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第13話

「悪ぃ悪ぃ、待たせたな」 「……いえ。旭くんは?」 もう少しで寝るとこだった、と思いつつ先生に問うと、「迎えが来る頃には起きてピンピンして帰ったわ」と言って、窓を開けた。 「一本だけ見逃せ」 と言って、カチッと百円ライターで火をつけタバコを口にくわえて深呼吸をして紫煙を吐き出していた。 「……一ノ瀬の事なんだが……」 ……あれ?さっきまで、旭って呼んでなかったっけ。 あ、でもたしか元々は一ノ瀬呼びだったような……? どうでもいい事を考えていると、「聞いてんのか?」と言われ、「勿論です」とシレッと返しておいた。 「一ノ瀬は時々ああやってパニックになるみてぇでな、まぁーなんつーか、俺も詳しくは知らねぇんだけどあき……じゃなかった。百瀬の言うには、感情が大きくなり過ぎるとああなるらしい」 「百瀬?」 「お前保健医の名前もしんねぇのか?百瀬 瑛(ももせ あきら)。覚えててやんねぇと拗ねるぞアイツ」 へぇ、そういう名前なんだ。 保健室なんて行ったことないし、あの先生も滅多に見かけないから分からなかったな。 「まあそんで、だな。お前がさっき、他の男子連中から一ノ瀬を庇っていたのを見た。アイツらの言葉に苛立ってたろ?」 「はい」 あの旭くんを見下すような言葉達に凄く腹が立った。 まるで利用してるみたいに。 「まぁ俺も最近だがアイツらの言動には注意しててな、一ノ瀬を下に見た発言が目立つようになってきてるからな」 やっぱり俺だけじゃなかったんだ。 先生も思っていた。 「一ノ瀬はそういうのに対してムッとしたりするタイプじゃねぇし、どっちかっつーと言いたい事は言えないタイプなんだよ、お調子者なんだけどな」 だから旭くんはいつも笑顔なのか。 全部内側に隠してるから、笑えるんだ。 「だからアイツらに何言われても笑って返すし気にしないフリしてんだけど、多分一ノ瀬自身、内に溜まっちまうんだわな。そんで今日みてぇに一気に爆発しちまう」 そうか.......だから、俺が庇ってああなったのか。 「正直、明確な現場を抑えるまで教師は生徒の交友関係にあまり口出し出来ねぇからさ、さっきお前がアイツを守ってくれてマジで助かった。ありがとうな」 「えっ、.......あ、いえ」 まさかお礼を言われるなんて思わなかった。 少し照れてしまう。 「本当は一ノ瀬が頑張らなきゃいけない部分もあるけどな、キャパは人それぞれだ。我慢する事の方がストレスが少ないっていう人間もいる。お前は逆だろ?」 先生の指摘に真宏は思わず笑ってしまう。 「……俺は、そうですね。我慢は嫌です」 正直に言うと先生は、「だろうな」と言う。 「だけど一ノ瀬は、溜め込む方なんだよ。溜め込んで溜め込んで自分の限界を知らずに溜め続けるから、さっきみたいな事になる。ああなった後は寝たら回復するっぽいけどな」 「でも、このままじゃダメですよね」 「まあな」 このまま見過ごす訳にはいかない。 旭くんはあの時だけ怯えた顔をしていた。 先生に抱き締められても、真宏の手を離せないくらいには酷く苦しんでいた。 我慢する度に、あんな風になるのは真宏としては全然納得がいかないわけで。 「伊縫、まだイラついてんのか?」 苦笑して問われ、「まあ」と返した。 「あんなくだらない言葉に傷つけられ続ける旭くんを黙って見過ごすなんて出来ません。かと言って、旭くんが俺と居る方を選んでくれるのかは分からないけど.......」 「伊縫は、一ノ瀬と居てくれんのか」 「?旭くんが嫌じゃなければ、……守る、なんて大層な事は出来ないと思うけど、あの人たちからの言葉の盾ぐらいにはなれるんじゃないかな……」 あの人達は多分、旭くんの事が嫌いでやってるわけじゃないんだとは思う。 むしろ友達だと思ってるからああやって遊びの誘いにわざわざ教室まで戻ってきたんだろうし。 