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第12話 桃ちゃん

「こっちのアレンジ、マジで俺でいいのか?」 携帯を返しつつ、俺はずっと聞こうか迷っていたことを蓮水に聞いた。 「なに?自信ないの?」 すると蓮水は目を細めてニヤリと笑う。 「そうじゃねーよ」 ・・などと口ではそう言いつつも、実際は少し自信がないのだった。 今年の1月にオープンしたばかりのこの2号店は、 オープン当初から先月までは、 いま1号店の花のすべてのアレンジをしている もと華道家だった・・・らしい・・・人が花を活けていた。 1号店のオープンの際、はじめてみたその花のアレンジは本当に独創的で、 ぶっちゃけ、かなりショックを受けたのをよく覚えてる。 花屋をやると決めてから、 生け花やフラワーアレンジメントの勉強はけっこうしてきた。 展示会にもいくつも出かけた。 それなりには数多くのアレンジを見てきたと思っている。 けれどもその人の生ける作品たちは、 いままでに類を見ないものばかりだった。 優しくて繊細であり、 強くて大胆でもあり、 そして、儚げで凛々しい・・・ 芯がありつつもそこには柔らかい優しさも漂って、 それは思わず見とれる。 なにより・・・ この花を生けたヒトは、花を好きなんだろうなってことが伝わる、 そういうアレンジばかりだった。 1号店ではどこか趣のある和風テイストの、 そして先月までのこの店のどこかポップなアレンジも、 その雰囲気のギャップも含め、どれも素晴らしかった。 蓮水自身、レストランの成功は料理の味はもちろん、 ・・・蓮水のメディアへの露出ももちろん効果があった・・・ その花のアレンジの評判がずいぶんと高いことを自負していた。 「ん?もしかしてアイツと比較してんの?」 アイツと呼ばれたそのヒトを、実は俺は全く知らない。 俺の知りうる情報は 蓮水から聞いた「元華道家の男」ということ以外は何も知らない。 会ったこともなければ名前すら知らない。 蓮水が言うのには名前を出さないことを条件に、 店のアレンジを引き受けてくれたらしいのだ。 「まぁ、、、多少はな」 今度は本音を伝えた。 いったいどんな人が生けているのか・・・ 気にしたところで無意味だとわかってはいても気にはなる。 経験が浅い自分はほとんど自動的に その人のアレンジを頭に描いてしまって、 自分との差を感じてしまうのだ。 すると携帯をしまいつつ、蓮水はふわりと笑った。 「俺は尊流さんを信用してるよ」 信用などという言葉に少し面食らって、 けれどもそう言ってくれる蓮水に照れながらも救われる。 いい加減、 俺は俺の出来ることをしようとようやく吹っ切った。 隣に座る夏向(かなた)を見る。 さっきまで楽しそうにしていたコイツは、 いまはどこか元気がないように映る。 これだけ長くいればコイツのことは、 すべてではないにしろ、わかってしまう部分もある。 仲間外れにしているつもりはない。 でも結局、椿や蓮水が知っていて自分は知らなかったという現実は、 きっと良い気分ではないだろう。 「夏向(かなた)明日は何時から授業?」 「え?あ~昼からだよ」 「俺も明日は店休みだし。今日は飲もうぜ」 グラスを合わせれば、ようやく夏向(かなた)らしい笑顔を見せた。

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