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一夜が明けて

「あったかい。美味しい」  翌朝の朝食は焼き立てのドリアだった。  ねかせておいたシチューにチーズをかけて、オーブンで焼いただけのあまり手のかかっていないものだが、味には自信があった。  流石に昨日のことで消耗して、またおなかもすいたのだろう。  コリンは嬉しそうに言いながら若い故の食欲でぱくぱくと食べていく。 「それなら良かった」  ノアは片肘をついてその様子を眺めていた。 「ノアは食べないの?」 「ん……なんだか胸がいっぱいでな」  こんなことをするりと言えてしまう自分が不思議だしなんだか恥ずかしい。  けれど本当の気持ちだ。  コリンがこんなに嬉しそうに自分の作った料理を食べてくれること。  嬉しくてならなかった。  こんな些細なことから幸せを感じられる。  それはきっと、関係が大きく進んだことを示しているのだろう。 「……ノア、なんかいきなり恥ずかしいこと言うようになった……」  スプーンを口に咥えたまま言うコリンのほうがむしろくすぐったそうな声で言う。それでもノアは笑ってしまう。 「なんか、すっきりしてな」 「……そう。まぁそれは……オレもだけど」  いつの間にかドリアはなくなってしまった。ぺろりと平らげてしまったらしい。  そんなコリンにお茶を淹れてやる。  プレーンな紅茶。  コリンは砂糖だけ入れるのが好きなようだ。白砂糖の入ったポットを一緒においてやるとスプーンですくってさらさらと入れ、かき混ぜた。  こういう人間に近い暮らしにもずいぶん慣れた、と思わされる仕草。  こくりと紅茶をひとくち飲んでコリンはほうっと息をつく。  そしてマグカップを手で包んだ。あたたかいお茶を淹れたマグカップはあたたかいだろう。 「オレね、自分がおかしくなるって、すごい不安だったんだ」  それはそうだろう、とノアは思った。  あれほど不安定な様子で二度も訪ねてきたのだ。  今となっては、その頼りにしてくれる相手に自分を選んでくれたことが嬉しくてならないが。 「周りの大人は教えてくれなかったのか?」  こういうことは同種族の大人が教えてくれるのではないかと思っていた。  が、コリンは違ったらしいのだ。 「ん……今思えば、あのときオトナはああいう状況だったんだろうなって思うんだけど。特には……」 「……そうか」  別に意地悪ではなかったのだろう。  周りの大人たちは身内なのだと聞いていた。だからこそかもしれない。  コリンがまだまだ子供だと思って、話したりしなかったという可能性も考えられた。 「だから。ノアが居てくれてほんとに良かったんだ」  マグカップから視線を上げたコリンは言ったが、すぐに慌てたような顔になった。 「あっ、そ、そうじゃないよ! ああいうことができたのが良かったとかそれだけじゃなくて。なんというか」  言い方が必死であったので、ノアはちょっと笑ってしまう。 「わかっているさ。お前の力になれたのなら嬉しいなと思って」 「そ、そう。……ありがと」  コリンはまた『居心地が悪い』という様子でマグカップに視線を戻してしまう。  今のその様子は、昨夜見せた狼男の顔とは少し違う。  子供の様子がまだ混じっていた。  微妙な年ごろだ。  体は大人。心も大人の様子を見せることもある。  が、まだ無邪気で成熟しきらない子供らしい部分も、心の中には確かにあるのだ。  そしてノアにとってはそこがかわいらしいと思うところであり、魅力なのであった。  本当に、このひとに惹かれている。  ノアは心から実感してしまった。 「ごちそうさま。あの、このお皿、洗うの」 「ああ、大丈夫だ。オレが」  食べ終わった食器を洗うという概念はあるらしい。当然かもしれないが。  けれど人間のするようなやり方には慣れていないだろう。  よってノアはそう言ったのだが、コリンに「オレがやるよ」と言われてしまった。 「ご馳走になったんだから、洗うくらいしないと」 「律儀だな……」  言ったノアだったが、どうやらコリンの意図とは少し違っていたらしい。 「……覚えておいたほうが、きっと将来いいかなって思うから」  その意味はノアにはわからなかった。  しかし疑問に覚える前にコリンが流しへ行ってしまう。  疑問は一旦置いておくことにして、ノアはコリンに洗い方を教えていく。  初めて皿を洗うのだ。  慎重にしていただろうが、皿は石鹸で滑ってつるりとコリンの手から逃げてしまって、床に落ちて粉々になってしまった。  コリンがそれを見てしょげ返ってしまったのは言うまでもない。

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