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あなたに続く道しるべ

「今日も魔女さん居ないね」 「そうだねぇ。珍しい」  魔女の家は数日誰もいなかった。  人間のお客が訪ねてきては、玄関に鍵がかかっていることを確認してからそんな会話をして帰っていった。  出来る限り留守の時間を作りたくないと外出も最小限にしていたノア。これほど長々、家を空けることは今までになかった。  玄関は鍵で閉ざされ、窓にはカーテン。  普段穏やかな笑みを浮かべてキッチンでシチューや薬を煮て、この家を良い香りで満たしているノアは居ない。そんな寂しい様子の魔女の家。  日が沈んでから誰もいないそこへやってきて、閉ざされた窓を見上げていたひとがいたこと。  勿論ノアは知ることもない。  ふっとそのひとが、新月の闇に消えるように居なくなってしまったことも。  酷使しすぎたローブは裾がほつれて破れて、ぼろついていた。あちこち引っかけたり土がこすれたりすれば当然である。  しかしそんなローブをしっかり肩から掴んでノアは行く。  歩きすぎて、はぁ、はぁと息が上がっていた。  道が悪いのも手伝っている。ごつごつ岩が張り出していて、人間の足を持つノアには非常につらいみちのり。  ここ数日でもうどれだけ歩いたかもしれなかった。  健脚であるほうだという自覚はあるが、そろそろ体力が尽きそうである。  あの夜ノアが向かったのは遠くの街。  普段向かう一番近い町ではなくもう少し先の街。  前回は冬に馬車で訪ねていった、サラの……ノアの従兄妹一家のいる街である。  夜通し歩いて昼近くになってようやくたどり着いた。  唐突に、おまけに夜を明かして歩いてきたのだと言ったノアを、サラや叔母は大変驚いた様子で迎えてくれた。 「急にすみません」 「大事な話があります」  ノアは言ったのだが、叔母は「駄目だよ、少しお休み」と無理やりノアを風呂へ押しやり、またベッドに押し込んでしまった。  ノアとしてはすぐにでも話をしたかったのだが、落ち着いてからのほうが良いと思えたし、また実際に疲れ切っていたこともある。  身を清めたあとは夕方まで眠り込んでしまった。  睡眠をとり、夕食を振舞われてようやくノアは叔母とサラと三人で話をした。  『大事な話』を。  ここしばらく考えていたことだ。  サラは目を丸くして絶句したが、叔母は「急だが、私らにとっても良い話でもあるね」と言ってくれた。  そして「夫にも相談して決めよう」と言ってくれ、ちょうど外へ出ていたノアにとっての叔父を待つこと、約一日。  その間にもう一度サラと話をした。  この『大事な話』に一番絡んでくるのはサラという存在であったためだ。 「すまない、本当ならもう少しじっくり決めていくことだった」  ノアは言った。  薄々考えていたとはいえ、こんなに急に切り出すつもりはなかったのだ。  でもサラは「いいえ。本当に、お母さんの言うように、私にとってもいいお話だわ」と言ってくれた。  それでも「嬉しいけれど、寂しいわ」と言い、気丈な彼女にしては珍しく涙を浮かべてノアにしがみついてきた。 「行ったっきりにならないでね。約束よ」  結果的に三日近くサラの家で過ごしただろうか。  流石に帰りは馬車を使ったが、サラの家から最寄りの街へ、そこから家へ帰ってきて一眠りして、ノアはまたすぐに家を出た。  今度こそ目的地を目指すために。  こちらのほうが本当の『目的地』。  今まで行っていた場所は前準備の場所でしかないのだ。  ローブをぼろぼろにして、草木をかき分けて、向かう先。  それはコリンの過ごしているといった、狼男のコミュニティ。  森の奥にあるとしか聞いておらず、具体的な場所は知らなかった。  ただ相当森の奥深くで、遠いということしか。  コリンは『狼男の足で一時間はかからない』と言っていた。  それはつまり、ヒトの足であればその何倍もの時間がかかるということだ。  おまけにどちらにいったものかだってわかりやしない。標識も案内人も無いのだ。  だがまるで手掛かりがないわけではない。  何故ならコリンが通った道なのだ。  ノアを訪ねてくれるために、何回も何回も、もうおそらく、何百回も通った道なのだ。  よく見れば、僅かにではあるが草が踏み分けられて微かな獣道ができていた。  途切れそうなそれをじっくり見つめて、見出そうとして、ノアはゆっくりゆっくり進んでいった。  家から離れるにつれて、草が倒れる様子も石などが除けられている様子も薄くなっていったが、ノアは必死で僅かな手がかりも逃すまいと見つめ、見つめ、進む。  一時間などはあっという間に過ぎた。  それどころか日が昇り切って半日経っても森は尽きない。  歩みも遅すぎるのだ。足元の草の様子を見つつなので当たり前である。  歩きながら、コリンと以前『お出掛け』をしたことを思い出した。  夕暮れの空を見たこと。  コリンが手を引いてくれたこと。  一緒にサンドイッチを食べたこと。  そして、初めてキスをしたこと。  たくさんのあたたかな思い出のある、森の道。  進む先が彼に繋がっていればいいと思う。  根拠などないがノアには妙な自信があった。  予感、といってもいいかもしれない。  一筋縄ではいかなくともきっと辿り着けるだろうと。  この森で生まれ、育ち、そしてひとつになった気持ちだ。  細い糸をたぐるようにしていけば、きっと彼に会える。  今度はすれ違ったりしない。  だって、自分はちゃんと決意と答えを持ってきたのだから。

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