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第9話

「パパぁ……」  そう言ってぐずる有玄を、俺は抱っこする。全体重を俺に預ける有玄。  そして身の軽くなった姉が言う。 「水分は取れてるはずだし、泣き止めばもっと落ち着くはずよ」 「うん」 「とりあえず寝せて、熱は38度くらいで吐き気も下痢も無いから、他に何もなければ病院は明日でもいいかもしれないけど――……念のため、熱さましはあるの?」 「うん、ある。座薬だから、いざってときは寝たままでも入れられる」 「そう。――玄寿。」 「なに?」 「なんにも役に立てなくてごめんね」  悔しそうに言う姉に、俺の方が泣きそうな気持ちになる。  悪いのは姉ではない。そして、有玄でも勿論ない。  悪いのは俺なのだ。  人の親なのに、一人しかいないのに、俺が恋愛にうつつを抜かしてたから……。  俺は目が潤みそうになるのを(こら)えながら、姉に返事をする。 「大丈夫。こっちこそごめんな。任せきりにして」 「だってあんた――今ここに、いるんでしょ?」  彼女。そう言って姉は声を潜ませた。  俺は、部屋の奥に目をやる。  向こうにいるはずだ。 「……うん。」 「ごめんね、ほんとは邪魔したくなかったんだけど……」 「それは違うよ」  子どもが寂しそうにしてるのと自分の都合を、天秤にかけちゃダメだろ。  そう思いながら俺は有玄を抱いて、俺の寝室に連れて行った。姉も後ろから付いて来た。  いつものベッドに寝せて、有玄はホッとしたみたいだった。  水を何口か飲んだ後で、すぐに眠ったようだった。 「眠ったみたいね」 「うん、ちょっと様子を見るよ」 「えっと、じゃあ、私は帰った方がいいわよね……。それとも、私がここで有玄見ようか」  俺はゆっくりと首を横に振った。  それでも、俺が有季とゆっくりするわけにはいかないだろう。  有季に現状を話して、今日のところはもう一度帰ってもらおう……。  せっかく来てもらったのに、また帰ってもらうのは申し訳ないんだけど……。  俺がそう思って、頭を掻きながら有季のいるはずの部屋に向かい、部屋をノックした。 「有季……?」  俺はそう言いながら部屋をそうっと開いたんだけど、そこには誰の姿もなかった。  歩いて、ベランダに出てみたけど、そこにも有季はいなかった。  ベランダから下を見ると、外にどうやら見慣れた姿が。  こちらを一度振り返った。有季だった。 「有季……」  唇を閉じて、再び前を向き、マンションを離れていく彼。どうやら、俺と姉が寝室にいるうちに黙って部屋を出てしまったようだった。 (……やっぱり、か……)  何となく俺はそう思っていた。俺は、ふられたのではあるまいか。  俺は何と言っていいか解らなかった。有季は、まだ二十歳そこそこの男の子で。  若さもあれば自由もある。そして将来も。  そんな相手に、俺の苦悩やら苦労、もしくは恋人役を押し付けるのは本来適切じゃないと、俺はやっぱり思っていたのだった。

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