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第15話 桃ちゃん

レストランの外に出ればそこはもちろん真っ暗で、 すでに日付が変わったその見慣れた景色はどこか久しぶりに見る景色だった。 暗闇ってなんだか寒さがより強く感じるのはなぜだろうか。 隣を向けば椿も寒そうに肩をすくめている。 夏向(かなた)を送り届けてくれた蓮水が戻ってまたしばらく3人で飲んだあと、 蓮水は店に残るというので、俺と椿だけでレストランを後にする。 「なんかワガママごめんね」 歩きながら椿が言うから思わず笑った。 「ぜんぜん。あんなのワガママってことでもねーし」 椿が俺に頼んだことは、 ワガママというより正直「困惑」に近いことだった。 それは 「明後日の俺の店のオープン時間を午後からにずらせないか」 という内容だったからだ。 確かに突然だったし、 花の卸をお願いしているカズには迷惑をかけることになるかもしれないが、 最悪、花だけを受け取るために店に行くことはなんてことはないし、 それはきっとどうとでもなる気がした。 だから二つ返事でOKをすると、椿はふわりと笑って助かると言ったのだった。 俺の店のオープン時間なんて、椿にどんな関係があるのかがまったく繋がらない俺は、 椿がなぜそんなことを言いだしたのか、そっちのほうが気にはなった。 でも俺はそのワケを自分からは聞かなかった。 椿が俺に頼ってくれたのだとしたら、それだけで十分嬉しかったから。 「それより飯代サンキュー」 椿は先ほど明後日のぶんの売上分だと言って、 夏向(かなた)の分も含めて今日の飯代の全てを払ってくれたのだった。 「じゃ。またな」 「ん。またね」 椿が大通りでタクシーに乗り込むところまでを見届けると、 自宅のある方へ歩き出した。 ーーー・・・・ 「間に合った!」 「よぉ。今日はバイト帰りか?」 「うん」 店の外に出していた花たちを店内にしまって テーブルを拭き、今日使った道具たちをそれぞれの場所にしまっている最中に、 息を切らしながら夏向(かなた)がやってきた。 毎日、 既に閉店時間を過ぎていても店のドアのかぎを開けたままにしているその理由は、 こうして夏向(かなた)がやってくるかもしれないと思っているからだった。 俺たちは互いに会うための約束をすることはほとんどないし、 今日の夏向(かなた)の予定だって知らない。 けれどもこの時間になってやってきたということはきっと、 今日はバイトだったのだろうと察しはついたし、 さらには今日もきっとコイツはやってくるだろうという ある意味自分勝手な想いが間違っていなかったことに、 俺は知らず知らずのうちにホッと安堵しているのだった。 うっすらと汗をかく夏向(かなた)を見つめて 奥にある小さな冷蔵庫からペットボトルを取り出して持っていけば 「ありがと」 夏向(かなた)はびっくりするほど夏向(かなた)らしく、 満面の笑みを浮かべてそれを受け取った。

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