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第3話
ぼんやりとソファに寝転がった。
今日は休日。最近学校生活が忙しなかったせいか、休日がこんなに静かなのがとても嬉しくなる。
リビングの窓を開ければ、白いレースカーテンが揺れ、外の音が心地よいBGMのように聴こえる。
兄の涼雅はバイトに行き、妹の杏は友達とショッピングに出かけたらしい。
つまり今は自分一人の空間である。
「っはぁ~! しあわせー! 」
ぐいーっと背を伸ばして、ゴロゴロした。
やることがなくて若干暇ではあるが、……そうだ寝よう!
このまま心地よい空気に身を任せ、目を瞑る。
あー……この眠る前の体が動かない感じ……最高にリラックスだわぁ……
すぅっと意識が遠のいていきかけたその時、タイミングが良いのか悪いのか、ピンポーンと家のチャイムが高らかに鳴った。
誰だよ……杏がまたネットでなんか買ったのか?
でも今は出たくない、このまま寝たいんだ……。
最低だと自覚してはいるが、居留守を使わせて頂こうと思い再び目を瞑った時、またチャイムが鳴らされた。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
……ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピ……
「うるっせぇ!!! 」
どんだけ連打すんだ!! チャイム壊れるっつーの!!
真宏が苛立ちを隠すことなく音を立てて玄関のドアを開けると、「わっ、いるじゃん」「吃驚したぁ」などとわちゃわちゃ声が聞こえた。
「え、せんぱ……ってかなんでそんな勢ぞろいで……」
玄関を開けた先にいたのは、久我、ハゼ、マオ、さらには宇佐美という異色のメンツ。
真宏はなんの集まりだよ……と驚き戸惑いつつも、ハゼを見る。
「なに? 何の集会? 」
若干玄関の扉を閉めつつ対応すると、ハゼが持ち前の馬鹿力でドアをこじ開け「入れて? 」とにっこり笑って言った。
「……はぁい……」
可愛い顔してるくせに、可愛らしさとは程遠く凄みまれ恐れた真宏は体を避け皆を招き入れることにした。
各々、お邪魔しまーすと口々に言いながら、入ってゆく。
いちばん最後に宇佐美が入ってきた。
宇佐美はちらりと真宏を見ると、ニヤリと笑って頭にポンっと手を置いて言った。
「……背、縮んだんとちゃう? 」
「っはあ!? 」
こいつ!! 久々に顔見せたと思ったら!!!
馬鹿にされた苛立ちに反論してやろうと口を開けたとき、ハゼが「はいはいそこまで~」と間に入ってくる。
「先輩は真宏にちょっかい出さないの~。真宏もすぐ吠えない! ステイ! 」
「俺は犬じゃない!! 」
真宏はまだ吠えたりなかったが、ハゼに「はいはい」と窘められ渋々口を閉じた。
そのまま何故か当たり前のようにリビングに全員集合していたので、真宏は仕方なく全員分の飲み物を用意して皆の元へ行く。
「はい飲み物です。お菓子はないですからね、アポなし軍団」
そう言ってみんなの前に飲み物を置いていき、最後に自分の前に置き終わって改めて皆を見る。
「で、何しに来たんですか」
すると全員が目を合わせ、真宏に、にっこりと笑いかけた。
「暇つぶしにきた! 」
うちに来て何するのかと思えば、杏と涼雅がやっているゲームソフトを見つけ出し、真宏と宇佐美を覗いた面々はゲームをやり始めていた。
宇佐美はと言うと、何故か人の家のリビングのソファで勝手に寝始めていたのでとりあえず放っておくことにした。
ゲームに熱中していた皆は、白熱した戦いに疲れたのかぐでぇと横になって伸びていた。
そんな皆の様子に真宏はコントローラーを置き、声をかけた。
「そろそろお昼にする? 」
「いいねぇ! 僕お腹すいたぁ」
真宏の言葉にハゼが起き上がり嬉しそうに言う。
いつの間にか宇佐美も眠りから覚めたようで、起き上がってぼーっと宙を見つめソファに座っていた。
「じゃあなんか作る? それとも、出前にする? 」
皆に訊けば、バンッと派手な音を立ててマオが立ち上がった。
「まっお、おおおまっおまっ!? 」
「え、何ですか? 」
壊れたロボットのように意味不明な言葉を羅列させるマオに訝しげな顔をして問い返せば、マオは自分の失態に気づき、カァッと顔を赤くする。
「マオちゃん、真宏の手料理が食べたいのー? かわいいー」
「ま、まままおって呼ぶな!! 」
ハゼにニヤニヤとみられたマオはハゼの胸倉を掴み、真っ赤な顔をして怒っている。
「えーいいですけど、何作るにしても材料買ってこなきゃ」
真宏がそう言うと、ハゼが「皆何食べたーい? 」と呼びかける。
「アクアパッツァ」
「僕、カチャトーラ」
「…………お、おむらいす……」
「はい、マオ先輩優勝~」
明らかにすぐ作れない呪文のような料理名をふざけて言うハゼと久我に冷ややかな視線を送りつつ、真宏はマオの手を取り、上にあげた。
「えー! その図体であざとさ出さないでよマオちゃーん」
「出してねぇよ!! 殴るぞ!! 」
またハゼとマオのいつもの言い合いに、真宏はため息を吐きながら、ソファでぼんやりしている宇佐美にも話しかけた。
