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第15話

 ◇  運ばれてきた浴槽に入れられたリュドラーは、従僕たちのするままに体を磨かれていた。  望んでいた絶頂をなかば無理やり味わわされ、白く弾けた意識に浮かんだのは、トゥヒムの姿だった。 (俺は……)  この口で、トゥヒムの欲を味わった。性別を知っていながら、トゥヒムの股間にそそり立つものに驚いた。可憐と表現してもさしつかえないほど、華奢で端麗なトゥヒムに肉欲は存在しないと無意識に決めつけていた。――だが、違った。  未熟なリュドラーの奉仕にトゥヒムはたぎり、精を放った。体についた独特の香りが、従僕の手で洗い流される。かわりに甘い花の香りがリュドラーの肌に擦りつけられた。目を動かすと、従僕の手に薄桃色の石鹸がある。花の油を練り込んだものだと、鍛錬に明け暮れる真面目一辺倒な生活を送ってきたリュドラーでも知っている。  騎士は高貴な方々のそばに仕える身であるから、獣じみた匂いをさせていてはならない。気品もまた騎士に必要なもの。傭兵とは違う。だから、身づくろいにも心を配るように。  仕える相手の品位が、騎士の姿に表れると言われもする。だからリュドラーは、トゥヒムにふさわしい騎士であろうと、身を清める石鹸にも気を配っていた。もっとも、使っていたのは花の油ではなく、木の葉の油を使用したものだったが。  従僕たちのするがままになることに、慣れはじめている。抵抗する理由も気力も残っていない、と言うべきか。  トゥヒムは己の騎士がもてあそばれる姿を、どんな気持ちでながめていたのだろう。サヒサはなぜ、トゥヒムにそれを見せたのか。  見せないようにすることも、できたはずだ。  それなのに、なぜ。  ――君が教育を受けなければならないのと同様に、トゥヒムもまた性奴隷の扱いを覚えなければならないんだ。だから自分は提案をしたのだよ。リュドラーの教育の一環を担わないか、とね。  サヒサの声がよみがえる。  それをトゥヒムは受け入れた。性的な愉悦は悪だと教育をされてきた、あのトゥヒムが。 (なんてことだ)  自分の提案がトゥヒムを穢す結果を生んでしまった。トゥヒムは使命感、あるいは罪悪感から、サヒサの提案を受け入れた。そうに違いない。 (俺が、ここに逃げ込んだから……)  だが、ほかに庇護を求められる先があっただろうか。トゥヒムは足にケガをしていた。馬車どころか馬もない状態で、逃げられる範囲は限られていた。 (しかたがなかった)  リュドラーは繰り返し、自分に言い聞かせた。ほかにどんな選択肢があったというのだろう。トゥヒムの命をつなぐためにできる道は、ほかにはなかったのだ。 「具合はどうかね」  思考から引き戻されたリュドラーは、サヒサの親切ごかした笑みをにらみつけた。 「そんな顔をするものではないよ、リュドラー。……それとも、性奴隷というものを体験して、やはり嫌だと言いたいのかね。自分はそれでもかまわないが」  奥歯を噛みしめ、リュドラーは気持ちを抑えた。 (サヒサは商人だ。俺たちに義理立てをする筋合いなどない人間だ。対価を求めるのは当然のこと。俺はそれを受け入れた。……怒りは理不尽だ)  グッとこらえたリュドラーの目は、切っ先のように鋭く光っている。それをやわらかく受け流して、サヒサは笑みを深めた。 「トゥヒムのことを怒っているのだな。無理にトゥヒムにやらせた、とでも考えているのだろう」 「俺は性奴隷になると言ったが、トゥヒム様がそれを知る必要はないだろう」  おやおや、とサヒサが眉を上げる。 「つまり君は、トゥヒムと別れて暮らすつもりでいたのか」  リュドラーが片目をすがめると、サヒサはニヤリと頬を持ち上げた。 「そういうことだろう? 君は性奴隷になる。トゥヒムはそれがどんなものかを知らない。