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恋の話は従兄妹と
「今日は不時着しなかったじゃないか」
例によって彼女の好きなチャイを出しながら、ノアはからかうようなことを言った。
今日の来客、サラは当たり前のように膨れる。
「だからぁ、あのときは失敗しただけだって言ったでしょ!」
「ははは、悪い悪い」
身内であるうえに、サラのことは妹のように思っているのでついつい弄ってしまう。
「はーっ、もう外は暑いわ。でもこのおうちは涼しいわね」
サラの服ももう半袖になっている。
魔女であるサラは黒いワンピースをよく着ているのだが、それも半袖になっていた。今日のものはパフスリーブに、レースがあしらわれたかわいらしめのものだ。
「ああ。木陰にあるからな。そう気温も上がらないんだ」
ホットのチャイも美味しく感じるほどには涼しい。サラはお気に入りのチャイで一息ついてくれる。
「叔母さんやソラたちは元気か」
叔母やサラの弟について尋ねると、サラは元気よく話しはじめた。
「ええ、元気よ! 最近はソラもね、魔法がめっきり上手くなってね……そこだけは私より上手いものだから妬いちゃうわ」
サラは勢いよく話しはじめる。
母のこと、父のこと、そしてソラのこと。
年月が経って、それぞれ年齢も一周していた。
サラはもう十八になった。
そろそろ魔女として独立を考えないとなのよね、とちょっと憂鬱そうである。
ノアとしては、からかう割には彼女の腕を信頼していたけれど。
彼女ならばひとに信頼される立派な魔女になれるだろう。
「ノアはおばあちゃんの家を継いだからいいけれど、私は家を出ないといけないかもしれないの。お母さんも『おばあちゃんになっても魔女業は廃業しないわ』って言ってるから」
ふとサラが言った。
「お母さんと一緒に魔女をしてもいいけどね。気楽だし」
確かにまだ年若いサラにとっては、一緒に働ける相手がいるのは良いことだろう。母親が一緒であれば安心であるし、より腕を磨くことができる。
だが『一人立ち』。
そのことはノアの心にちょっと引っかかった。
けれど理由はわからなかった。
どうして自分がそのことを気にしてしまったのか。
それにノアが気付くのは、もう少しあとのことになってしまったけれど。
「そういえば……ノアは家族が増えたりする予定は無いのかしら」
訊かれたことの意味がすぐにはわからなかった。
家族が増える?
祖母を亡くして、サラという従兄妹一家以外とはもう血縁もない自分に。
しかしすぐに思い知った。
「彼女とかはいないの? ノア、前から女のひとに気にされてるって言われてたじゃない」
サラは単刀直入に訊いてくる。
そういうところはきっぱりしているのだ。
「ああ……まぁ、うん。恋人はいるんだが」
ノアは正直に答えた。
もうコリンと交際して長いといえる。
そろそろ話してもいいだろう。
それが男相手であり、また狼男であるということについてはなかなか話しにくかったのでここまで話さずに来てしまったのだが。
「そうなの! 嫌だ、なんで今まで話してくれなかったの。どんなひと?」
年頃の女の子らしく、サラの目は輝いた。
身を乗り出して訊いてくる。
そうくるとは思ったけれど、とノアは苦笑してしまう。
「実は……女のひとじゃなくて男で……」
「あら」
とりあえずそこから切り出した。サラはきょとんとする。
が、数秒で「そうなの」と言ってくれた。
「でもそのひとが大切なひとなのね」
その程度で済ませてくれた。
そして改めて「どんなひとなの?」と訊かれるのでノアは答えた。
自分より少し年下なこと。
しかし大人で精悍な姿をしていること。
性格は優しくて真面目なのに奔放なところがある。
その中でもちょっと無邪気なところがかわいいのだと。
サラは時折質問などを交えながら楽しそうに聞いてくれた。
ノアも嬉しくなってしまう。大切なひとのことを受け入れてもらえるのは嬉しい。
ただ、コリンが狼男であることは言わなかった。
多分、性別よりその点が問題にとらえられると思ったのだ。
この点についてはまた改めて話さないといけないな、とノアは思う。
引け目はないが、コリンがなにかしら誤解はされたくないなと思う。
「ノアは幸せだったのね。安心したわ」
話がひと段落してサラはそう言ってくれて、ノアはなんだか惚気ることを言ってしまった、と恥ずかしくなった。
事実、そのとおりではあるのだが。
「サラはどうなんだ」
よって訊き返す。
あちらから訊いてきたのだ。
ノアとてこちらから訊いてもいいだろう。
「んー……うまくいかないのよね。気になるひとはちょっと前までいたの。でも彼女がいるところを見ちゃった」
言われたことはあまり明るくなかったので、ノアは彼女を痛ましく思った。
若いうちには失恋経験も多く味わうものだと知ってはいても。
そして自分だけ幸せな話をしてしまったことをちょっと後悔する。
あちらから訊かれたとはいえ。
「そうか……それは、……悲しかったな」
「ええ、本当にね!」
だがサラはちょっと語調を強めて言った。
そういうところも強い女性なのだ。
「私、魅力ないのかしら」
それでもサラはちょっとしょぼんとしてしまう。
「そんなはずがあるか。オレ自慢の従兄妹なんだぞ。見た目だって女の子としてかわいいし、魔女としても優秀だろう」
褒めた言葉は当たり前のように本心だった。
「まぁちょっとドジではあるが」
最後は茶化した。それにはやはり「ひっどい!」という膨れっ面が返ってくる。
「オレだって、実は恋人ができたのはまだ割合最近なんだ。まだ一年も経っていない。それまでは独り身だったし急ぐことはないと思うぞ」
フォローではあるが本当のことを言いながら思い知った。
そうだ、コリンとの付き合いはもう一年以上にはなるが、恋人という関係になってからはまだせいぜい半年と少しなのである。別に時間が比例するものではないと思ってはいても。
「そう言ってもらえるとちょっと安心するかも」
サラは笑ってくれた。
まだまだ急ぐことは無いのだと知ってほしい。
そして本当に愛し、愛されるひとと一緒になってほしい。
ノアは心からそう願う。
愛する従兄妹として。
彼女ならそれが叶うだろうと思っていたし。
これだけ魅力的な女の子であれば、機会と縁さえあれば、きっとうまくいく。
「ああ、そういえばこのあいだ従姉妹のお姉ちゃんが婚約したのよ」
そこからは少し話が逸れた。
恋愛の話から連想したのだろう。ノアとは逆の父方の従姉妹について話してくれる。
式は一年以内にあげる予定であるとか、ノアと同じくらいの年頃であるのでなんだか親近感を感じたとか。
ウエディングドレスへの憧れを語るこの従兄妹がいつか幸せになることをノアは強く祈った。
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