「先輩は? 何食べたい? 」
そう問えば、ぼんやり真宏を見て彼はにっこり笑った。
……くそ、こいつ顔だけはいいな。顔だけは。
「俺、帰るから何でもええよー」
「そうで……」
「はぁ!? 帰んのかよ!! 」
宇佐美のセリフに頷こうとしたら、ハゼと喧嘩していたはずのマオがすごい勢いで入ってくる。
マオはそのまま宇佐美を拉致しリビングから離れて、二人で何やらこそこそ話していた。
「じゃあちょっと買ってくるね」
皆に聞こえるように声をかけると、慌てたマオが真宏を止める。
「ちょ待て待て、こいつも連れてけ」
マオは、何故か真宏にとって今一番の天敵である宇佐美を前に出してそう言った。
「え? でも宇佐美帰るんですよね? 」
宇佐美と二人なんて気まずいし苛つくので出来るだけ遠慮したいのだけど……。
「いつからお前は宇佐美呼びやねん」
やべ、ついうっかり口に出しちゃった。
「いーや、こいつは真宏の手料理食うまで帰らねぇぜ」
何故かドヤ顔で言うマオを不思議に思いながら真宏が「買い物は一人で行けますよ?」と言えば、マオはムッとして「いいんだよ! 黙ってこいつ連れてけっつーの! 」と押し付けてくる。宇佐美も迷惑そうな顔でマオを見ていた。
「そんなに言うなら、マオ先輩が宇佐美と行ってくればいいじゃん」
そういうと、マオは「ぜってぇヤダ!! 」と子供のように
声を上げた。
見かねたハゼが呆れつつ間に入ってくる。
「真宏はうさ先輩とお買い物。マオちゃんは僕たちと遊んで待ってるから。はいこれ食費。ついでにお菓子も買ってきて、じゃあね」
真宏と宇佐美はハゼによって、力づくでぐいっと玄関外に押し出された。
「えー……なんだよそれ」
随分自分勝手だ、と真宏はぷんすこしながらも家を出ると、宇佐美はスーパーとは逆方向に歩いていこうとしていた。
「ねぇどこ行くんですか? スーパーこっちだけど……」
思わずそう言うと、宇佐美は立ち止まってちらりとこちらに顔を向けた。
「俺、帰るから一人で行きや」
「え? なんで? 食べて行きなよ」
キョトンと宇佐美を見上げると、彼はふわりと柔らかく笑った。
「お前の料理楽しみにしとる奴おるみたいやし、はよ行ったれ」
そう言ってまた背を向けて歩いて行ってしまう。
……なんか先輩の背中ってよく見る気がするな。
いつもあんなに憎たらしいくらい堂々としてて、ナルシストな俺様なのに、なんでこの人は背を向けると途端に、その欠片もなくなるのだろうか。
……そういえば、この背中どこかで見たことある気がするな。
厳密に言えば、宇佐美の背中ではなくて……ああ、そうだ。
宇佐美のあの背中は、兄である涼雅の背中と似てるのだ。
海外で仕事をしている両親がたまに帰ってきた時、また見送る為に空港に行って兄と並んで手を振った時。
たまたま兄よりも少し後ろにいた真宏は見ていたのだ。
笑顔を取り繕っていても、兄の背中は誰よりも寂しそうだった事を。
あの時の兄は中学生で自分は小学生だった。
それを見て以来、真宏は兄の事を完璧な人間では無いのだと知った。
それは別に侮辱とかではない。
単純にいつも完璧に振舞ってくれる兄の人間味を感じられたのが嬉しかったのだ。
それと同時に、自分がしっかりしなければ、とも決意した瞬間だった。
今の宇佐美は、あの時の涼雅と同じく寂しさを背負って歩いて行こうとしている。
そんな背中を見ていたら、真宏はなんだかおかしくなって宇佐美を追いかけグイっと腕を掴んだ。
「わぁ、なんやねん」
いきなり腕を掴まれた宇佐美は驚いた顔で真宏を見る。
真宏は気にもせず、呆れ笑いをしつつ見上げて言った。
「先輩、寂しいならそう言えばいいのに」
真宏のセリフに宇佐美は目を丸くして、自分よりも背の低い後輩を見下ろした。
この子供は何を言っているのだろうか。寂しい? 自分はそんな事を言ったか? いや言ってない。
言ってないけれど、この男にはバレていたのだ。
自分でさえ気づけない、心の奥底にある本当の気持ちを。
隠すのばかり上手くなってしまった自分はいつしか本当の気持ちに気づかなくなっていた。隠そうと思って生きてきたのではない。けれど、隠さなくては、本音を見せても聞いてもらえなかった、何も叶わなかったのだから、表に出したところで無駄なのだ。
だから言わなくなった、そしたらその無駄な感情たちはいつの間にか消えていった。
けどこれは消えていった訳ではなかったのだ。奥底に追いやられていただけで宇佐美はちゃんと、苦しいも、辛いも、痛いも、感じていた。
苦しいと思ったところで終わりは来ない、辛いと嘆いて泣き喚いても助けは来ない、痛いと叫んでも止めてもらえない。そんな日々を過ごしていたから分からなくなっていただけなのだ。
そんな自分でさえその事に気づけなかったのに、何故目の前の後輩にバレてしまったのだろうか。
真っ直ぐな目をしたこの男は、何もかもを見透かしていそうで怖くなる。
けれど同時に、こいつになら暴かれたいと思う自分も密かに存在していたのだ。
それは信頼なのか、好奇心なのか。
この男に引っ張られる人生はどんなものだろうか。
この男の作る道はどんな道だろうか、どんな空の下を歩かせてくれるのだろうか。
