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第30話
トゥヒムの言葉にリュドラーは早鐘のように鳴り響く心臓を抑え込み、ベッドの上で四つん這いになった。尻を持ち上げれば、トゥヒムが「違う」と言ってリュドラーの腰に触れる。
「それだと、おまえの顔を見られないだろう? リュドラー」
「……は。顔、ですか」
「そう、顔だ。おまえの表情を見たいんだ。私を受け入れたおまえが、どんな顔をしていたのか気になっていた。だから、あおむけになってくれ、リュドラー」
腰にあったトゥヒムの手のひらが尻に滑る。緊張に浮かんだ尻のエクボをくすぐったトゥヒムは、ほらと言いながら軽く尻を叩いて促した。
「さあ、リュドラー」
ゴクリと唾を飲み込んで、リュドラーは姿勢を変えた。羞恥と期待に心身をうずかせながら太ももに腕をかけ、膝を肩に寄せる。
「どうぞ、ご存分に」
硬くかすれたリュドラーの声に彼の興奮を知って、トゥヒムも喉を鳴らした。スリーパーを脱いで下着姿になったトゥヒムはリュドラーの脚の間に座り、立ち上がっている陰茎を見下ろす。
尻の谷に触れたトゥヒムは指を滑らせ、繊細にうごめく菊花を見つけると、そこに小瓶の中身を垂らしつつシワを開くように指の腹で撫で、たっぷりと入り口が濡れてから指を押し込んだ。
「ぅ……」
「つらいか、リュドラー」
「いえ」
つらいどころか高揚している。リュドラーは自分の想いを噛みしめた。一点の曇りもない純粋で美しい主に肉欲を向けられただけでなく、覚えたての快楽を引き出される背徳感による陶酔に、リュドラーは目を細めて細く長い息を吐いた。
「狭いな。ここに私が入ったとは、信じられない」
「っ、ですか……、事実です」
「ああ。私はたしかに、おまえを貫いた」
あの折のえもいわれぬ圧迫と温もりを思い出し、トゥヒムは体を熱くした。自分がこれほど強い性欲を持っているとは思わなかった。まさしく獣欲と表現するにふさわしい獰猛な炎が腰のあたりで燃え盛っている。
「リュドラー。おまえのここは、とても心地がよかった。私を包み、強く締めつけたかと思えばゆるみ、うごめいて奥へと導く。なんともあさましく恥ずかしいことだが、私は夢中になって……、その…………」
はにかみながら、トゥヒムはリュドラーの秘孔をさぐった。濡れたそこは指に吸いつき、ねだるようにヒクついている。望まれるままトゥヒムは花の香りのオイルをそそいで内壁を擦った。
「っ、は……、あ、トゥヒム様」
「どうした、リュドラー」
ためらうリュドラーに、トゥヒムは不安を覚えた。やり方を間違っているのだろうか。
「その……、指を」
「指を?」
「ふ、増やして……、ほぐしてください」
「ああ、そうか。なるほど」
そんなことすら気づかなかった自分を恥じたトゥヒムは、首を伸ばしてリュドラーの陰茎を舐めた。
「っ、トゥヒム様……」
「咥えはしない。だが、舐めるくらいはいいだろう?」
「んっ、ですが……、トゥヒム様のお顔にもしも……」
最後まで言うのはためらわれて口ごもるリュドラーに、トゥヒムは「大丈夫だ」と陰茎の先にキスをする。
「私が汚れるのではと心配をしているのだろう? そうなったとしても洗えば済むことだ。気にするな」
「気にします。その、髪につくと取れにくいものだとティティが」
「そうなのか。それは、困るな」
「ですから――」
「ならば、達しそうになったら教えてくれ」
「えっ」
「そうすれば顔を離す。それなら問題ないだろう? それまでは、させてくれ」
断れるはずもなく、リュドラーは心音をとどろかせながら「はい」と答えた。耳鳴りのように鼓動が激しく、息が乱れる。トゥヒムの指は増え、リュドラーの肉壁を広げて擦る。快感に震えるリュドラーのそこは媚肉と化してトゥヒムの指にたわむれかかった。
「はっ、ぁ、あ……、トゥヒム様、んっ、もう」
「どうした、リュドラー。達しそうなのか?」
「……っ、ではなく、もう……、準備は整ったかと」
キョトンとまたたいたトゥヒムはすこし残念そうに「そうか」とつぶやき、リュドラーの股間から顔を離した。
「だんだん舐めることが気持ちよくなってきたところだったのだがな」
「なっ」
トゥヒムの唇から漏れた言葉にリュドラーは目を剥いた。
