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第23話 夏向

椿さんと二人の撮影が終わると一旦、 二人ともスタジオの隅っこにある休憩場所に向かう。 そこにはカズが座っていて、 頭の隅っこではそれをわかってはいたものの、 やっぱりなんだか変な感じがした。 「どうだった?」 椿さんは微笑みながらカズに話しかける。 「どうって・・そんなんわからないよ」 返事を返すカズは椿さんを見ないで、 たったいままで飾られていた花たちが スタッフさんたちによって片づけられていくところを見ているみたいだった。 「花が主役じゃないんでしょ」 「まぁね」 「別に・・・いいんじゃない」 「そう?」 カズは珍しく歯切れが悪くて、 そんな姿はあまりみたことがない。 「つぎ、俺ひとりで撮るんだけど、どの花がいいとかあるかな」 すると 「ひとりで撮るの?」 ようやくカズは椿さんを見る。 「そう」 イスに座って髪を整えてもらいながら、椿さんもカズを見る。 「カズくんが俺に選んでくれる花はある?」 二人は一瞬、無言で見つめ合ったあと、 カズはふいっとその場を離れてたくさんの花が入っている段ボールの方へ行く。 そうして、まったく悩むそぶりを見せずに一本の花を持ってきた。 「はい」 どこかぶっきらぼうに、カズは立ったままで 座っている椿さんにその花を差し出す。 「アンタ一人ならこれだけでいい」 その一輪の花を手渡すシーンを、 どうしてだかオレは無言でただ、まるで見守るようにして見つめた。 「へぇ・・・」 そうして、 椿さんがゆっくりとその花を受け取る瞬間、 一瞬、カズと指先が触れ合ったようにも見えた。 「ありがと」 椿さんは満足そうに微笑んで立ち上がると、 手渡されたその一輪の花だけをどこか大切そうに持って カメラマンのいるほうへ歩いて行く。 椿さんの後ろ姿がなんだかとても嬉しそうに見えて、 それがとても不思議だ。 ・・・なんだろう・・・ なんてことない二人のやりとりに、なぜかオレは圧倒されている。 どうしてだか言葉が思いつかなくて、 だから思わず黙ったままで今度はカズを見つめた。 「・・なんだよ」 すると、一瞬だけこちらを睨むみたいにして視線が絡むと、 カズはさっき腰かけてた椅子に再び座った。 「いや・・・なんていうか・・・」 確かにいったい、なんなのだろう。 上手く説明ができない。 なんだかわかんないのだけれど、 自分の胸の奥がざわッとしていることだけがわかっている。 なぜか視線がキョロキョロっとして、落ち着きが無くなっていることに、 自分では気が付けないのだった。 そのまま、椿さんはその一輪の花だけを持って撮影が始まる。 その花は自分はたぶんはじめてみる、真っ黒い、大きな花だった。 細い茎の上にたったひとつ、 何枚も花びらが重なってできたその漆黒の大輪の花の存在は どこか怖いくらいに綺麗で、 けれどもどうしてだか椿さんに良く似合っているような気がした。 その花のどこか妖しい異質な存在感に、 椿さんという存在はまったく引けを取らない。 チラリと隣に目をやれば、そこにはカズがいる。 椿さんの撮影を・・・いや・・・きっと椿さんを・・・ もしかしたら椿さんと花のどちらともを??・・・ 何も言わずに椅子に座ってじっと見ているのだ。 「・・・」 なにか言いたいのだけれど、どうしてだか言葉が出てこない。 いつものスタジオのいつもの撮影が、 自分にとってはどこか、いつもの空気ではなく感じる。 ここから椿さんの表情までは見えない。 見えないけれど、なぜか椿さんが愉しそうに撮影していることだけが、 肌感でわかる。 【あの花、なんていうの?】 そうカズに話しかけようとしてやっぱり言葉を飲み込んだ。 カズの表情もまた、なんていうか・・・どこか愉しそうに見えたから。 自然とカズの視線をたどれば、そこには椿さんがいる。 いったい・・・二人はどんな会話をしてるのだろう・・・と。 無意識に頭ん中にはそんな言葉が浮かんでいた。

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