宇佐美の中で、こんなに他人に対して何かを思った事は無かったのに、何となく真宏の存在に期待している自分がいた。
「ね、一緒に行こう? そんで何食べるか意見出してよ。二人で荷物もって、皆の所に帰りましょう」
一言も、『大丈夫だよ』だなんて言われていないのに、安心させられている気分になる。
大丈夫だからこっちにおいで、こっちを歩こう、こっちは楽しいよ……と、引っ張って道を案内してもらってる気分だった。
迷子で不安で、心細くて、そんな時に現れた宇佐美のヒーロー。
「真宏は、案外夢見るタイプ? 」
思わず、いつもの悪い癖を出してしまったけれど、今回ばかりは自分の表情も、感情もコントロール出来ていないな、と宇佐美は自覚していた。
恐らく反論しようとした真宏は宇佐美の顔をむす、とした顔で見上げたけれど、すぐにポカンと口を開けて間抜けな顔をした。
事実真宏は文句を言おうとしたのだ。ふざけるな、茶化すな、さっさと行くぞ、言葉を投げ返そうとしたのに。
そんな嬉しそうに笑う宇佐美を見たら、何も言えなくなってしまった。
……なんか、ずるいじゃんね、そんなの。
真宏は思わず顔を逸らしてしまった。
宇佐美はいつも笑っているようで笑っていない。
怖い訳では無いけれど、真宏は彼を見る度に自分の意思が存在しないように見えて不安で心細いと思っていた。
けれど今、目の前にいる彼は無邪気な子供のように嬉しそうにニコニコしている。
親を見つけた子供のように安堵した表情の彼を、真宏はなんとなく愛おしいなと思った。
「じゃ、行きましょう。ハゼに遅いって言われちゃう」
宇佐美の手を離し、後ろをついてくることを確認しながら、こっそり、そっと自分の胸に手を当てた。
……けど、期待なんか、するな。
俺は、宇佐美を好きなんかじゃない。
……好きになっても、意味なんてないのだから。
*
「ねぇ、なんでマオちゃんは余計なことばかりしてんの? 」
「あ゛ぁ゛!? 」
留守番組であるハゼと久我は暇を持て余して、マオをからかう事にしたらしい。
ハゼの言葉にマオは噛み付く。
「だってマオちゃん、真宏の事好きでしょ? 」
マオは誰にも話していない自分の恋心を当てられ、先程まで苛立っていた気持ちが消え、代わりに激しく鼓動が高鳴り顔が赤くなるのを感じた。
「な、なななんああ!? 」
「マオ先輩分かりやすすぎワロタ」
久我は他人事のように楽しそうにマオを笑う。
「っんな事、一言も言ってねぇだろ!! 何勝手に……」
「だって、今日僕らを集めたの真宏のためでしょ」
ハゼにじとりと見られたマオは思わず口を噤んでしまう。
何故ならそれが、図星だったからだ。
「真宏がうさ先輩に気に入られてるから、くっつけようとしてんでしょ? 」
「……っいや、そうじゃない」
咄嗟に否定するとハゼは「じゃあ何よ」と言ってくる。
「…………アイツが、……宇佐美と喧嘩したって言うから」
あの日たまたま廊下から、屋上に向かう真宏を見かけた。声をかけようと後を着いて行ったら、宇佐美と話しているのを聞いてしまった。
真宏が屋上を飛び出した後に、一つ文句を言おうと屋上に行ったら、宇佐美から真宏の筆箱を渡されたのだ。
「追いかけてやってくれ」と宇佐美に頼まれたマオは筆箱を持ち、宇佐美に文句を言う前に真宏をフォローしに向かったのだ。
自分の教室で一人項垂れる後輩は、酷く悲しげで声をかけるのは少し[[rb:憚 > はばか]]られた。
自分の知ってる後輩は、凛と澄ました顔で、いつも背筋が伸びていて堂々としているのにあの時は珍しく意気消沈していたから。
マオが伊縫の存在を初めて知ったのは、宇佐美に幼馴染を泣かされた苛立ちを中庭でぶつけていた時だった。
拳を振り上げた瞬間に何かが走ってきたと思ったけど、勢いを止められずにそのまま殴ってしまった。
片思いしていた幼馴染が泣かされた苛立ちが収まらず血が上っていたマオは、真宏に怒鳴りまくった。
けど真宏はぐっと真っ直ぐな瞳でマオを見て「謝れ」と怒った。真宏はマオと宇佐美に平等に怒った。
主張がめちゃくちゃだと思ったりもしたけれど、真宏の、相手をしっかりと見て向き合う姿にいつしかマオはいとも簡単に心を奪われていたのだ。
……そしてこんなにも、人と向かい合うことができる人間がいるんだ、と感動もした。
「喧嘩なんて当人らに任せとけばいいじゃん。なんなの? お人好しなの? 」
マオは呆れた顔を向けられるつつ、眉を寄せ小さく呟いた。
「……宇佐美と仲直りすれば、……伊縫は宇佐美の事考えないって言ったんだ」
折角慰めるついでに二人でラーメンを食べていたのに、あの後輩は店に入るまでも、店に入った後も、ずっと宇佐美の事ばかり話していた。本人は愚痴のつもりだったのかもしれない。
けれどすでに好きだと自覚してしまったマオからしたら、そんな話聞きたくなかった。
「え、ちょっと待って!! たったそれだけのために、こんな計画立てたの!? しかも朝七時に僕たちを怒鳴り起こして!? 」
ハゼは自分達がその為だけに利用されたと知り、目を丸くして身を乗り出した。
「……な……だって、……友達って、……何時に集まんのか知らねぇし」
この気性の荒い性格のせいで元々友達と呼べる人が居ないマオには、友達がなんの目的で何時頃、どこに集まるのかなどさっぱりわからなかったのだ。
