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第16話

 ◇  食後の軽い睡眠から起こされたリュドラーは、いままで着用していたシャツではなく、真っ赤なシースルーのノースリーブを渡された。  バラを思わせる鮮やかなそれを身に着ける。前は細いリボンがいくつか並んでおり、それを結んで留める形になっていた。鍛え抜かれたリュドラーの胸筋では、リボンの根元で結ぶことが叶わず、胸筋の谷にリボンの橋がかかった。  腰のあたりは余裕を持ってリボンを結べたが、尻のあたりはギリギリといったところで、リュドラーの男の証にリボンのちいさな結び目が当たり、動くたびに軽く擦れる。 (これは、娼婦のドレスか)  ベッドに客を招きいれた娼婦は、だいたいこんな格好をしている。リュドラーが目を上げると、これを持ってきた従僕が膝上までの長さのストッキングとガーターベルトを見せた。 「ご自身では難しいでしょう」  言われて、リュドラーはベッドに座り、従僕にストッキングを穿かされた。さらさらとした肌触りが心地いい。真っ黒いそれはガッシリとした太ももの中ほどよりも、やや下で止まった。腰にガーターベルトをつけられて、ストッキングが落ちないように固定される。 「ハイヒールも履くのか」  冗談まじりに問うたリュドラーに、従僕は澄まして答えた。 「お望みとあらば」  リュドラーは肩をすくめた。 「俺がそれで歩けるとでも?」 「ですから、素足で客間まで歩いていただきます」  従僕に手を差し出され、リュドラーはそれを取って立ち上がった。 「俺は奴隷だ。なぜ従僕の君が丁寧な口調をする」 「あなた様は我が主の大切な客人の所有物ですから」 (……サヒサはトゥヒム様を賓客だと思っているのか。それとも、皮肉か?)  眉一つ動かさぬ従者の態度から、皮肉な気配は受け取れない。ならば額面通りなのだろうと思う反面、裏の思惑があるに違いないとも考える。 (どちらにせよ、従うほかに道はない)  選択をしてしまったのだから、くどくど考えても仕方がない。そう自分に言い聞かせるのは、何度目だろうか。 「こちらへ」  従僕が先に立ち、リュドラーは廊下を進んだ。歩くたびにリボンの結び目が股間に擦れ、わずかにそこが硬くなる。 (食後に試着をすると言っていたな)  昼間に採寸されたものが衣装となって届けられたのかと、仕事のはやさに軽い驚きを浮かべつつ、性奴隷の衣装なのだから布地面積も少なく、作業工程がさほどないのだろうと想像する。 「お連れいたしました」  従僕がノックをし、サヒサの返事を待って扉を開ける。どうぞと促されたリュドラーの視界に、長椅子に身を沈めているトゥヒムの姿が映った。  ドクリ、とリュドラーの腹の底でなにかが脈打つ。それはじんわりと下肢を温めた。トゥヒムの視線がまっすぐにリュドラーを包む。その目はとても静かだった。 「体調はどうだね、リュドラー」  サヒサに問われ、リュドラーはあいまいに首を動かした。可もなく不可もない。 「トゥヒム。届いたばかりの衣装を、彼に着けてあげるといい」 「――ああ」  ぎこちなくうなずいたトゥヒムが、テーブルに置かれたカバンを開ける。サヒサがその中を覗き、「これなんかはどうだろう」とトゥヒムに笑いかけた。衣装はいくつかあるらしい。  トゥヒムの座る長イスの奥に、仕立屋が立っている。仕立屋はリュドラーと目が合うとニッコリした。リュドラーは表情を変えぬままトゥヒムに視線を戻す。  トゥヒムはサヒサに勧められた衣装を持って、立ち上がろうとした。すぐにサヒサがトゥヒムを止める。 「ケガがまだ、治っていないんだ。リュドラーにこちらに来てもらえばいい。――そうだな、リュドラー」  サヒサにうなずき、リュドラーはゆっくりとトゥヒムの目の前に立った。シースルーの娼婦のようなドレスを着た自分は、トゥヒムの目にどんなふうに映っているのだろう。  ゾクゾクと足元から淡い痺れに似た官能が這い上り、リュドラーの全身を包む。  トゥヒムはじっとリュドラーを見上げた。盛り上がった胸筋の一部が、ツンと尖っている。