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第22話
「それじゃあ、さっそく」
ニッコリとしたティティに手首をつかまれ、リュドラーは驚いた。
「いますぐに行くのか」
「当然だろう? 僕は君の教育者だ。まあ、最終の命令は雇い主であるサヒサ様がなさるけれど、それがないうちは僕の指示に従わなければならないんだよ」
リュドラーはムッと口をつぐんだ。
「不服そうだね?」
「俺の主はトゥヒム様のみだ」
ああ、とティティがつまらなさそうに吐息をこぼす。
「そのくらい、わかっているさ。けれどその主は、君の扱い方をまるでわかっていない。それどころか、自分の性欲をどう受け入れるべきかも知らないんだ。もしかすると、自分がどんな欲を持っているのかすら、わかっていないのかもしれないな」
「当然だ。トゥヒム様は……」
言いかけて、リュドラーは口をつぐんだ。城の奥底で大切に育てられたと答えては、ティティの予想を認めたことになる。それだけは避けたい。リュドラーはティティから顔をそらした。
(トゥヒム様が殿下であらせられたと知ったティティが、どこで口を滑らせるかわかったものではない。そこから情報が洩れて、引き渡せと市民が押し寄せて来ては逃げ込んだ意味がなくなる)
ティティは首をかしげてリュドラーの言葉の続きを待った。リュドラーの横顔に頑固な色が浮かんでいるのを見て取り、ティティはふうっと息を吐いた。
「とにかく、僕の部屋へ行こう。もう仕事はないんだろう? というか、馬の世話は君の仕事じゃないだろう」
言葉尻で確認するティティに、従僕が答えた。
「まあ、暇つぶしの体力づくりみたいなもんだから、しなくてもかまわないさ」
「それなら、いますぐに僕の部屋へ来ても問題はないわけだ。それとも、来たくない理由でもあるのかな?」
なんとなく気乗りがしない。そんな理由で、ティティの誘いは断れない。そう判断したリュドラーはしぶしぶ腰を上げた。
「乗馬をしに来たんじゃないのか」
それでも従いきれないリュドラーが言うと、ティティは頬を膨らませた。
「さっき、わかったって言ったクセに。往生際が悪いな。なにか含むところでもあるの?」
「それは、ないが」
「じゃあ、なに? どうして僕の部屋に来ることを、了承していながら渋るんだ」
チラリと従僕を横目で見てから、リュドラーは玄関に向かった。置いて行かれた形のティティが背中に続く。外に出てから、リュドラーは眉間にシワを寄せて言った。
「聞きたいことがある。だが、それをまだうまく整理できていないんだ。おまえの部屋へ行くことを了承したのは、それを問う機会ができたと考えたからで、その準備をしてから行くものとばかり思っていたから困惑している」
一気に言ったリュドラーを、愉快な玩具を見つけた子どもの顔でティティがながめる。ジロジロニヤニヤと見回され、リュドラーは居心地が悪くなった。
「……なんだ」
「ん? 面白いなぁ、と思ってさ」
「それは、おまえの顔つきを見ていればわかる」
「んふふ。まったくリュドラーって、頭でっかちなんだなぁ。こんなにかわいいのに」
「か、かわっ?!」
自分とはかけはなれた形容詞を向けられて、リュドラーは目を白黒させた。からかわれているのかと思ったが、ティティは本気らしい。
「そんなに堅苦しくならなくってもいいよ。思ったことは、正直に。昨夜はあんなに素直な反応をしていただろう? 体とおなじように、心も反応を示せばいい」
カッと頬を熱くしたリュドラーに、ティティはウキウキと「そうそう、それ」と言って歩き出す。
「さあ、僕の部屋へ行こう。君の悩みを引き出してあげるからさ」
かろやかな足取りのティティを追いながら、なぜ彼はあれほど快活でいられるのかとリュドラーは考える。
性奴隷、という単語はいまの彼からほど遠い。昨夜の彼とは雰囲気がまるっきり違っている。妖艶な人形といった風情の、中性的な魅力を放っていた彼と、目の前の貴族の若者にしか見えない彼と、どちらが本質なのだろう。