「……なんなのマオちゃん……めっかわじゃん」
ピュア通り越してクリアなのではと言いたくなるほど、目の前の強面な先輩が純粋で、ハゼも久我も目を丸くした。
「天然記念物だな」
久我の台詞にマオは首を傾げる。
「俺はイリオモテヤマネコじゃねぇぞ」
「……まぁ。中らずとも遠からずって感じだよな」
「猫だしね」
マオは彼らの言葉を聞きもせずため息を吐いて、早く伊縫帰ってこねぇかな、なんて考えていた。
現在、真宏は宇佐美と並んで道を歩いているわけなのだが、大変である。
何が大変かって……決まってる。
「まぁ、素敵な子ねぇ。お隣は弟さん? 可愛らしいわねぇ」
「はは、せやせや、むっちゃ生意気な弟なんすわぁ~」
「あらぁ~べっぴんさんねぇ! 孫にしたいわぁ~」
「俺もやで~、おおきに」
宇佐美が声をかけてくるマダムたちに一々丁寧に対応するので、進むもんも進みやしない。
「ちょっと早くいきますよ!! 」
持ち前の神対応を見せる宇佐美がマダムに抱き着かれていたので、それを引っぺがし腕を組んで連れて行く。
「なぁに真宏ちゃん、嫉妬~? 」
宇佐美に悪戯顔で言われ真宏のボルテージが更に上がる。
キッと睨み上げて「んなわけあるか!! さっさと来い!! 」と怒鳴り無理やり引っ張っていった。
宇佐美は「乱暴な子やわぁ」と懲りずにマダムたちに手を振っていた。
やっとの思いでスーパーに入店し、カゴとカートをもって並んで歩く。昼時のスーパーはやはり混んでいて、人が多い。
宇佐美はまたマダムに声をかけられていたので、真宏はもう無視して一人で行くことにした。
スーパーに入ってしまえばこっちのものだ。
ハゼに食費をもらったので、鶏肉をいっぱいカゴに入れる。
それからちょっとしたおかずもカゴに入れ、お菓子も入れた。
ふとどのくらい買ったかカゴを見ると、入れた覚えのないお菓子がちょこちょこ入っているのに気づき、真宏は首を傾げた。
「……? 」
こんなの入れただろうか。少なくとも真宏の好みではない物ばかりだ。
そういえば自分は今一人ではないんだった。
もう一人、小学生のような感性の男を連れて来ていたのだ。
「……そんなところで何してんですか」
見回した先には、宇佐美が商品棚からこちらをじっと見ていることに気づき近づく。
「これ入れたの先輩? 」
そう訊けば、宇佐美「ううん」と首を横に振って否定した。
「え? じゃあ誰がいれたの? 」
コイツ以外に入れるわけないだろうと、奴のあからさまな嘘に気づきつつもそう訊けば、宇佐美はきょろきょろした後、お菓子コーナーで宇佐美をじっと見ている男の子を見つけ、満面の笑みで「こいつ」と言った。
男の子は急に話かけられぽかんとしていたが、次第にムッと不機嫌顔になり宇佐美をゲシゲシと蹴った。
「おれじゃない! おまえだろ! 」
男の子が宇佐美を蹴っていると通りかかった男の子のお母さんらしき人が男の子を叱り、宇佐美に頭を下げていた。
宇佐美は男の子に「ふふん」と何故かドヤ顔をしていたので、その顔を見た男の子がまた怒り始めてしまい、真宏が代わりに宇佐美の頭を叩いてお母さんと男の子に頭を下げた。
「すみません、その子にちょっかい出したのこいつなんで、その子は悪くないんです。ごめんねボク。こいつがクソガキで」
そういうと男の子は「ふんっ! おれよりがきだな! 」と言ったのでまたお母さんに怒られていた。男の子は今のこのやり取りで、世の理不尽というものを覚えてしまっただろう。可哀想なことをした。母親は申し訳なさそうに真宏達に頭を下げつつ、そのまま買い物に戻っていった。
「もうなにしてんですか。十七でしょうが」
親子の背中が見えなくなったのを見計らって、真宏は呆れた顔で宇佐美を見た。
宇佐美はむすっと唇を尖らす。
「だって真宏、これ買うてくれへんやろ? 」
「食べたいならそういえばいじゃん、馬鹿だなぁ」
なんの気なしにそう返せば宇佐美はじっと真宏を見た後ふいっと顔をそらした。
「じゃ、お会計しましょうか」
そう宇佐美に声をかけたはいいものの、昼時のレジはマダムたちであふれかえっており会計をするだけなのに大分時間を取られそうだなとため息を吐く。
列の最後尾にたどり着き、カートを押して並ぶ。
しかしここでも宇佐美は宇佐美なのである。
基本的にルックスが目立つ上に、あまり一般受けしなさそうな派手さであるがこの男はそれらを、自らが放つ温和な雰囲気でカバーしてしまうらしく、またもや宇佐美の周りにはマダムが集まってきてしまった。
レジの列で目立つ宇佐美は、列の名物かのようにマダムに話しかけられて本人も適当に、にこやかに答えていた。
あと一人で順番が来る、そんなとき急な怒号がスーパー内に響き渡り一瞬で店内にいる人間が耳を澄ましたのが分かった。そのせいで店員の金額を読み上げる声、バーコードを読み取る際の機械音、ちょっとした物音のみとなり、一層怒号が聴こえやすくなってしまった。
真宏はその怒号の主に目をやると、男性客が女性の店員に絡んでいた。
しかも真宏の目の前で。絡まれた店員は完全に怯えている。
そして真宏たちの後ろには先ほど宇佐美に巻き込まれた不憫な男の子の親子がいた。