そこをつまみたいと思う自分に、トゥヒムは苦笑した。 (私は、リュドラーに欲情している)  サヒサに言われた通り、彼を支配したがっている。なんとあさましく愚かな精神なのだろう。  しかし、まぎれもない本心だとトゥヒムは己を受け入れる。気づいてしまったものを、忘れることなどできはしない。逃れられないのなら、ごまかさずにリュドラーに見せよう。これが、本当の私の姿なのだと――。 「裾を持ち上げてくれないか、リュドラー」  トゥヒムはそっと声をかけた。 「でなければ、試着させられない」  清らかなトゥヒムの唇からこぼれた言葉に、リュドラーは喉仏を上下させた。そろそろと裾を掴み、ゆっくりと持ち上げる。シースルーのブラインドが持ち上がり、リュドラーの陰茎の先が顔を出す。 「もっと。全体が見えるまで」  リュドラーは無言で、さらに裾を持ち上げた。 「リュドラー。命じられたら返事をするものだ」  サヒサに言われ、リュドラーは見上げてくるトゥヒムを見返し「はい」と答えた。その声は緊張に渇き、掠れていた。  臍まで裾を持ち上げたリュドラーは、高鳴る心音を抑えるために、深い呼吸を意識する。太ももに力を込めて、震えそうになる体をなだめた。 (トゥヒム様の息が……)  リュドラーは肌を粟立たせた。トゥヒムの息が、リュドラーの下生えをそよがせる。それほど性器に顔を近づけたトゥヒムは、羞恥を堪えるリュドラーを見上げた。 (胸の先が、震えている)  トゥヒムは恥じらうリュドラーの表情を、盛り上がった胸筋ごしに観察した。なんて官能的な表情なのだろうと、トゥヒムの股間に血が巡る。 「もうすこし、脚を開いてくれ。私の腕が通るくらいまで」 「はい、トゥヒム様」  リュドラーの心臓が熱くなる。トゥヒムの命を受けるのは、これがはじめてではない。それなのにこの胸の高鳴りはなんだ。  とまどうリュドラーの開いた脚を、トゥヒムは撫でた。みっしりと鍛え浮かれた太ももの感触に、うっとりとした息が知らずに漏れる。 「騎士の体というものは、見た目よりも弾力があるものなのだな。――どうして、これほど鍛えようと思ったんだ」 「……俺の守るべきお方が、トゥヒム様であるからです」 「私を守るため、か」  トゥヒムは太ももの内側を撫で上げた。リュドラーの背中にゾクゾクと快感が走る。 「その肉体も精神も、すべてトゥヒムのものだとリュドラーは言っているのだよ」  サヒサが楽しげに口を挟んだ。 「そう……、なのか」 「俺のすべては、トゥヒム様のものです」  そう言い切ったリュドラーは、この上もない充足に満たされた。 (そうだ。俺は、トゥヒム様のために存在している)  なんという喜びだろう。  リュドラーは身震いした。  それをトゥヒムは恥辱の震えだと勘違いする。 (騎士としての誇りを、リュドラーはすこしずつ捨てているのだ)  言葉にすることで精神が納得をするのだと、夕食を取りながらサヒサに言われた。だから躾のときに、きちんと言わせなければならないと。肉体ばかりを調教しては、拒絶する精神が摩耗して壊れてしまう。これは調教の基礎であり、極意でもあると説明された。 (私がリュドラーを導く)  これはサヒサの温情だと、世間知らずなトゥヒムは信じていた。自分の知らないところで、無理にリュドラーを性奴隷にするのではなく、トゥヒムに手ほどきをしながら堕とさせる。  リュドラーはひとり堕ち、穢されるつもりでいたらしいが、そんなことはさせられない。――させたくない。そんなトゥヒムの気持ちをおもんぱかり、サヒサは提案をしてくれた。そして内側に眠る人間の本能に気づかせてくれた。 (私はもう、城の奥で母上の望むままに生きていく人形ではない。性に奔放であった父上のように、生身の欲望を持ったひとりの男なのだ)  それを知らなければ、民に混じって生きていけるはずもない。それを教えるために、サヒサはこのような趣向を凝らしてくれている。  あくまでも好意的にサヒサの所業を受け止めたトゥヒムは、頭をもたげたリュドラーの陰茎を手のひらに乗せた。

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