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第14話

 ◇  リュドラーの嬌声に後ろ髪を引かれながら、トゥヒムは食堂へと運ばれた。  彼の熱い唇の感覚が肌に残っている。 (リュドラーが私をしゃぶり、そして飲んだ)  それは薄暗い恍惚をトゥヒムに植えつけた。食堂のイスに座らされ、目の前に料理を出されても、ぼんやりとしているトゥヒムの姿に、サヒサはほくそ笑む。 「ショックかね」 「――え」 「リュドラーが、あのような姿になって」 「……いや、それは」  ショックと言えばショックだが、幻滅というたぐいのものではない。言葉を探すトゥヒムに、サヒサは猫なで声で語りかける。 「彼はほんとうに、すばらしい素材だよ。じっくりと調理をし、旨味を閉じ込めなければならないな。そのためにも、トゥヒムには性奴隷の扱いをきちんと覚えてもらわなければ。彼の調教を手伝ってくれるね?」 「私に、できるだろうか」 「やりたくない、ということかね。――もう、あのような姿は見たくないと?」 「いや、それは……」  トゥヒムの意識に、リュドラーのなまめかしい姿が浮かび上がる。 (私は、リュドラーのあのような姿を……、見たいと望んでいる)  心がきしみ、トゥヒムは顔をゆがめた。 「無理強いはしない。その代り、彼の扱いの一切は自分にまかせてもらうがね」 「サヒサ」 「うん?」  ワインに口をつけるサヒサに、トゥヒムは苦悶の顔で告げた。 「私は、リュドラーの扱いを覚えたい。……リュドラーとともに、性奴隷とはなんたるかを知りたいと考えている」 「それは、義務感からかね? リュドラーのみを堕とすにはしのびないと……。自分はそうそそのかしたが、それを気に病む必要はないよ。あれは現状を君に見せるための方便だ。見たうえで、判断をさせようと……、ね」  トゥヒムはゆるゆると首を振り、そうじゃないんだとつぶやいた。 「そうじゃない、とは?」 「私は……、おかしいのだろうか」 「きちんと主語を言ってもらわないと、わからないな」 「リュドラーの乱れる姿を、この上もなくうつくしいと思ってしまった。奉仕されたときは、震えるほどの喜びを覚えた。この手でリュドラーを翻弄したいと望んだんだ。生まれたときより私を支え、守り続けてくれている彼を辱めたいという欲がある。……やはり、おかしいのだろうな」  唇を噛んで硬く目を閉じたトゥヒムは、サヒサがニヤリと口の端を持ち上げたことに気づけなかった。サヒサはいかにも同情的な、あわれっぽい声を作ってトゥヒムを慰める。 「それは、当然の感情だ。――むしろトゥヒムがそう思わないほうが、どうかしている」  トゥヒムはまぶたを上げて、サヒサを見た。サヒサはさきほどの冷笑を消して、いたわりの色を満面に乗せている。 「彼はずっと、トゥヒムの傍にいたのだろう? ならば忠義を尽くす彼の姿をうつくしいと思うのは当然のことだ。リュドラーの変化を見届け、なおかつそれに手を貸したいと望むのが人情というものだよ。なにも恥じ入ることはない」 「……あさましくも、ないと?」 「むろんだ。嫌悪し遠ざけることこそ、あさましい。己だけが清くあろうとするなど、忠義に対する冒涜。そうは、思わないかね」 「私は……、そのような気持ちでいるわけではないのだ」 「では、どういうことなのかね」  トゥヒムは視線を迷わせて、視界に入ったワインに手を伸ばすと一気に飲み干した。すぐさま従僕がワインを注ぐ。それも飲んでから、トゥヒムはぽつりと告白した。 「欲情を、した」  ほう、とサヒサは眉を上げて手振りで従僕を部屋から追い出した。 「それを自覚した、ということかね」  うなずいたトゥヒムはこぶしを握り、自分を否定するかのように頭を振ってうめいた。 「リュドラーの乱れた姿を……、快楽に苛まれるさまを、もっと見たいと望んだのだ。――メイドに処理をされたとき、あれほどの興奮は感じなかった。されるがままで、自らすすんでしたいとは思わなかった」 「リュドラーにしゃぶられたときのことを、言っているのだね」  ブルッとトゥヒムの身が震えた。サヒサは声を落とし、ひそやかに誘いをかける。 「彼は性奴隷だ。欲情のままに命じればいい。ただ、まだまだ未熟ではあるからな。自分の監修のもと、彼に無理のない範囲で――、だが」 「リュドラーは……」 「もう、騎士ではない。性奴隷だ。さあ、言葉にしてみたまえ」  促され、トゥヒムはおそるおそる舌を動かした。 「リュドラーは、性奴隷」  ゾク、と体中に悪寒に似た快感が生まれた。 「そのとおりだ、トゥヒム。彼はもう騎士ではない。リュドラーが自分の立場、新たな職業を受け入れるためには、接する者たちが彼を性奴隷として見る必要がある。