9 / 17
第9話
「パパぁ……」
そう言ってぐずる有玄を、俺は抱っこする。全体重を俺に預ける有玄。
そして身の軽くなった姉が言う。
「水分は取れてるはずだし、泣き止めばもっと落ち着くはずよ」
「うん」
「とりあえず寝せて、熱は38度くらいで吐き気も下痢も無いから、他に何もなければ病院は明日でもいいかもしれないけど――……念のため、熱さましはあるの?」
「うん、ある。座薬だから、いざってときは寝たままでも入れられる」
「そう。――玄寿。」
「なに?」
「なんにも役に立てなくてごめんね」
悔しそうに言う姉に、俺の方が泣きそうな気持ちになる。
悪いのは姉ではない。そして、有玄でも勿論ない。
悪いのは俺なのだ。
人の親なのに、一人しかいないのに、俺が恋愛にうつつを抜かしてたから……。
俺は目が潤みそうになるのを堪 えながら、姉に返事をする。
「大丈夫。こっちこそごめんな。任せきりにして」
「だってあんた――今ここに、いるんでしょ?」
彼女。そう言って姉は声を潜ませた。
俺は、部屋の奥に目をやる。
向こうにいるはずだ。
「……うん。」
「ごめんね、ほんとは邪魔したくなかったんだけど……」
「それは違うよ」
子どもが寂しそうにしてるのと自分の都合を、天秤にかけちゃダメだろ。
そう思いながら俺は有玄を抱いて、俺の寝室に連れて行った。姉も後ろから付いて来た。
いつものベッドに寝せて、有玄はホッとしたみたいだった。
水を何口か飲んだ後で、すぐに眠ったようだった。
「眠ったみたいね」
「うん、ちょっと様子を見るよ」
「えっと、じゃあ、私は帰った方がいいわよね……。それとも、私がここで有玄見ようか」
俺はゆっくりと首を横に振った。
それでも、俺が有季とゆっくりするわけにはいかないだろう。
有季に現状を話して、今日のところはもう一度帰ってもらおう……。
せっかく来てもらったのに、また帰ってもらうのは申し訳ないんだけど……。
俺がそう思って、頭を掻きながら有季のいるはずの部屋に向かい、部屋をノックした。
「有季……?」
俺はそう言いながら部屋をそうっと開いたんだけど、そこには誰の姿もなかった。
歩いて、ベランダに出てみたけど、そこにも有季はいなかった。
ベランダから下を見ると、外にどうやら見慣れた姿が。
こちらを一度振り返った。有季だった。
「有季……」
唇を閉じて、再び前を向き、マンションを離れていく彼。どうやら、俺と姉が寝室にいるうちに黙って部屋を出てしまったようだった。
(……やっぱり、か……)
何となく俺はそう思っていた。俺は、ふられたのではあるまいか。
俺は何と言っていいか解らなかった。有季は、まだ二十歳そこそこの男の子で。
若さもあれば自由もある。そして将来も。
そんな相手に、俺の苦悩やら苦労、もしくは恋人役を押し付けるのは本来適切じゃないと、俺はやっぱり思っていたのだった。
ともだちにシェアしよう!