16 / 17
第16話
ブロロロ……。
有季を乗せたタクシーが走り去って行く。
俺はその後ろ姿を見送り切って、帰路を辿るのだが、その前に寄り道をした。
近くのパン屋である。パン屋だったら朝の七時からやっている。
土曜日のよい朝に美味しいパンを有玄に食べさせる……というのも目的の一つだが……。
ガチャ。俺は家の鍵を開ける。
恐る恐る、なるべく静かにドアを閉めようと思ったのだが……。
「おかえりー」
リビングから、声が聞こえてぎくりとした。
姉は静かにテレビの音声を下げ、ソファにふんぞり返ってテレビを眺めているようだ。
俺は喉をごくりと鳴らして、彼女のところへ行く。
「あ、あ、あ、あの……スワン屋のシュークリーム買って来ました……」
「おおよしよし。」
俺は殿様へ貢ぐように紙袋を差し出した。ここのパン屋のシュークリームは、小さい頃から姉の好物なのである。
賄賂である。
姉の機嫌を取れたと思い、ほっとして俺もソファに座ろうと思うのだが、姉はそこを見逃さずに言う。
「2年分の欲求不満は解消出来たのかしら?」
俺はぐっと詰まる。
全く、臆面もなく姉とこんな話したくねーよ……。
しかし、一晩急に有玄を預かってもらった身分である。
「あ、あ、あの……出来ました。」
「良かったね」
こぉぉ……。
小さい頃から自分を知っている相手というものは嫌である。
「あんた昔は朝帰りしてたもんねー」
あーはいはい、そうである。自分が男好きなのか女好きなのか解らなくて、色々試してた時ね……。
「相手の子は連れて帰って来なかったんだ―」
ヤリまくった後で連れて帰ってこれる訳ねーだろーが!
「ま、ザー〇ン臭くちゃ連れてこれないか」
「ね、ねーちゃん……」
さすがに三十路の過ぎた姉の口からザーメ〇とは聞きたくなかった……。
ともかくだ。
「あ、あ、あ、ありがとうございました……」
「よし」
俺は隣の姉に深々と頭を下げた。多分、もう一生この人に頭は上がらないような気がする……。
大人になるということは様々なしがらみが増えるということだ……。
でも俺はしっかりと言う。
「あの……今度ゆっくり紹介したい」
「おお、待ってる」
有玄の新しいママになるかなー、などと伸びをしている姉は、昨日の有季が男の子だったと気付かなかったのだろうか?
まあ、一瞬だし気が付かなくっても仕方ないか……。
そんなことを考えていると、じきに有玄も起きて来た。
ともだちにシェアしよう!