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第8話 夏向

そうして、明らかに椿さんに目を奪われてる女性たちに軽く会釈して、 椿さんは笑顔のままでこっちに歩いてくる。 「ココいい?」 「もちろん。どーぞ」 オレは作業台の上のモノたちを出来るだけ丁寧に端っこへよける。 お店のモノはももちゃんにとって大切なモノだから、 それがどんなものでもゆっくり確かめるようにして動かすようにしている。 「なに?べんきょー?」 「うん。フリだけ」 すると、椿さんは今度はははっと声を出して笑った。 そういう椿さんはちょっと幼くなって少年っぽさが増す。 「ごめんね。ホントに一緒に行っていい?」 「もちろん。ホントにぜんぜんいーよ!」 本心だって伝わって欲しくて、どこか大げさに言った。 大先輩の椿さんは、そんな大先輩って感じの空気を上手にやんわりさせて、 いつもあったかい空気が周りにあるようなヒト。 口数の少ない椿さんは、まるで何も考えてないように見えて 実際はいつも周りに気をつかってくれている。 それもさりげなく。 こんな下っ端のオレにすらも。 いまのオレはももちゃんが椿さんを好きな理由を、 ちゃんと感じることができている。 ももちゃんが自分より、 椿さんといるときのほうが落ち着くのだとしたら それは実際落ち込むけど・・・ でもそれは椿さんのせいじゃない。 そういうところで勝手にショックを受けてしまう自分自身に 落ちこんでいるだけだ。 「椿さんもハーブティ飲む?」 「お・・じゃあお願い」 「ん。こっちへどうぞ」 ももちゃんの断りなく、勝手に奥の部屋に招待した。 椿さんはかなり有名人だし、 そっちのほうがももちゃんにも椿さんにも、 そしてお店にとってもいいんじゃないかなって思ったからだ。 入るとティーカップを用意する。 オープンしてからほとんど毎日ココに来て、 オレはもうここのお店の作りはすべて把握しているし、 勝手もわかっている。 「夏向(かなた)ちゃんここの店員さんみたいだね」 「そう? 」 もも色のハーブティを淹れたカップを持っていけば椿さんにそう言われて、 それは自分のどこかを満ち足りた気分にさせた。 ももちゃんがそのままモデルをやっていくのだろうと思ったその根拠の一つが、 いま隣にいる椿さんという存在だった。 だってそんなに仲がよくて、 ももちゃんだってもちろん、モデルとしても人気があったし。 それなのに、ももちゃんはバイトを始めた当時から ・・・もしかしたらもっと前から・・・ もう花屋をやると決めていたってことを椿さんから聞いて、 オレはとても驚いた。 モデルのバイトは資金作りのひとつだったそうだ。 オレはももちゃんのことを、 ももちゃんからではなく椿さんからたくさん聞いて、 当時はイチイチ落ち込んでいた。 閉店時間になると、 ももちゃんはいつもの段取りでお店を閉める作業をやりだす。 「夏向(かなた)なに食べたい?」 「ん~・・椿さんは?」 「ん~・・たけちゃんは?」 妙なところで気を使ってしまうらしい3人は、 らちが明かない自分たちに、3人して笑った。

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