誘い方は最低だったけど、旭くんと遊びたいのは事実だったのではないか。 「お前は、平気なのか?」 不意にそんな質問をされ、驚いた。「どういう事ですか?」 質問の意図が分からず、首を傾げる。 「お前もああいうのには敏感だろ。それに、一ノ瀬と似てんだろお前」 .......嗚呼、まあ、たしかに。似てない事はないのかもしれない。 「でも、言うか言わないかだったら俺の場合ストレスになるのは、言わない選択肢の方です」 真っ直ぐに先生を見つめると、先生は何かを考え込む。 「俺はお前を"ちゃんとみるよう"、涼雅に頼まれてんだ。あんまり無茶はさせらんねぇよ」 「……でも、」 「へーきやろ」 思わぬ声にばっと振り向くと、宇佐美が眠そうな顔で扉の所に立っていた。 「先輩.......!?」 扉開けたの分からなかった。 まるで忍びのようにそこに居た宇佐美に、ツバキ先生も目を丸くしていた。 「なんでお前がここにいんだァ?」 先生は不思議そうにタバコを灰皿で潰す。 「真宏と帰ろぉ思っててんけど、全然来おへんし何でか真宏とおったべそっかきの小僧は知らんヤツと先帰っとるし、なんかあったんか思て真宏の教室向こうてたらこっから真宏の声聞こえたから来た」 ふわ、と欠伸をする宇佐美。 「へぇ、随分仲良くなったんだなぁ」 先生は珍しい者を見るような目で言う。 「まぁ恋人やしぃ〜」 「え!?」 先生の驚きに真宏も驚いた。 そうか、普通は驚くのか。 「お前、宇佐美と付き合ってんの?」 めちゃくちゃ驚いた顔をする先生を初めて見たので真宏まで驚く。 「は、はぁ……まぁ」 そう返すと、先生は宇佐美を見て、「へぇ〜?」とにやけていた。 宇佐美はムッとした顔をして、ぷいっと顔を背けていた。 「宇佐美と伊縫がねぇ〜。涼雅は知ってんの?」 「まぁ……改めて報告とかはしてないですけど、俺が宇佐美の事好きなのは知ってます」 「お前隠さなそうだもんな」 「いずれバレるのでわざわざ隠すのは疲れますしね」 そう言うと先生は、ふは、と笑って柔らかい瞳で真宏達を見た。 「ま、一ノ瀬に関しては俺も注意深く見とくし、伊縫はこれまで通りの接し方で居てやってくれよ。アイツは気を遣われんのが1番嫌がんだよ」 「そうですか。分かりました」 先生が立ち上がったので真宏も立ち上がった。 ぐいーっと背を伸ばす先生は、「あ、そうだ」と言う。 「男同士の道はお前が思ってるより険しいぜ、伊縫」 先生のセリフに一瞬キョトンとしたが、真宏は笑って言った。 「険しくても、進むって決めたのは自分ですから」 「お前は良い彼氏見つけたなぁ〜宇佐美〜」 先生が何かと宇佐美をからかうので、宇佐美がちょっと拗ねて「行くで真宏」とちょっと荒く引っ張られた。 先生に「さよなら」と言って、二人で学校を出た。 「宇佐美、もしかして聞こえてたの?」 「んー、ちっとだけぇ」 どうでも良さそうに言う宇佐美に、「ふぅん」と返す。 ていうか、宇佐美待っててくれたんだ俺の事。 んへへ、嬉しい。 久しぶりに会う宇佐美は前よりもカッコイイ気がして胸が高鳴る。 嬉しいなぁ、本当の恋人みたい。 いや本当の恋人か。 「うへへへ」 「うわ何キショい」 ちょっと引いた顔の宇佐美にイラッときたので膝裏を蹴ったら思ったより驚いていたので、いい気味だと爆笑した。 「なーなー真宏ー、今日うち来ぉへん?」 「なんで?」 純粋に聞き返すと、宇佐美は口を尖らせて言った。 「もぉ〜むっちゃ真宏不足」 「えっ」 「え?」 真宏の驚きを不思議に思ったのか、宇佐美も驚いてくる。 宇佐美が、そんな素直に言うなんて。 自分を求められたのなんて初めてに等しい……ってかいつも俺が押しかけて押し付けて、やっと受け取ってもらえるみたいな感じだったから……なんか、すごいゾワゾワする…… 「宇佐美ねつあるんじゃ……」 「あるわけないやん」 「変なもの食べちゃったの?」 「真宏のご飯食べたい」 「…………宇佐美、変だ」 「喧嘩売ってんの?」 