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オオカミ少年と恋

 夜も更けた。  パイ包みを作り、出来上がったそれを一緒に食べてコリンは帰っていった。  「またきていい?」なんて、最早今更であることを律儀に言って。  今度、ノアは心から言った。  「ああ。またきてくれ」と。  それにコリンは満面の笑みを浮かべて、「うん! また遊びに来る!」と言って「おやすみ!」と以前と同じように、風のような素早さで森の奥へ駆けていってすぐに見えなくなった。  ノアはため息をついた。  しかしそれは今までのものとはまったく違った。満足のため息。  あれからキッチンへ移動してウサギ肉のパイ包みを作った。  コリンはやはり「オレたちの料理の仕方とは全然違うや」と、ノアが料理をする様子を興味深げに見入っていた。  見られながら料理をするのはくすぐったかったが、心地良くもあった。  そばに誰かが居ること。  それがすっかり気持ちを許せる存在になったコリンであること。  その両方が。  完成したパイ包みをまだあつあつのまま二人で食べた。  ノアはそれを普段より何倍も美味しく感じてしまった。  誰かと食事を共にするとき、つまりお客と食事をするときと同じようだがなにか違うと思ってしまうくらいに。  コリンはフォークを手にして、パイ包みを口いっぱいに頬張り、「美味しいっ!」と満面の笑みで言ってくれた。  フォークは使えるようだ。  ついでにスプーンも使えると言っていた。「オレたちの使ってるのは、木でできてるけどね」と言ってはいたが。  なんだ、本当に人間とそう変わらないじゃないか、とノアは思う。文化なんかは少し違うらしいが。  食事のあとにはもう一杯お茶を飲んでコリンは「そろそろ帰るね」と言って帰っていったのだ。  ノアはキッチンで皿やなんかを片付けたあと、風呂にゆっくり浸かることにした。真夏に比べればずいぶん冷えるようになっていたのだ。  シャワーで体を洗ってから湯に浸かる。  心地良さに、ふぅっと息をついた。  あたたかくて気持ちがいい。心もほどけていく。  その中でノアはぼんやり考えた。  勿論、今日訪ねてきてくれたコリンと、そのやりとりについてだ。  謝ったりお礼を言ったりと忙しいやりとりであったが、その中でも。  アイツ、オレのこと好きだとか言った。  それが一番大きなことだった。  おまけにその『好き』という言葉の意味は。  あれは子供が大人に甘えるようなやつじゃなくて、恋だろう。  少なくともノアはそのように判断した。  それはコリンより長く生きているがゆえの経験からの実感でもある。  自分でも『誰かを想う』という経験があるので、そのとき抱いた気持ちと同じものだと感じたのだ。  しかしコリンはそれをまだ自覚してないという可能性が高かった。  単に『いい友達ができた』とか、そのくらいに思っているのかもしれない。まったく無邪気なことに。  そんなはずないじゃないか。  窓を破って飛び込んで、暴漢に食いつくくらいなのに。  おまけにそれを『怖がらせて、悪いことをした』なんて律儀に謝りに来るくらいなのに。  それはオレに嫌われたくないからだろう。  そのくらいオレのことを想ってくれているのに。  実感したノアのほうが恥ずかしくなってしまった。  ぶくぶくと口元まで湯に潜る。湯のせいではなく茹りそうだ。  そういえば、と、最近また別のところで『好き』という感情についてやりとりしたことを思い出した。  本当は思い出したくもない。  それは自分を襲ってきたジェームスからの言葉だったから。  あれは単なる口実だったのだろう。  少なくとも正当な手段を踏むつもりなどまったくなかっただろうから、好意があろうとなかろうと良くないものに変わりはない。  ジェームスからのそれは嫌悪感しかなかった。  嬉しいはずがないだろう。  『好きなやつがいる』なんて言葉がたとえ自分を指していたって。  けれどコリンのものはまったく違っていた。  嫌悪などとんでもない。嬉しすぎる気持ちだ。  それはコリンが自分の気持ちや理由にすら気付いていないほど純粋だから、だけではない。  自分も多少なりとも彼に好意を抱くようになってしまっていたから。  その『好意』がどういう種類なのかはいまいちわからなかったが。  なにしろ男を好きになったことがないのだ。  あたたかくてやわらかな気持ちであるが、女性を想うのとはどうにも違う。  なんだ、オレもコリンとそう変わらないんじゃないか。  いいとしをして。大人なのに。  ちょっと自嘲してノアはひとつのことを決めた。  コリンに、彼の抱いている気持ちにどんな名前がついているのかということは言わないでおこうと。  少なくとも、今は。  自分で気付いたほうがいいことだろう。  それに強制するようになってしまうかもしれない。  それは嫌だ。  と思ってしまい、またノアは羞恥を覚えてしまう。  自分がこんな感情を抱くようになったことが信じられなかった。  おまけにそれが嫌ではないなど。  ……風呂をあがって、寝るか。  思考も切り上げることにしてノアは、ざばっと湯から立ち上がった。  風呂の湯を抜いて、掃除は明日することにしてそのまま風呂場を出る。  体を拭いて、寝支度をして、ベッドへ入る。  風呂で体があたたまったからだけではないだろう。  今日はなんだか体だけではなく心だけでもなく、なんだか身のすべてがぽかぽかとしているように感じられた。

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