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第9話 優しい家族になりたい
俺がトイレから戻ると、リビングで母さんとエイリが楽しそうに話をしていた。
何もなかったみたいな顔をしてる。さっきまで俺に襲いかかってたくせに。油断ならないぞ、あの魔王。
「おかえり、母さん」
「ただいま、アルト。ほら、アンタに頼まれてたパン」
「え? あ、あー、そういえば」
「なぁに、忘れてたの?」
前世を思い出したせいで、昨日のことや今朝のことがうろ覚えになってるんだよな。
昨日の夜、街に美味しいパンを売ってる旅商人が来てるって話を聞いて食べたいって言ったんだっけ。
「物凄く混んでたのよ。それにとても良い香りがして、帰る途中で一つ食べちゃった」
「そ、そうなんだ。わざわざありがとう、母さん」
語尾にハートマークが付いてそうな可愛らしい口調でニコニコしながら母さんが話すから、俺も釣られて笑顔になってしまう。
母さんは今年で四十歳になるというのにとても可愛らしい。小柄で童顔で俺より年下に見える時もある。
「あら。なんか、雰囲気変わった?」
「え!? そ、そんなことないよ?」
「そう? 私の気のせいかしら」
さすが母親。目に見えないところにも気が付くんだな。
「そんなことより、ケーキも買ってきたからみんなで食べましょ」
「うん。じゃあ、僕がお茶入れるね」
「ありがと、エイリ。お母さん、エイリの入れてくれるお茶が大好き」
「お母さんが入れてくれるお茶の方が美味しいよ」
俺は食卓に着いて、母さんが買ってきたケーキを頬張った。
メチャクチャ美味い。噂のパン屋はケーキも美味いのか。旅をしながら売り歩いてるらしいから、次この味に出会えるのはいつになる事やら。
それにしても、エイリは母さんと接する時の顔はさっきまでのヤバい笑顔と違って物凄く優しい表情だな。
前世を知った状態で見ると、何となく変な感じ。
エイリ、前世の高遠が親と一緒にいるのをあまり見た事がない。
アイツの親を見たのはいつだっけ。小さい頃にアイツを俺ん家に預けに来てたから、それで見かけたくらいかな。
親が離婚して母親が夜働いてるからってほぼ毎日俺ん家にいたっけ。なんかもう俺ん家の子になってたな。
だから、アイツは昔から兄弟みたいな感じだったんだよな。
中学生になったくらいからは一人でも平気だろうってうちに預けることもなくなって、一緒にいる時間が減った。
その頃くらいかな。名前じゃなくて苗字で呼ぶようになったの。なんか、自然とそう呼ぶようになっちゃったんだよな。
まさか本当の兄弟になっちゃうとはな。
「兄さん、お茶入れたよ」
「ん、おお。ありがとう」
「はい、お母さんも」
「ありがとー、エイリ」
やっぱり、母さんには優しいな。
何となく聞きづらくて話題を避けてたけど、前世の頃の親とは仲良くなかったんだろう。
中学や高校の入学式や卒業式にアイツの親は来てなかった。それで俺の家族と一緒にお祝いに外食行ったりしたんだ。だから、まぁ当然だろうけど俺の親には懐いていた方だな。
そうか。コイツが俺にああいう気持ちを抱くのも無理ないのかもしれないな。他に信用出来るやつがいなかったんだから。
でもこの世界では違う。父さんも母さんも優しい。
俺以外にも信頼出来る相手が出来れば、コイツの気持ちも変わるんじゃないのかな。
申し訳ないけど、さすがに弟には手を出せないよ。弟としても幼馴染としても嫌いではないけど、それはあくまで友愛だ。コイツと同じ気持ちにはきっとなれない。
兄として、こいつを導いてあげないと。
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