男の子は母親にしがみつき、男性を睨んでいる。
教育上、よろしくないな……と思うのと同時に世の中には色んな人間がいるなとも思う。
今ここで別のレジに行ってもいいのかもしれないし、現に真宏の後ろに並んでいた客たちは徐々に別のレジへと移っていっている。
それすなわち、あの女性店員を助ける気がないという意思の表れだろう。
真宏もここで目を背け、見なかったフリをして日常を送るような人間であれば……今ここに宇佐美と並んでいなかっただろうと思う。
しかし真宏はできないのだ。それをするくらいなら巻き込まれてボコボコにされる方がマシなのである。
この性格は伊縫家の兄妹全員共通の強さなのだ。
きっとタフな精神の母親に似たのだろうな。
男性客がついに店員の腕を掴もうとしたところで、真宏は口を開いた。
「あの、後ろ詰まってるんで早くしてくれません? 」
真宏の声に周りの客は一瞬空気を固くしたが、素知らぬフリのまま。
真宏のセリフの意味を勘違いしてしまった店員は泣きそうになりながら「す、すみません……っ」と謝って震える手で商品を何度も取り落していた。
男性客も真宏が自分に加勢したと勘違いしたのか「ほらてめぇがおせぇから言われたんだぜ? 」と調子に乗ってニヤニヤしていた。
その様子に完全に頭にきた真宏は、カートを宇佐美に押し付けて男性の元へ歩く。
「あんたに言ってんだよおじさん」
まさか自分が言われると思っていなかったらしい男はキョトンとした顔で真宏を見た。
店員は驚いた顔で真宏を見つめ、周囲の客も店員も固唾をのんで真宏たちの動向を窺がっていた。
男は次第に顔を赤くして眉を吊り上げていく。
「んだとくそガキが!! 」
うわ、こいつ酒くせぇな……。
この男が開いた口から強いアルコール臭がし思わず顔をしかめる。
この酔っ払いにまともな話は通じないのは一目瞭然だ。
今ここで店員の誰かが店長に通報してくれれば対処してくれるだろうが、何故か店内の人間は真宏が何とかしてくれると言いたげな、期待に満ちた目でこちらを見ていた。
今この場で真宏に加勢してくれる者はいないらしい。
「昼間っから酒飲んで女性に絡んでいいご身分ですね」
とりあえず、煽って標的を自分に替えさせ店員が動けるようにしなければここのレジは永遠に真宏のカゴの食材のバーコードを読み込まないだろう。
真宏が煽れば案の定、男は一層何かを喚く。
「俺が話聞いてやるから表出てくださいよ。ここじゃ迷惑ですよ」
真宏が男の手を掴もうと手を伸ばした時、男は喚きながら真宏の手を避け顔めがけて拳を振り上げてきた。
真宏は咄嗟に避けられるほどの運動神経を持ち合わせてはいない。
あ、やべ殴られ……
そう思い瞬間的に目を瞑ったとき、
「それ以上はお巡り呼ぶで」
パシッと男の拳を片手で受け止めた宇佐美は、[[rb:男の腰を引き寄せ抱いてにこやかに > ・・・・・・・・・・・・・・・・]]そういった。
え……何その距離感。
男もまさか自分がそんな女性を扱う紳士のように滑らかに丁寧に抱き寄せられるとは思わなかったのか、「? あ? 」と混乱していた。
「何キョトンてしてんねん。……俺、男もいけんで? おっさん」
宇佐美の艶やかな声と顔でそんなことを言われた男は、別の意味で顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
「ちょ、うさせんぱ……」
宇佐美の事だ。本当にこの男を抱こうとしているのでは、と不安になり思わず宇佐美の袖を引っ張る。
「な、おっさん今晩……」
「う、うわぁああああああ!! 」
真宏が止めようとした瞬間、宇佐美のセリフに顔を真っ青にした男は買おうとした物をすべて置いたまま走り去っていってしまった。……若干内股で。
店内は暫くBGMのみとなったが店員が真宏らに泣きながら「ありがとうございます……っ」と何度も頭を下げてきた声をきっかけにまた騒がしくなった。
真宏と宇佐美は周りの客に拍手されたり色々声をかけられたが恥ずかしかったので、さっさと会計を済まして、宇佐美を引っ張りスーパーを後にしたのだった。
……俺もうあそこ行けないかもな。スーパーから少し離れたところまで歩き、「はぁ」とため息を吐くと、宇佐美はケラケラ笑って真宏に話しかける。
「真宏なぁ、猪突猛進過ぎひん? さっき俺が居らんかったらどないするん? 」
面白そうに訊かれ、疲れた頭を項垂れさせながらぼんやり考える。
そういえばあの店内で誰も真宏の味方をしようともしていなかったのに、何故か宇佐美だけは助けてくれた。
真宏の連れとして、だろうが宇佐美が自分のために行動を起こしてくれるとは思わなかった。
「……別に。殴られてたんじゃないですかね」
「え? 」
何故か宇佐美に驚いた顔をされ、真宏も怪訝に思い見上げる。
「なに? 」
そう訊けば、宇佐美は「いや、随分あっさりやな」といった。
「何が? どう考えても殴られるでしょ、あれは」
だって俺、別に喧嘩強くないし。
「殴られんのわかって飛び出したん? この前も、さっきも」
「そりゃまあ」
ってか大体、なんでこいつといると次から次へとトラブルが舞い込んで……。
あ、これが噂の“付き合うとろくなことない”てやつの真相か……!?