ティティは自分を教育者と言った。彼は性奴隷ではなく性奴隷を調教する専門家なのではないか。しかしサヒサは彼を「熟練の性奴隷」と言っていた。いったいなにがなんなのか。さっぱりわからない。
「眉間のシワ、すごいよ?」
クルリと振り向いたティティが、リュドラーの眉間に人差し指を置いた。シワをのばそうと指を動かすティティからは、健康的な快活さしか感じられない。
「おまえは、本当に昨夜のティティか?」
思わず確認したリュドラーに、ティティはキョトンとし、次いで噴き出した。
「あっ、はは! もしかして、それを考えて難しい顔をしていたとか言う? 気になったらすぐに聞けばいいじゃないか。まったく、不器用なんだなぁ、リュドラーは」
「失礼にあたったら困るだろう」
「堅苦しい! そういうものは僕たち性奴隷には、必要のない認識なんだよ。失礼上等!! そういう愚かしい部分こそ、性奴隷として愛される条件なんだ」
「意味が分からないな」
「ワガママな猫ほど、主に愛されるだろう? オルゴンだって、騎乗するには気位が高すぎる。それなのにほかの馬よりも大切にされている。――僕だって」
そこでふっと口をつぐんだティティは、リュドラーの眉間に当てていた手を彼の唇に移動した。つい、と唇をなぞられ顔を近づけられて、リュドラーはドギマギした。さきほどまでの快活さが霧消して、むせかえりそうになるほどの妖艶さがティティの全身から立ち上っている。
「こういう服装をしてもとがめられないくらい、愛されているんだよ」
ゴクリと喉を鳴らしたリュドラーは、ティティの毒気から逃れようと顔をそらした。クスクスとティティが笑う。
「ほんと、かわいいなぁ」
ウブだと言われているのだと、リュドラーは気づいた。
「俺をバカにしているのか?」
にらみつけると、ティティは大げさに肩をすくめて「おお怖い」とおどけた。
「まあ、そんなに怒らないでよ。見たところ、君と僕は同年代っぽいしさ。仲良くしよう? 君の年齢で性奴隷になるなんて、めずらしすぎるからね。僕と仲良くやっておいたほうが、なにかと便利だと思うよ」
そこで言葉を切ったティティは声をひそめた。
「僕は屋敷の中を自由に歩き回れるからね。トゥヒムの部屋にだって、行こうと思えば行けるんだよ」
息を呑んだリュドラーの耳に、ティティが甘い息を吹きかける。鎖骨を指でなぞられ、胸筋の谷をくすぐられて乳首をつままれ、リュドラーは身を硬くした。
「ねぇ? 僕と仲良くしておいたほうが、いいと思っただろう」
上下したリュドラーの喉仏にキスをして、ティティはクスクスと淫らに笑った。これは罠だろうかとリュドラーは考える。
(心の底からサヒサに従い、トゥヒム様の庇護を求めているのか試されているのだとしたら、ティティの誘いに乗るのは賢明ではない。だが、もしもティティの誘いが本物であれば、トゥヒム様との繋ぎができる)
悩むリュドラーを、ティティは指先でもてあそぶ。わずかに硬くなった乳首が震えて、それを強くつままれたリュドラーの鼻から甘い息が漏れた。
「っふ……」
「そうそう。そういうふうに、心も素直に反応を示せばいいんだ。ああ、こんな話を誰かに聞かれるとマズいな。さっさと僕の部屋へ行こう。そこなら秘密の話がたっぷりできる」
あっさりと離れたティティは、淫靡な気配のかけらもない笑みを浮かべた。
「さあ、僕の部屋へ行こうか。また難しい顔になっているよ、リュドラー。それを笑顔に変える魔法を、僕がかけてあげよう」
手を引かれ、屋敷に入ったリュドラーは二階の奥にある部屋へと導かれた。
「さあ、ここが僕の部屋だ」
扉を開けたティティに促され、足を踏み入れたリュドラーは唖然とした。
「僕がどれほど大切にされているのか、これでわかったよね」
背後から腰に腕を回されて、耳元でささやかれたリュドラーはうなずいた。
ティティの部屋は、リュドラーが騎士であったころの部屋よりもずっと広く、豪奢なものだった。
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