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第16話

 ブロロロ……。  有季を乗せたタクシーが走り去って行く。  俺はその後ろ姿を見送り切って、帰路を辿るのだが、その前に寄り道をした。  近くのパン屋である。パン屋だったら朝の七時からやっている。  土曜日のよい朝に美味しいパンを有玄に食べさせる……というのも目的の一つだが……。  ガチャ。俺は家の鍵を開ける。  恐る恐る、なるべく静かにドアを閉めようと思ったのだが……。 「おかえりー」  リビングから、声が聞こえてぎくりとした。  姉は静かにテレビの音声を下げ、ソファにふんぞり返ってテレビを眺めているようだ。    俺は喉をごくりと鳴らして、彼女のところへ行く。 「あ、あ、あ、あの……スワン屋のシュークリーム買って来ました……」 「おおよしよし。」  俺は殿様へ貢ぐように紙袋を差し出した。ここのパン屋のシュークリームは、小さい頃から姉の好物なのである。  賄賂である。  姉の機嫌を取れたと思い、ほっとして俺もソファに座ろうと思うのだが、姉はそこを見逃さずに言う。 「2年分の欲求不満は解消出来たのかしら?」  俺はぐっと詰まる。  全く、臆面もなく姉とこんな話したくねーよ……。  しかし、一晩急に有玄を預かってもらった身分である。 「あ、あ、あの……出来ました。」 「良かったね」  こぉぉ……。  小さい頃から自分を知っている相手というものは嫌である。 「あんた昔は朝帰りしてたもんねー」  あーはいはい、そうである。自分が男好きなのか女好きなのか解らなくて、色々試してた時ね……。 「相手の子は連れて帰って来なかったんだ―」  ヤリまくった後で連れて帰ってこれる訳ねーだろーが! 「ま、ザー〇ン臭くちゃ連れてこれないか」 「ね、ねーちゃん……」  さすがに三十路の過ぎた姉の口からザーメ〇とは聞きたくなかった……。  ともかくだ。 「あ、あ、あ、ありがとうございました……」 「よし」  俺は隣の姉に深々と頭を下げた。多分、もう一生この人に頭は上がらないような気がする……。  大人になるということは様々なしがらみが増えるということだ……。  でも俺はしっかりと言う。 「あの……今度ゆっくり紹介したい」 「おお、待ってる」  有玄の新しいママになるかなー、などと伸びをしている姉は、昨日の有季が男の子だったと気付かなかったのだろうか?   まあ、一瞬だし気が付かなくっても仕方ないか……。    そんなことを考えていると、じきに有玄も起きて来た。

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