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第9話 桃ちゃん

春。 花粉症の夏向(かなた)にとっては辛い時期。 それでも、今日も夏向(かなた)はココにくる。 去年の10月になんとかオープンさせた俺の花屋に コイツはもうほとんど毎日やって来る。 約束なんてしない。 小さなころからずっと一緒に過ごしてきた俺たちは、 もともと待ち合わせをして会ったりすること自体が稀だった。 いつだって二人でつるんでいた。 学年が違っても、部活も塾も同じだったし、 家が隣同士のおかげで帰る方向も同じだった。 俺が大学に入るのを機に、独り暮らしをするまでは。 いまでは互いに独り暮らしをして、帰る方向は別々になった。 去年の秋に俺はこの店をオープンさせ、夏向(かなた)はまだ大学生だ。 少しずつ、、、けれど着実に。 互いに違う道を進むべき時が近づいている。 夕方はまだ少し冷える4月の今日、 夏向(かなた)は淡い水色が綺麗なカラーシャツを羽織ってやってきた。 その春らしいシャツとベージュのチノパンをどこかゆったりと着こなして、 華奢な夏向(かなた)に良く似合っている。 もとからお洒落な夏向(かなた)のセンスの良さが際立っていると思った。 少し伸びた栗色の髪が揺れると店の客たちがざわめく。 モデルとしての夏向(かなた)のことを知っているのかもしれない。 いつもの場所でいつものように夏向(かなた)が待つ俺の店に、 今日は珍しく椿がやって来ると、店の中は自然といっそう華やかになる。 自分が有名人だという自覚があるのかないのか、 店のお客のことなど大して気に留めず、椿はいつも自然体だ。 おまけに飯を食いに行こうなんてめったにないことを言いだすから、 今日は久しぶりに3人での夕飯になった。 せっかく椿がいるのだから、、、と思いつつも少しだけ迷って結局、 普段からよく行く蓮水のレストランに行くことに決めた。 蓮水の店はいま2店舗あって、 そのうちの2号店がうちの花屋から歩いていける距離にあるのだ。 「いらっしゃいませ・・ってあれ、お揃いで」 すると見慣れたそのレストランの入り口で、めずらしく蓮水が俺たちを出迎える。 椿といい蓮水といい、今日はなんだか騒がしい日だなと思った。 「あれ、店に出てるなんて珍しいな」 出迎えてくれた蓮水に思わずそう言えば、 長い睫毛を悠長にパサリとしながら 蓮水はまるでどこかの国の王子様かのようにゆったりと笑った。 「たまにはいるさ。 ときどきお客様の顔見なきゃやってらんないの」 俺たちにまでウィンクをしそうな勢いの蓮水は、 基本はお店に出て接客をすることは少ない。 とはいえ忙しい中、それでも人と接するのは好きなのだといって、 ときおり合間を縫って店にも顔を出しているのは知っている。 「いつもの席、どーぞ」 「サンキュ」 「今日ワイン良いの入ってっから持ってくわ」 「マジ?ラッキー」 自然と俺と蓮水が先に歩いて、 椿と夏向(かなた)がその後をついてくるようにして、 いつもの個室への道を歩いていく。 行きがてら、廊下に置いてある小ぶりの花瓶に 携帯で写真を撮っている女の子が見えて、心なしか鼓動がはやくなった。

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