「そんなに驚かないでくれ。――性奴隷への扱いは、相手に心地をしゃべらせるものと聞いた。そのためにはこちらも言うのが筋だと考えたんだ。はしたないと幻滅したか?」
「いえ、すこし……、驚いただけで――」
「すこし、という顔ではないな」
「は――。申し訳ございません」
「あやまらなくていい。……おまえが困惑するのも無理はない。私も自分の変化と発見に驚いているのだからな」
「トゥヒム様」
「だが、悪い意味ではないぞ、リュドラー。むしろ私は楽しんでいる。騎士の尊厳を踏みにじられているおまえにとっては、腹立たしく悔しいことだと思うが……。誰にも抑圧されずに自分の欲と向き合えるのは、とても新鮮で解放された気分なんだ。――すまない、リュドラー」
トゥヒムの言葉にリュドラーはまたたき、クックッと喉を鳴らした。
「どうした、リュドラー」
「――いえ。安堵いたしました」
自分だけが、見知らぬ己の目覚めを体験していたわけではないと知り、リュドラーは安堵した。新たなトゥヒムが己を望んでくれるなら、どのような恥辱も受け入れようと明るくやわらかな感情が湧き起こる。
「安堵? 私がこういう行為を厭い、おまえを嫌うとでも思っていたのか」
「そうではないと、どうぞこの身に刻んでください。トゥヒム様」
リュドラーがなにを示しているのか理解して、トゥヒムはほほえみうなずいた。
「深く、おまえに打ち込もう。私という楔を――」
指を抜いたトゥヒムは滾り切った己の肉欲をリュドラーの秘孔にあてがい、緊張を息に乗せて抜きながら押し込んだ。
「ぐっ、ぁ……、は、ぁ、あ、あ」
ズ――、とトゥヒムが濡らしほぐされたリュドラーの内側に沈む。リュドラーはシーツを握り、脚をトゥヒムの腰に絡めて圧迫に詰まる息を吐き出した。
「リュドラー、苦しくはないか」
「っ、は――、大丈夫です……、ふっ、ぁ、どうぞ、そのまま奥まで」
「ああ、リュドラー」
温かく締めつけてくる媚肉の心地よさにめまいを覚えつつ、トゥヒムは慎重にリュドラーを拓き、根元まで埋め込んだ。
「はぁ、ああ――、リュドラー」
酔っているようにほほえむトゥヒムに、胸を喘がせながらリュドラーも笑顔を向けた。庇護欲や慈愛、支配された喜びの混ざった艶冶な微笑にトゥヒムの欲熱が跳ねてリュドラーの内部を刺激する。
「あっ、は……」
「ふふ。こうして、しばらく動かないままでいたくもあるし、欲のままに突き上げたくもある。――困ったな」
「どうぞ、ご随意に」
「リュドラー」
トゥヒムはグッと腰を進めて、リュドラーの肩を掴んだ。深い場所まで拓かれたリュドラーの背が丸くなる。近づいた額にキスをしたトゥヒムは、そのままリュドラーの首に腕をかけてささやいた。
「キスがしたい。――私を見てくれ、リュドラー」
「トゥヒム様、ああ……」
深く繋がり、唇を重ねる。どちらともなく舌を伸ばして絡め合い、リュドラーの手がトゥヒムの背中に回った。華奢なトゥヒムはリュドラーの腕にすっぽりと包まれる。
「リュドラー」
「トゥヒム様、……んっ、ふぅ」
自分の裡に眠っていた己の存在を相手に開き、それを重ねてじっくりと互いの欲を確かめる。ゆるゆるとそれを示し受け止めながら、淫奔な舞いへと昇華する。汗ばむほどに激しく体をぶつけあい、声を重ねて欲を放ったふたりは唇をついばみながら、余韻の波に名残を乗せて、ふたたび炎を燃え上がらせた。
「ああっ、あっ、トゥヒム様――っ、は、ああ」
「リュドラー、リュドラー……、ああ……、そんなに私が欲しいのか? 絡みついて、締めつけて、もっともっととねだってくる」
「ふぁ、ああ、トゥヒム様……、どうぞ、ああ、熱のすべてをあさましく乱れる俺に――、は、ぁああっ、くぅ、奥に、どうぞ、奥に……、あなた様を、ああっ、もっと……、このリュドラーに……、ッ!」
リュドラーの求めがなくとも、トゥヒムは劣情のすべてを彼の奥へそそぐ気でいた。
「リュドラー、リュドラー……っ」
夢中になって腰を打ちつけてくるトゥヒムの姿に、リュドラーの胸が甘く切なく締めつけられる。
「ああ、リュドラー、受け止めてくれ」
「トゥヒム様、トゥヒム様――、ご存分に……、あっ、あぁあああ!!」
汗にまみれ、欲蜜をほとばしらせて、ふたりは時間の許す限り睦み合い、己と相手の欲を確かめ味わい尽くした。
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