でなければ、彼はいつまでも騎士の誇りに縛られて、精神を痛め続けるだろう。――すこしでもはやく、彼を楽にしてやりたいとは思わんかね」 「それが、リュドラーのためになると言うのか」 「彼は性奴隷になることを受け入れた。ならば周囲もその覚悟に準じて、そのように扱うべきだろう? とくに、トゥヒム。彼は君のために、騎士の誇りを捨てたのだ。君が率先して、彼を性奴隷として扱わなくてどうする」  端正な顔立ちを曇らせて、トゥヒムは胸に手を置いた。 「自責の念にかられる必要はない。彼が自分の屋敷に逃げ込まなければ、トゥヒムだけでなく、彼もまた処刑されていたことだろう。――誇りや体面のために命を投げ出す、という美学が騎士や貴族の中にはあるようだが、自分たち商人からすればバカバカしいことこの上ない。そんなもので腹は膨れないからな」  自分の知らない価値観に、トゥヒムは動揺した。 「なによりも家名や誇りを重んずる、という生活は、食うに困ったことのない人間のするものだ。――王家が倒されたいま、君はただの浮浪者と変わりない。そんなものに縛られて命を落とさないよう、リュドラーは騎士から性奴隷へと転職をした。そう考えればいい」 「て……、んしょく」 「そうだ。そしてトゥヒムは、次期国王という無職の状態から商人になろうとしている。ふたりとも新たな職を手に入れるために、勉学に励みはじめたところだと認識しておくことだ」  サヒサの表情は僧侶のようにおだやかで、トゥヒムは説法を受けている気分になった。 「いきなり納得をしろとは言わないが……、よく考えてみることだ。――さて。そろそろ食事が運ばれてきてもいいころだが」  わざとらしく席を立ったサヒサは、トゥヒムの肩に手を乗せて笑いかけた。 「すこし様子を見てこよう。リュドラーがきちんと部屋に運ばれ、食事を与えられているかどうかを。トゥヒムも気になるだろう?」  従僕に命じればいいだけのことを、サヒサはわざわざ自分で見てくるという。それを彼のやさしさだと判じたトゥヒムは、力なくほほえんだ。 「すまない、サヒサ。――ありがとう」 「なに。性奴隷になれと命じたのは自分だが、乱暴な扱いをする気は毛頭ない。――リュドラーもトゥヒムも、自分に庇護を求めて来たかわいい生徒だと考えているよ」  ポンポンと軽く肩を叩いてから、サヒサはトゥヒムに背を向けた。 「彼の様子を確認し終えたころには、自分たちの食事の準備も整うだろう。トゥヒムはしばらく、己の心と現状を照らし合わせてみるといい。――覚悟を決めてはいても、体感すれば迷いが生じるものだからな」 「ああ、そうするとしよう。――サヒサが戻るまでに、自分の気持ちを見つけておくよ」  その声を背中で聞いたサヒサは、扉を開ける前に「そうそう」と振り向いた。 「性奴隷というものを、肉体的に支配するだけの存在だと勘違いしている者が大勢いるが、それは真の性奴隷ではないよ、トゥヒム。そういう扱いは、相手が望んでいる場合は別として、ただの虐待だ」  性奴隷という存在を知ったばかりのトゥヒムには、言葉の意味がわからなかった。 「つまり自分は、リュドラーをただ恥辱にまみれさせ、苦しめているわけではない、ということだ」 「それは、快楽を与えているからか」  サヒサはゆっくりと首を振って、否定した。 「快楽を与えて虜にするなら、愛人でかまわない。性奴隷を調教するということは……。トゥヒム、よく覚えておきたまえ」  トゥヒムの意識をたっぷりと引きつけてから、サヒサは言葉を続けた。 「肉体の支配を目的とするものではなく、相手の意志を征服することを目的としたものなのだ」 「意志を、征服?」  そうだとほほえんで、サヒサは廊下に出た。ひとりになったトゥヒムは扉の模様を見るともなしにながめつつ、サヒサの言葉を口内で繰り返す。 「意志を……、リュドラーの意志を征服する………? 性奴隷として、リュドラーの肉体を調教するのではなく、魂を征服することが目的…………」  トゥヒムの脳裏に、さまざまなリュドラーの姿が浮かぶ。それは力強く、たくましく、頼りがいのあるものばかりだった。輝かしい騎士の誇りと均整の取れた顔つき、鍛え抜かれた肉体を躍動させて稽古に励む、誰しもがあこがれた記憶の中のリュドラーの姿が一変、自由を奪われ淫らにもだえる姿になり、ぎこちなくも懸命に奉仕をしてくる顔になった。 ――っ、ふ……、んっ、ぅ。  リュドラーの熱っぽく甘い息を思い出したトゥヒムは、とっさに股間を抑えた。そこがまた、熱く硬くなっている。 「私は――」 (リュドラーの魂を征服したい)  その延長上に淫靡な彼の姿があるのだと、トゥヒムは己の欲望を知って愕然とした。

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