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第8話

 何てことだ……と思う気持ちは半分で、俺は後悔の念にとらわれていた。  子どもっていうのはそういうものなのだ。このタイミングで病気になるものなのだ。  俺はこの一週間、有季のことばかりを考えて、有玄のことが手薄になってしまってはいなかっただろうか。  一週間の飯は? ちゃんと栄養のバランスはとれていたか。寝る時のパジャマは? 半そでを着せるのはまだ時期が早かったのではないだろうか。腹巻は? 毛布は?  そう言えば、有玄は昨日の朝くらいから咳が出ていなかっただろうか。一昨日くらいから鼻水が出ていたんじゃなかったか? もしかしたら昨日のうちに医者に行った方が良かったんじゃないだろうか。  子どものことなんて、全力でやっても足りないことはある。  もしかしたら、恋愛ごとに浮足だっている父親を有玄が肌身で感じて……寂しい思いをしてたってことも、勿論あるに決まってるよ。 「玄寿さん? ……電話、どうかしたんですか?」  様子のおかしくなっている俺に、有季が不審に思って聞いて来た。  何て言えばいいんだろう。先週は体調が悪くなってデートを台無しにして……今日も子どもの都合で約束が反古(ほご)になりそうで……。  ていうか、やっぱり俺はまだ、恋愛しちゃいけないんじゃないかなあ。  俺は切ったばかりの電話を片手に、そんなことを考えていた。  目の前で答えを待っている有季に、俺は何とか説明をしようとする。  うまく説明など出来るわけがない。ただ、正直に言うしかないのだ。    それでも、俺の目の前で自前のエプロンを付け、もう鍋にお湯を沸かし始めている有季にデートが中止になると伝えるのは、本当に言いにくい。     俺は何とか言葉を口にした。その口調は、弱々しいものになってしまったのだが……。 「ごめん……有季、実は有玄が熱を出しちゃったみたいで……」 「え」 「俺がいないって泣いてるみたいなんだ」    俺の説明に、有季は目を見開く。 「それは、早く迎えに行ってあげないと」 「そうなんだ。ごめん、本当に、先週もデートをダメにしたのに……」 「玄寿さん?」  有季は俺の言葉に、訝し気な表情で顔を上げる。 「玄さん? 僕、そんなこと思ってませんよ」  でも、実際ダメにしたのは俺だ。  俺は、こんなに慕ってくれるよく出来た有季に、何にもしてあげられていない。  子どもを優先するあまりに、彼の望みを何も叶えてあげられない気がして……。 「とりあえず早く迎えに……」  有季がそう言うと同時くらいに、玄関のチャイムが鳴った。来客ということだ。 「誰……」  戸惑う俺が、有季に促されて玄関に行くと、そこに居たのは有玄を抱きあげている姉だった。 『……ごめーん、悪いんだけど、もう連れてきちゃった。泣いてて熱っぽくて、可哀想で……』  それはそうなのだ。一刻も早い方がいい。  ただ、こちらも用意というものがある。とりあえず、有季を中に入れなければ。 「ご、ごめん、有季、こっちへ来て」 「え……」  俺は鍋のコンロの火を急いで止め、有季の手を引いた。そして、リビングより奥の部屋へ連れて行った。  俺の着替えやら物置きのようになっている部屋へ、有季を連れて行く。 「ごめん、有季、ちょっとだけここで待ってて!」 「……」  呆気に取られている有季をそこへ置き、俺は玄関へ向かった。  玄関を開けると、熱っぽい有玄と姉が室内に入ってくる。

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