一人で考えていると宇佐美は、ぽそりと訊いてくる。
「怖いとか思わんの? 」
「怖い? なんで? 」
そんなの思ったことないな。
だって殴られるの分かってて突っ込んでるのは自分だしな。
「絶対自分に負なことが起こんのにわかってて突っ込むんは、むちゃくちゃな馬鹿とちゃう? 」
「はあ? 」
ストレートに言われ、真宏は思わず声を荒げた。
けど宇佐美はいたって不思議そうに言ってくるので、真宏は心を落ち着け返す。
「だって仕方ないじゃん。体がうごくんだもん」
気づいたら駆け出しているのだ、いつも。
怖いとか、痛いとか、思う前に。
助けなきゃ、などと大層な思いはいつも抱いていない。
ただ、知らないうちに体が動いるのだ。
「真宏は、ヒーローなんやな」
宇佐美の言葉にぽかんと口を開け見上げる。
「俺は、好きやで、ヒーロー」
爽やかで毒のない笑みを浮かべる宇佐美を見て、ドッドッドッとまた心臓の鼓動が速くなる。
「……そんな、かっこよくはない」
宇佐美から目をそらし、熱くなる顔を隠したかった。
なんだよちょっとキュンとしちゃ……
「ま、俺の方がイカしとるけどな」
……てねぇわ。
前言撤回。やっぱりこいつなんて絶対好きにならねぇ。
「あっそ!! そんなに自分が好きなら、鏡の中の自分に愛を囁いてろばーか!! 」
どすどすと先輩を置いて歩きを速めると、後ろからついてくる先輩が「いやそれはキショいやろ」と真面目にツッコんできた。
「知るか!!! 」
「なにキレとんねん」
ケラケラ笑う宇佐美の優しい横顔にドキドキするのは、全部夏の暑さのせいだろう。
「ただいまー」
ふざけながら歩いた帰り道、汗だくになりながら家に着き中に居るはずの友人たちに声をかけると、「おかえりー」と返ってきた。
「あーうさ先輩ちゃんと帰んないで着いてったんだー。偉いじゃん」
ハゼが宇佐美を子供のように扱い宇佐美はむっとして無視していた。
「まひ~こいつら俺んこと馬鹿にしてへん? 」
「はいはい、大人しくしててくださいね~」
めそめそ演技をして引っ付いてこようとする宇佐美の尻を蹴りキッチンへと向かった。
がさごそと用意していると後ろから「何作んだ? 」とぬっとマオが顔を出してくる。
思わずびくぅっと肩を揺らしてしまった。
「びっくりしたぁ……。急に現れないでくださいよ」
「なぁ何作んだ? 」
この人は『会話』というものを知らないのだろうか。
「できてからのお楽しみです。あっちで遊んでていいですよ」
「俺は何をすればいい? 」
「は? いやだから座って……」
イラっとしながら振り向くと、マオはまるで子供のように瞳をキラキラさせて真宏を見ていた。
……もしかして、料理がしたいのか?