つまり、君の扱いがわからない。君たち主従は、ともに過ごせなくなる」 「俺はこの身と引き換えに、トゥヒム様の庇護を求めたんだ」 「そのつもりだろうとは思ったんだがね。それでは困るだろう」 「どういうことだ」 「君も存外、世間を知らないんだな。トゥヒムは庶民とおなじ……、いや。それ以下の存在に落ちてしまったのだよ。そんな人間がこれから生きていくために、なにが必要だと思うかね」  サヒサをにらみつけたまま、リュドラーは考えた。  トゥヒムがこれから生きていくために、必要なこと――。 「商人としての知識を身につけさせると言ったろう」  ゆっくりとサヒサがうなずく。しかしそれは彼の求める答えにまでは、到達していないらしい。続きを待つサヒサの笑みに、リュドラーは顔をしかめた。 「わからないかね」 「商人としての知識を得るほかに、なにがいるというんだ」 「トゥヒムをたったひとりで、ここから送り出すつもりかね」  リュドラーの目が開かれる。サヒサの目は反対に細くなった。 「自分はトゥヒムを養子にするつもりはないよ。必要な知識を与えたら、君の働きに応じた報酬として、元手とツテを与えて別の土地に送り出す、と言ったはずだ。そのときに、君はここに残る気でいるのかね」 「……」  リュドラーは顔をそらした。従僕がリュドラーを立ち上がらせる。見事な肉体に湯がかけられて、泡が落ちた。その身がやわらかなタオルに包まれる。 「なにより、トゥヒムが知りたがった」 「トゥヒム様が?」 「そんなはずはない、と言いたげだな。はじめは義務感から、己の騎士がどうなるのかを知りたがったのだろうが……」  クックッとサヒサが喉を震わせ、ねっとりとした視線でリュドラーの全身を舐めるように見た。 「トゥヒムは君に欲情をしていたよ」 「っ?!」  衝撃を受けるリュドラーに、サヒサは獲物を追い詰める獣の視線を向けた。 「覗き穴から君を見ながら、トゥヒムはどうしようもなく欲情をしていた。だからこそ自分は、トゥヒムと君を引き合わせたのだ。彼が嫌悪を浮かべるようなら、調教の手伝いなど提案はしなかった」 「……そんな…………、トゥヒム様が」  性欲という、獣じみた本能など超越した存在だと思っていたトゥヒムが、己の騎士がもてあそばれる姿を見て欲情したというのか。 「にわかには、信じられないだろうが」  リュドラーの気持ちを見透かし、サヒサは続ける。 「彼もまた、ただの人だということだ」  心臓を握りつぶされた気がして、リュドラーはくずおれた。左右から従僕の手が伸びて、リュドラーを支える。 「これはトゥヒムのためでもあるのだよ、リュドラー。庶民はたくましく、ずる賢い。自分のような相手と商談をするには、さまざまなものを知識ではなく、体験として知っておく必要がある。――いや、トゥヒムが君に並々ならぬ興味を持ってくれてよかった。あとは己の欲望をきちんと認め、受け入れられればいいんだが。否定教育を受けていた彼には、簡単なことではないだろう」  声は聞こえているのだが、リュドラーの意識はそれを認識できずにいた。ワンワンとこだまのように響くばかりで意味を把握できない。 「さて。自分はトゥヒムのもとへ戻るとするよ。君も己の欲を素直に認めたほうがいい。トゥヒムに見られて興奮をしただろう? 内側にあるものは受け入れるといい。己をごまかしきることは、できないのだからな」  リュドラーは従僕に支えられ、うつむいたままサヒサの遠ざかる足音を聞いた。 「トゥヒムが君に欲情しているかどうかを確かめてみるといい。――トゥヒムにも、君が興奮していたのだと伝えよう」  扉が開き、閉まる音がする。 (トゥヒム様が、俺に欲情を――?)  淡い快感がゾワゾワとリュドラーのうなじをくすぐった。

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