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街へのお出掛け
新しいすり鉢、小鍋、耐熱皿。
それから異国の香辛料。
ああ、異国のものを扱う店に行くなら服なんかも見てみようか。輸入品で珍しいものがたまにあるし。
今日の予定を頭に描きつつ、ノアは街への道を歩いていた。
今日、魔女業はお休み。街へ買い出しだ。
一人暮らしのノア。日常生活で必要なもの、食料などにはあまり困っていない。
ミルクやバター、小麦粉なんかは定期的に届けてくれる商人がいるし、肉や魚、野菜を売りに来る行商人も頻繁に立ち寄ってくれるのだ。
庭にささやかではあるが小さな菜園もある。
なのでこうして自ら街へ欲しいものを買いに行くことはよくあることではない。一ヵ月に一、二度程しかないくらいだ。
それだけに街へ行くと色々な店を見たくなってしまうし、ときには新しい鍋を勢いで買ったりしてしまう。
ノアは街で遊ぶことにはあまり興味がなかった。
街には楽しい場所がたくさんあることは知っている。
酒場だのカフェだの、あるいはゲームや賭け事のできる店もある。
商店もたくさん。家具だの食器だの雑貨だの洋服だの……。
小さな街ではあるが人々の生活に必要なものを扱う店は一通り揃っていた。
が、そういうものはノアの興味を引かなかった。
確かに街へ出れば新しい食器を買ったり、ペンを買ったりノートを買ったり、服を買ったり……買い物はする。
疲れればお茶でも一杯飲む。お腹がすけばカフェや料理屋で軽くご飯を食べる。
そのくらいは『遊ぶ』といって良いことはする。
けれど過度に『遊びまわる』ということは好まなかった。
必要なものを手に入れて、普段行く雑貨屋や本屋、服屋などをぐるりとしてから、朝、街に行っても日が暮れる前には帰ってしまうのが常だった。
酒も飲まない。賭け事もルールブックを読んだことはあるものの興味は湧かなかった。
それよりも家で新しい料理のレシピを考えたり試したり、あるいは外でハーブの手入れをしているほうがずっと好きだった。
それに家にいるだけで魔女の仕事、薬やお喋りを求めて毎日のように誰かが訪ねてきてくれるのだからひとに会えなくて寂しいということもない。
残念ながら恋人などはいないのだが、今のところノアはあまり積極的に女性を手に入れたいとは思わなかった。
お客の中には若い女性も多くノアは女性ウケもなかなか良かったのだが。なにしろ見た目が良い若い男性なのだ。何度かはあちらから「お付き合いしてくださいませんか」とすら言われたこともある。
が、やんわりとお断りしてしまった。
気が向かなかった、というだけだが。
別に嫌だというわけではない。交際でもして、結婚して、この家に誰か家族が増える。そうしたらいつかは子供もできて賑やかになるだろう。
想像してみるとそれも良いと思うのだが、そうまでしたいと思える相手には今のところ出会えていない。それだけだ。
よってノアが街へ行くときもまるで健全極まりないお出かけであった。今日もそういうつもりだった。
「こんにちは魔女さん」
「お買い物かい」
そのように顔見知りの街の人たちが話しかけてくれて、ノアはにこやかに挨拶をしながら街を巡っていった。
まずは仕事用具といえる鍋や調理器具、または書き物をするためのペンやインクを買う。
そのあとは輸入品の香辛料を見に行った。
運の良いことに輸入品を扱う店では今日、珍しいものが色々とあった。
そのうちのひとつ、海の向こうの更に山を越えたところの遠い国から仕入れてきたのだと出されたのは塩。
ただし粉ではなく岩のようだった。
それも黒い。ただの石にしか見えなかった。
「海の水を煮詰めて作るんじゃなくて、なんと山から採掘するんだとさ。面白いだろう」
通い詰めているので友人と言えるほど仲のいい店主は意気揚々と言った。
「ちょっと舐めてみなよ」
おろし金で削って手のひらに出され、舐めると確かにしょっぱい。
しょっぱい、塩の味。
だがなにか妙な香りがした。好き嫌いは分かれるだろう。ツンと鼻につく香りだ。
「このにおいは『硫黄』とかいうそうだよ。硫黄以外にも栄養豊富なんだと」
「へぇ。どんな栄養や効果があるんだ?」
聞いたが店主は頭を掻いた。
「レアものすぎて詳しいことはわかんねぇや。ただ、昔の地層から掘り起こすもんだから、大地の栄養がたっぷり詰まってるし美味いんだと。ちょっと変わったにおいはするがね」
「雑だなぁ」
ノアは笑ってしまった。
しかし栄養に関してはノアのほうがきっと詳しいだろう。
溶かしてみたり、あるいはもう一度煮詰めるなどしてみたら、手持ちの薬の材料のどれかに似た要素があるのかわかるかもしれない。
よってノアはその変わった岩の塩を買うことにした。次にいつ手に入るかわからないので大きなかたまりを。
おろし金は家にある。それで削れるだろう。
とりあえず金槌で大まかに砕いてから。袋に入れて叩くべきだな、飛び散りそうだ。
思いながらノアはそのかたまりと、ほかにも幾つか買った香辛料などを抱えて店を出た。
さて次は服でも見ようか。
あ、いや、その前にお茶でも一杯飲もうか。少し歩き疲れたし休んでからにしよう。
思ったノアはカフェへ足を向けた。
そのとき通りかかった路地。
通り過ぎようとしてなんだか違和感を覚えた。
誰かいるのか。
もしくは猫かなにかでもいるのか。
なにかの気配がする。
覗き込んでノアは顔をしかめた。
暗い路地。樽や箱がたくさん積んである。
気のせいか、と思ったのだが妙な感覚は強くなった。
「誰か、いるのか……?」
ノアが声をかけると空気がゆらりと揺れるのが伝わってきた。
なにかがいるのだ。気配からするに多分猫などの動物ではないと思うが。
犬だったら嫌だな。
声を出してしまってからそれに思い至ってひやりとしたがどうも犬ではなさそうだ。
路地裏に足を踏み入れてすぐにノアは知る。
野菜を入れていたであろう大きな箱の裏側に血を流した腕を押さえた男がうずくまっていた。
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