真宏はなんとなく勘付き、それでは、と適当に簡単な作業を伝えた。
するとマオは「おう! 」と返事をしてものの見事にやり終えた。
しかも出来は最高。
「マオ先輩って普段料理するの? 」
驚いて問えば、マオは屈託のない笑顔で「まあな」といった。
「下に二人ちっちぇのがいんだよ。そいつらの世話をたまにな」
へぇそうだったのか。
「じゃあ先輩、俺はこれから豚の生姜焼きとみそ汁と和え物、卵焼きを作るので一緒にやりましょうか」
使える人員とあらば話は別だ。
そう声をかけるとマオはパァッと顔を明るくして元気に「おう! 」と返事をした。
「真宏~そっちの猫かまうのもいいけど、こっちのウサギもかまったげて~」
ハゼがまた暇さ余ってか宇佐美をからかいそんなことを言ってくるので「いやでーす」と返せば、ポスッと背中に何かが当たる。
「なんだよ…………なんだこれ」
玩具菓子の未開封の箱が背中に当たったらしく、拾い上げる。
「誰ですか物投げたの! 危ないでしょ!! 」
箱を持ってリビングに怒りに行くと、三人は口々に「お母さんだ」「ママじゃん」「おかんやな」と言っている。
「もー大人しく待っててよ。テレビ観てていいからさぁ」
そう言って箱をテーブルに置き、キッチンへと戻る。
そうしてる間にマオが黙々と作業してくれたお陰で、スムーズに料理が進められた。
「はいできましたよー。……うわ、テーブルぐらい片付けとけよ」
あまりの散らかりように呆れながら言えば、「お母さんだ」「ママだ」「おかんや」とまた口々に馬鹿言っている。
「なんだこれきったねぇな。片付けねぇなら飯やんねぇからな」
マオが舌打ちしながら言うと、三人は「親父だ」「パパじゃん」「おとんやな」と言った。
そうやってふざけつつもやっと片付けたので、ご飯を持ってダイニングテーブルに置いていく。
「わ! 生姜焼きじゃん! まひママ大好き~! 」
「誰がママだ」
くっついてくるハゼを退かし、皆で手を合わせる。
「いただきます」の掛け声がそろい各々食べたいものへ箸を伸ばした。
「うまー!! 」
ハゼが顔をほころばせそう言ってくれるので、真宏も思わず頬が緩む。
「やべぇよ真宏。お前はいい嫁になるぞ」
久我のセリフに反論しようとしたら何故かマオが「な、何言ってんだ!! 」と赤い顔で怒っていてハゼがふきだしていた。
なんとなく隣の男が動いていないような気がしてふと隣に座る宇佐美を見てみれば、何故か箸を持ってじっとしているので、真宏は不思議になり声をかけてみた。
「どうしたの? 先輩。嫌いなものあった? 」
そう訊くと宇佐美はハッとしてニパッとした笑顔を咄嗟に作った。
あ、嘘の顔だ。
「ちゃうちゃう。これ全部真宏作ったん? 」
ニコニコ訊かれ「うん」と返す。
「これはにゃんこが作ったん? 」
宇佐美が指をさしたのはカブの和え物と生姜焼きだった。
「え、うん……生姜焼きは二人で作ったけど……なんでわかったの? 」
吃驚して見上げると、宇佐美は何も言わず微笑んだ。
「ほな真宏のだけ食お〜」
宇佐美のセリフにマオは「なんだとー!? 」と怒鳴る。
それをハゼに「黙りな」と言われていた。
宇佐美は何でもないような顔をしてマオ先輩を今もからかっているが、笑う宇佐美の顔色がなんとなくよくないように思えて、心がざわついた。
「ご馳走様でした」
皆で手を合わせる。
「あ、真宏。片付けは作らなかった組でやるよ」
「え、いいよ別に」
ハゼの言葉に遠慮すると、久我が「いいからいいから」と肩に手を置いてきた。
「ほらうさ先輩も行くよ」
ハゼに連れられた宇佐美は何だかけだるそうに「んー」と返事をして立ち上がっていた。
そのまま三人で何やら騒ぎながら片づけをしてくれているので、真宏はマオとゆっくりすることにした。
「あいつら、うるっさいな」
片付けるだけなのにぎゃあぎゃあ何かしているので、横目で見ているとマオがぼそりと話しかけてくる。
「……なあ、仲直りできた? 」
そんなことを言われ、真宏たった今思い出したように「あっ」と声を出した。
そんな事すっかり忘れていた。
「え、お前忘れてたとか言わねぇよな」
驚いた顔で言われ、困った顔で「あはは」と笑って誤魔化しておく。
マオは真宏の反応で察したのかテーブルに突っ伏しながら「俺の苦労が……」とか言っている。
その台詞を不思議に思い「苦労? 」と訊けば「何でもない」と顔を逸らされてしまった。
「なぁ真宏~。食器洗ったやつどうすればいい? 」
ハゼの声に「そこ置いておいて~」と返す。
三人は洗い終わったらしくこっちに戻ってきた。
さっきと同じ位置に座った三人。
ふと宇佐美が立ち上がり「ベランダつこてええ? 」と声をかけてきた。
「ベランダ? トイレなら家の中ですけど」
「誰が外でするかアホ」
頭をチョップされつつ「いいですよ」と返す。
「さぁ、これから何しようねぇ~」
ハゼはちょっと眠そうに言った。
「皆で昼寝は? 」
久我の提案にマオはバッと立ち上がって「は、破廉恥じゃねぇか!? 」と叫ぶ。
その場にいた全員で「なにがだよ」とツッコんだ。
三人はあーでもないこーでもないと話していて、特に話題のなかった真宏はなんとなくベランダに出て行った宇佐美に目をやりギョッとした。
