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オレンジ色の上着
「ありがとう! すっごいあったかい!」
完成した上着を着たコリンは鏡の前でくるりと回った。
コリンの茶色い髪に良く合うようなオレンジ色の上着だ。ニットも使っているためにとてもあたたかいはず。
「似合うじゃないか」
コリンが喜んでくれたことで、ノアも嬉しくなってしまう。目を細めてその様子を見る。
サラが訪ねてきてから数日して、縫いかけだった上着は完成した。
ちょうど人間の来客が少なかったこともある。
ソファでニットを編んだり生地を縫ったりしながら、ノアはコリンのことばかりを考えていた。
無邪気で明るくて、優しいオオカミ少年。
しかし仲の良い付き合いがはじまってもう数ヵ月するというのに、未だにコリンは自分の気持ちを自覚していないようである。
単純に遊びにきて、ご飯などを食べて、好きなように遊んでいって、帰る。まるで子供が懐いている大人の家に来ているだけの状態であった。
そのくせことあるごとに言うのだ。
「オレ、ノアのこと大好き!」と。
なんの裏表もない声と表情で。
それはノアにとって困りものである。
別に気持ちが迷惑なわけではない。
むしろ嬉しいことだ。
誰かに好かれるということは。
ただし迷惑に思わないということは、自分にとって困ることではないか、とは思うのだが。
つまりまんざらでもないのだ。好意を向けられて。
男に……少年の域を脱していないとはいえ、立派に男だ……好意を向けられて、気持ちの悪いと思う者はいるはずだ。そしてノアはどちらかというとそういう趣味はなかったはずである。
が、直面してみれば誰かに「好き!」と言われることはとても嬉しいことであった。
つまり有り体に言えば、素直に愛情表現をしてくるコリンに、あのときよりもずっと、ほだされつつあったのである。
ただ、コリンに「お前のその『好き』は、愛情なんだ。恋なんだ」と言うつもりは、やはりなかったし、逆に自分からコリンのことをどう思っている云々も言うつもりもなかった。
コリンがそういう気持ちにならなければ、自分から……という気持ちはない。
今のところは。だが。
ただし実体験としてはノアも知っていた。
この気持ちがもっと大きくなれば、相手のことを欲しいと思うようになるのだと。
過去に恋をしたときはいつもそうだった。
はじめは会話をしたり一緒に過ごせたりするだけで嬉しいもの。
だがヒトとしての欲はだんだん出てくるものであり、それだけでは足りなくなっていくのだ。
そういう、『足りない』という状態になってしまうときのことが、今のノアは少し怖かった。
欲しいと思いたくない。
この純粋なコリンに対して、そんな思いを持ちたくない。
自覚するよう強要したくない。
そんな気持ちで。
だから出来るだけこのままでいたいとノアは望んでいた。
コリンが訪ねてきてくれて、楽しそうに過ごしてくれることを純粋に喜べる、このままで。
「ねぇノア! 今度一緒に出掛けない?」
鏡をまじまじと見ていたところから、ぱっと振り向いてコリンは言った。
ノアはきょとんとしてしまう。
出掛ける?
そういえば、毎回コリンがこの家に訪ねてくるばかりでノアから出向いたことはなかったし、そして今、誘われたように一緒に連れ立ってどこぞへ行くことも無かった。
まぁ、オオカミ少年であるコリンと共に街中へいくことはできないので当たり前のことであったのかもしれないが。
「出掛けるって、どこへ」
「え、……そうだなぁ、どこがいいかな」
「おい、目的地もなく誘ったのか」
考えだしたコリンにノアは苦笑してしまう。
出掛けよう、なんていうものだから目的地があるのだと思ったのだ。
「だって、この上着があったかいから一緒に出掛けられたらなって思ったんだよ。……あっ。じゃあ、あそこにしよう」
考えていたのはほんの数秒のこと。コリンは、ぽんと手を打った。
「街がすごく綺麗に見える、高台があるんだ。ここからも多分歩いていけると思うし……夕方とか、すっごい綺麗なんだよ」
目がきらきら輝くコリンであったが、ノアはもう一度苦笑する。
「お前の『歩いていける』基準じゃあるまいな?」
人間に近い足であるノアはとても、狼男であるコリンのように速足で駆けたりはできない。
なので言ったのだが、コリンは「大丈夫大丈夫」と言う。
「ゆっくり行っても大丈夫だよ。そんなに森の奥じゃないしさ」
「本当か? まぁ……それなら行ってもいいか」
そのような経緯で決まった『お出掛け』。誰かと連れ立って出掛けるなど、久しぶりのことであった。
街中で偶然会った知人とカフェに入ったり食事をしたりすることはあっても、連れ立ってどこかへ、ということは。
まさか自分がオオカミ少年と一緒にお出掛けなどしようということは、以前のノアからしたら想像もできなかったが、もう臆することもない。
それどころか森の奥へ行くことだってためらわなかった。
コリンが一緒なら安心だろう。
そのくらい強い好意と信頼が生まれていた。
『お出掛け』をしたのは、秋も深まり冬も近付いてきていたある日のことだった。
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