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第4話 夏向
【花屋やろーと思う】
去年の夏。
ももちゃんに突然言われたのを思いだす。
それはバイト先のモデル事務所で、
7月中にももちゃんがバイトを辞めるって話しをはじめて聞いたときだった。
「なんで辞めちゃうの?」
と聞いたオレに、ももちゃんがそう言ったのだ。
「は・・はなやって・・・お花屋さんの花屋?!」
最初はわからなかった。
花屋の意味はわかったけど、どうして花屋なのかがわからなかった。
「なんだよその顔」
相変わらずももちゃんはかっこよく笑った。
「だって・・びっくりすんじゃん。
ぜんぜん・・・いままでそんな・・・花なんて・・・」
花・・・いままでにも何度か撮影で使ったことはある。
でも花との思い出なんてそれくらいしかない気がする。
「夏向 は花粉症だもんな」
ももちゃんに笑いながら言われて、
けれど
「・・・それは」
どうでもいいことだった。
本当に。
そういうことではなかった。
それまでのももちゃんを振り返って、
少なくとも自分の知るももちゃんが
花になんて興味があったとは思えないからだった。
なんだかものすごくショックだった。
これだけ長くそばにいて、
ももちゃんのことを何も・・・
本当になんにもわかっていないと思わされてしまって、
言葉にできないショックを受けた。
なぜ花屋なのかの理由を聞けないままで、
ともかくその夏にはももちゃんは
モデルのバイトと並行して花屋でバイトを始めた。
夏休みという学生にとって
一番といっていい思い出作りをするべきその時期に、
2つのアルバイトに精を出すももちゃんのそばに
オレははなかなかいることができなかった。
決めたことにはまっすぐ進むももちゃんらしく、
花屋のバイトだけでなく、
合間を縫っては植物園に出かけたり図書館にも通って、
花のこと
土のこと
栄養剤はもちろん、
昆虫なんかのことも調べて、
さらにはフラワーアレンジメントの教室なんかにも通って、
おまけに接客の勉強もしていたらしい。
当時のオレは何も知らなかった。
忙しそうにしていることはわかっていても、
いったいどこで何をしているのかを知らなかった。
あとになってそのことをももちゃんからじゃなく、
同じくモデルをしている大先輩の、椿さんから聞いたのだ。
知らなかったこと・・・よりも、
知らせてもらえなかったことがすごくショックだった。
ももちゃんはもともと頭がよかったから、
確かにモデルを続けなかったとしても、頭の良いヒトが付く職業
・・・法学部でも医学部でもなかったから、
それはたとえば公務員とか商社マンとか、
オレに思いつくモノなんてそれくらいしかないけど・・・
なんかに就いたっておかしくはないとは思ってた。
それが・・・花屋なんて・・・
ともかく。
ももちゃんは決めていた通り、
モデルの仕事を去年の8月いっぱいですっぱり辞めると、
もう十分単位はとれていたし、ももちゃんにはまったく迷いもなかったから、
その年の10月の秋。
卒業を待たずに、たった一人で本当に自分の花屋をオープンさせたのだった。
あれからあっという間に半年が過ぎて、
オレは大学4年生になり、
ももちゃんは本格的に花屋の亭主になってしまったというわけだった。
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