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戻っていく日常
一週間と少しが経った。
大工が仕事を急いでくれたおかげで窓と玄関はすっかり元通りになった。それどころか前より立派になったくらいだ。
この家は祖母の代からのもの。ノアが定期的に手入れをしているもののあちこち傷んでいるところもある。
大工はついでに家の中も見てくれた。そして幾つか「ここは直したほうがいいだろう」などと助言までくれた。
「では金が貯まったらお願いするよ」とノアは答えた。窓と玄関の修繕費が割合かかってしまったのだ。
食べるには困らないくらいの金はまだあるが家の修繕に使う余裕はない。
大工は「なるべく安くするから、また声かけてくれな」と帰っていったものだ。
部屋が元通り使える状態になったことでノアは日常に戻っていった。
街からのお客も迎えられるようになった。
皆「こないだは大変なことが起こったんだって?」と心配してくれた。
「これ、良かったら食ってくれ」
そんなふうに野菜や肉などを差し入れてくれるひとも多かった。優しいひとたちなのだ。
それは普段からのノアの仕事が優しく丁寧なためもあったのだが。
ただ、謙虚なノアは感謝するばかりだった。
家の、部屋の修繕のためにしばらくノアは薬作りに精を出していた。お客を迎えられないならばその下準備をしておくほうがいい。
主に保存の効く薬や良く使う薬を何種類も作る。
熱さましだの切り傷に塗る薬だの、多岐に及ぶので案外時間がかかってしまった。
満足いく量は作れなかったが、それはいつも通りに日常の中の空き時間で作ればいい。
そのように家の中のことも仕事も平常運転に戻り、思うようになったのはコリンのことだった。
あのような別れ方になってしまって心にずっと引っかかっていた。感謝と謝罪をしなければいけない。
けれど毎回コリンのほうから訪ねて……いや、押しかけて、というほうが正しいかもしれないが……とにかく、来訪してくれていたのだから、ノアからコリンを訪ねることは難しいのだった。どこに住んでいるのかもはっきり知らないくらい。
森の奥、狼男の集落に住んでいるとは言っていたものの人間に近い存在であるノアがあまり森の奥まで踏み入ることは危険だった。
またジェームスのように良からぬ思いを抱く輩や、もしくは凶暴な獣だって住んでいるかもしれない。そのようなところへ一人で行こうなど。
かといって街のひとたちを巻き込むこともできなかった。
なにしろ少年とはいえ狼男なのだ。
人間にとっては畏怖の対象。
コリンがいくら無邪気で人間に対して好意的な性格であろうとも。
だからこそノアは「狼男に助けてもらった」などと言えなかったのであるし。
言えばコリンがあらぬ誤解を受けてしまうかもしれないのだ。
最悪、追い払われてしまうかもしれない。それは耐え難かった。
自分を助けてくれたコリン。
コリンが助けてくれなければ自分はまんまと暴漢の餌食になっていたことだろう。
そんなことになれば、あの日のあとただ怯えるだけではなく、身も心も激しく傷ついたはず。そこから救ってくれたのだ。
最早、狼男に対する恐怖は消え失せていた。
コリンに限って、ではあるが。
もう感謝しかないどころか会っても怖くなどないと思う。
たとえあのとき、狼男の本性を剥き出しにしたのを目にしても。
確かにあのときは恐怖を覚えた。
昔、犬に襲われたときのことを思い出してしまったほかにも、人間を襲うところを目の当たりにしたことで。
が、コリンは好きでそんなことをしたのではないのだし、普段は無邪気で優しい子であることをよく知っている。
それに自分に対して親しい気持ちがあるからこそずっと訪ねてくれていたことも理解した。
事件が起こって理解するなど、皮肉なことだが。
だからこそきちんとお礼を言い、またあのとき拒絶したことを謝りたい。
ノアのその気持ちを悟ったかのようにその本人が顔を見せてくれたのは、もう夏も終わろうとしている頃のことだった。
季節はそろそろ秋へ移ろうとしていた。
まだ暑さは残っているが、涼しい日も増えてきた。
ノアはお客を送り出して、ふぅと息をついたところだった。
今日は仕事の際に打ち身を作ってしまったというひとに湿布を渡していた。
お礼には野菜をもらった。にんじん、玉ねぎ、じゃがいもといったポピュラーな野菜。新鮮で美味しそうだった。
今夜はこれでスープでも作ろうか。
思いながら、ノアが玄関から家に入ろうとしたところだった。
「……ノア」
声がかかった。
それは聞き慣れていたが、長いこと聞いていなかった声。
まだ無邪気さの残る、少年の声。
……コリン、だった。
ノアはしばらくぼうっとしてしまう。
あちらから来てくれるなど。
あのとき自分はあんな反応をしたというのに。
コリンは気まずそうな顔をしていた。
「……コリン」
ノアはぼうっとしつつも名前を呼んだ。
そして気付く。彼を名前で呼ぶのは初めてであるということに。
「あの、……謝りに来たんだ」
言われたことにノアはもっとぽかんとしてしまう。
謝るべきは自分なのに、何故。
しかしこんなところで済ませる話ではないのはわかった。
「えっと……とりあえず、入るか?」
「入っていいの?」
コリンを家に中に招くのも初めてだった。
当然、コリンは目を丸くする。
が、きちんと礼と謝罪をするにはこんな場所はふさわしくない。
「勿論だ。……さぁ」
促すとコリンはしばらくもじもじとしていたが「じゃ、じゃあ……」とドアを抜けて中へ入った。
ノアも家の中に入る。
こっちだ、と客用の部屋へ案内した。
そこで気付く。
コリンがなにか、葉のようなもので包んだ荷物を手にしていることに。
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