こちらに背中を向け一人の時間を満喫させている宇佐美から紫煙が漂っているのが見えたのだ。
真宏は慌ててベランダに行き「先輩」と声をかける。
「なんでくんねん。外出てんのに」
呆れた顔をされるも、こちらもムッとし返して指さした。
「未成年喫煙、ダメ、絶対」
そういうと宇佐美はじっと何かを考えたのち、ふわりと甘い香りをさせながら真宏に顔を近づけて囁いた。
「……未成年じゃない……て言うたら、どないする? 」
くすり、と笑う宇佐美の憂いな表情にドクンッと心臓が鳴った。
「……未成年だよ。俺も、先輩も」
ぼそりと返せば宇佐美はくくっと笑って「一本だけ」と言った。
「ねぇ、先輩」
「ん? 」
ベランダに腰を下ろす宇佐美の横にしゃがみ、真宏はずっと気になっていたことを聞いた。
「……ご飯あんまり美味しくなかった? 」
「え、なんで? 」
驚いた顔をされ、真宏は膝に顔を埋めたまま答える。
「先輩皆の事誤魔化してあんまり食べてなかったし……。食べ終わったあと、ちょっと体調悪そうだったじゃん」
そういうと、宇佐美は思い当たる節があるのか「あー」と呟いて黙り込んでしまった。
やはり不味かったのだろうな……。
真宏はいたたまれなくなって、小さく「上手く作れなくてごめんなさい……」と謝る。
涼雅のような料理はまだ自分には作れないのだろうな。
美味しいとただ笑ってもらえたら、と思っただけだったけれどそれは自分にはまだ早かったようだ。
沈んだ気分を隠すこともせずに顔を隠していると、宇佐美は真宏の頭を大胆に撫でて「ちゃうちゃう」と言った。
その台詞にぱっと顔を上げると、そこには優しい顔をした宇佐美が真宏を見つめていた。
「俺、人の作ったもん[[rb:あかん > ・・・]]ねん」
「え? 」
宇佐美は視線を前に戻してぼんやりと空を見た。
「せやからもう何年も食って無くてな。なんつーか、作った奴の存在を認知すると……言い方は悪いんやけど、気色悪いてなんねん」
そ、んなの……知らなかった。なんで、って訊いていいのかな。
……訊いたら答えてくれるのかな。
「……あれ、でも俺のごはんは食べてたよね? お昼の時の弁当とか」
思い出して言うと宇佐美は不思議そうな顔をして口を開いた。
「……それが不思議やねん。なんかな、真宏の料理はキラキラして美味そうに見えんねんな。せやから、あ、これ真宏作ったやつやって分かる」
そんな言葉を無邪気に言われ、瞬間的に顔が熱くなってしまう。
「俺、真宏の料理は平気」
……なんだよ、それ。
「そう、ですか」
そんな、人を口説くようなセリフをそんな無邪気に言われたら、どうしたらいいか分からないじゃん。
お前なら大丈夫、その台詞は酷く狡い。
「よし、中はいろか」
「体調は? 平気なの? 」
立ち上がる宇佐美に訊けば、「おう。ピンピンやわ」と笑って中に入っていった。
「……なんだよ」
……本当に顔色戻ってんじゃん。
やっぱよくわかんないな、アイツ。
真宏は背伸びをして室内に戻る宇佐美の後を追った。
*
「じゃあ、お世話になりました」
四人は玄関で律儀に頭を下げ挨拶をする。
「うん。気を付けて帰ってね」
皆は来た時と変わらぬ騒がしさを纏って「また学校で」と言い、帰っていった。
玄関が締まりしんと静まり返った家の中になんだか寂しさを感じる。
ついさっきまでここに皆がいたんだと思うと不思議な感覚だ。
ソファに座りふと手元に何かがあたり目をやると、お昼に投げつけられた玩具菓子の箱だった。
「これ、先輩のじゃん……」
明日持っていくか、と思いなんとなく箱の裏側を見たら、メモが貼ってあることに今更気が付いた。
「“まひろの”? 」
目をやればそのメモには黒のボールペンでそう書いてあった。にしてもきったない文字だな。
宇佐美が書いたのか? ……いやほんと字汚いな。
しかしなんとなく捨てがたくて、興味なんてなかったけれど箱を開けてみた。
するとこの玩具は低年齢の男の向けだったようで、中から赤い[[rb:なんとかレンジャー > ・・・・・・・・・]]のデフォルメキーホルダーが出て来た。
あの人なんでこれ買ったんだ……? 好きなのか? こういう戦隊ものが……。
光に透かして見てもキャラの体が透けるわけはない。
真宏はこんなの趣味ではないし、もらったところで「おお……」って感じだったけれど、やはり何故か捨てる気にはならなかった。
筆箱にでもつけようか。
そう思い残った外箱を捨てようと箱を掴んだ時、ぽとりと中からガムが落ちてきて少しびっくりした。
そっか玩具菓子だから食えるものもちゃんと入ってるのか。
落ちてきたチューイングガムを噛みつつ、宇佐美からのメモをは別に取って箱は捨てた。
そのメモもなんとなく筆入れにしまおうかと裏面を見たら、ここにも悪戯のように端っこに小さく文字が書かれていた。
“こないだは すまん”
「……ふふ」
同じ汚い字で紡がれた、たった十一文字を撫でる。
この文字だけで宇佐美の気まずそうな顔が浮かんでくる。
「馬鹿だなぁ」
意地になった自分も、真宏に怯えた宇佐美も。
久しぶりに噛んだガムは酷く甘く感じた。
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