重く感じればその願いは叶わない、っていう、アドバイスをもらうわけじゃなくて、背中を押してもらうためにあるようなアイテム。 「なにか、迷ってるんだ?」  灯篭を見ている志信に聞いた。  ゆるりと俺に視線を向けた志信は、小さく笑う。  それから、静かに立て看板にある作法に従って、灯篭の上の石を持ち上げた。  

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