3 / 26

第2話 夏向

「なにか飲むか?」 「うんっ」 ずいぶんと元気良く返事をしてしまって少し恥ずかしかったけれど、 ももちゃんはいつも通りははっと笑って、 「待ってろ」 店の奥へ入っていく。 奥には小さな流し台があって 二人掛けのソファ、大きくはないテーブル、そうして、 冷蔵庫や小さな棚とか、ちょっとした休憩スペースがあるのだ。 ガラスの向こう側は気づけば真っ暗になっていた。 突然、ももちゃんがいなくなった大して広くはない店内はひっそりとして、 キレイな花たちの色彩もどこか、くすぶりを見せた気がした。 「これは?」 「飲んでみ?」 奥からティーカップに入れて持って来てくれたのはハーブティだ。 ほとんど毎回、ももちゃんはオレにハーブティを淹れる。 「おいしいっ」 「だろ?」 ももちゃんの淹れてくれるハーブティはいつだって美味しい。 とはいえハーブティなんておしゃれなもの、 この半年前までは飲んだことはなかったのだけど。 去年の秋からの間に、いくつもの種類を飲んだ。 それらはぜんぶ、ももちゃんが淹れてくれたものだ。 「あと1時間あるぜ」 ももちゃんはお店の時計を見ながら言った。 それはつまり、閉店まであと1時間あって、 お前はココで仕事が終わるのを待っているのか?という意味だった。 「いいよ。課題やってるから」 笑ってそう言うと、 まるでそれを合図にしたみたいに新しいお客さんが入ってきた。 ももちゃんはお客さんの方へ丁寧に向きを変えてからいらっしゃいませと言って、 今度は顔だけオレの方へ向き直る。 「電話は奥でしろよ」 「ん。わかってる」 ももちゃんは笑顔でオレの頭をポンッとして、仕事に戻って行った。 本当は奥で待ってもいいのだけれど、オレはこの席が好き。 このテーブルはいわば作業台で、 ももちゃんはフラワーアレンジや花束をつくるときや、 ほかにもいろんな作業用で使っているのだけど、 奥側のいまオレが座ってる席は もうほとんどオレの専用の場所と化している。 ・・・実際、ももちゃんはいまではいつも、 この席の周りをキレイにして空けておいてくれている・・・ 1時間くらいここで待つのはなんてことはない。 だって花に囲まれたももちゃんを、ゆっくり眺めていられるのだ。 大通りからちょっとだけ奥に入ったこの花屋は、 半年前の10月、大学卒業を待たずにももちゃんが一人でオープンさせた。 ももちゃんは一つ上の幼馴染。 物心ついたときからずっと一緒にいる。 学年は一個ちがいだけど実家が隣どうしでしょっちゅう一緒に遊んだ。 ももちゃんは小さい頃は、 女の子と間違えられるくらいに「美人」で有名だった。 もちろん、いまだに「美人」って言葉が似合う容姿をしてる。 とはいえ、いまのももちゃんには 女の子と間違えられるような要素は見当たらない。 そんな外見と人当たりの良さと、さらには勉強もできたももちゃんは、 中学のときは生徒会長もやっていた。 オレはもうずっとずっとももちゃんに憧れていて、 ずっとずっとももちゃんの後ろばかりを追いかけてきた。 お互いエスカレーター式の幼稚園に入学していたこともあって、 そこから大学までもずっと同じ学校だった。 いつだってももちゃんを一番近くで見てきたつもりだったけど・・・ ーーww・・・ーー 笑い声がして思わずそちらを見る。 ももちゃんとお客さんが・・・それは可愛い女の子だ・・・ なにかを話しているのがチラリと見えた。

ともだちにシェアしよう!