流石に顔を顰められたので、「ご、ごめん」と言ったけど、未だに信じられない。 「……宇佐美、ほんとに俺の事好きなんだ……」 「信じてへんかったん!?信じる言うてたやん!!」 ギャンッと吠えてくる宇佐美に真宏は慌てて弁明する。 「ち、違う!!信じてた!!でも、俺の好きの大きさとは差があるんじゃないかっておもってたから、そうやって求められて純粋にびっくりしたというか……」 そう言うと宇佐美は、「はぁ……」とため息を吐く。 「あんなぁ……まぁ、せやなぁ」 うんうん、と何でか一人で頷いてる宇佐美に首を傾げる。 「……俺はなぁ真宏。ちゃあんと真宏ん事好きやし、真宏が欲しいと思っとる」 俺が、欲しい……? 「あ!!それはなんかあの、もっちもちにして食いたいとか言うアレの話!?」 「あーいやうーん……食いたいっつーかまぁ食いたいわ」 「か、かにばりずむ……」 「こらこら」 宇佐美に苦笑されてちょっとドキドキする。 「で、来るやろ?」 その言葉に俺が、頷かないはず無いじゃないか。 「……お、お邪魔します……」 「何改まってんねん、ウケる」 帰りながら涼兄に泊まる旨メールすると、「おしりは出るとこだからね!!」というメールが来たので、無視しておいた。 宇佐美宅。 恋人になってから何だかんだ二回目くらいしか宇佐美の部屋に来ていない。 あの後バタバタしてるうちに、旭と勉強する事になってめっきり宇佐美との時間が無くなってしまった。 部屋に入れば簡素な感じは変わらず、物も結局増えていたのはチンアナゴのおもちゃぐらい。 アレは……可愛いのだろうか……。 俺にはよく分からない。 「なぁに俺のメアリーと睨めっこしとるん?」 「め、めありー!?お前はまた知らない間に女の子を作って!?」 交際早々浮気を大っぴらにされたのかと愕然としていると、「ちゃうちゃう」と苦笑した宇佐美が真宏の目の前にずいっと出してくる。 「これの名前。メアリーてつけた」 チンアナゴのおもちゃが、びよんびよんいい笑顔で笑いながら真宏を見ている。 「ち、チンアナゴがメアリー?」 「俺の大親友やねん」 なー!とチンアナゴのメアリーと頷き合う宇佐美に、真宏は「なんだそれ」と笑う。 「なぁなぁ真宏、お風呂はいろぉ」 焚いてくる〜なんて言って宇佐美は浴室へ消えた。 その間真宏はメアリーとどう打ち解けようかドギマギしつつ睨めっこしてると、宇佐美がひょっこり顔を出す。 「まひぃー沸いたぁー来てぇ〜」 「はーい」 ちゃっかり一緒に入る事になってて不思議だが、あんだけ警戒心が高かった宇佐美に心を許してもらえて、何だかとっても嬉しい。 脱衣所で服脱いで、もくもくした室内に入ると宇佐美がバス椅子に座って真宏を待っている。 「メアリー気に入ったん?」 「いやぁ、先輩の親友なら打ち解けておかないとと思って手始めに挨拶を……」 「真面目か」 ケラケラ笑われて宇佐美の後ろに立つ。 「ではお客様、本日はどのようなコースにいたしますか?」 真宏の遊びを察したのか宇佐美はパッと笑って、「真宏たっぷり補充コースで!」なんて言うので笑ってしまった。 「なんだそれ」 「頭皮マッサージと〜あわあわいっぱいにして体洗ってぇ〜」 「仕方ないなぁ、本日はサービスで湯船でぎゅーしても良いですよ」 「はは!それ真宏がして欲しいんやろ」 宇佐美の声に、「バレたか」と返す。 シャンプーを手に取って泡立たせ宇佐美の濡れた髪につけて、ゆっくり指の腹で頭皮を刺激した。 段々泡がいっぱいになった宇佐美の髪の毛で、一本角を作ると、鏡越しに宇佐美と目が合って二人でゲラゲラ笑った。 二本角も中々似合っていた。 頭からつま先まで洗い終わると、宇佐美に「まひも座って」と言われて座る。 「本日はいかがいたしますかぁ〜?ちなみに、今日は真宏デーやからぜーんぶサービスしたるで!」 今度は宇佐美がお店をやってくれる気らしい。 楽しそうな彼の表情に真宏にも笑みが溢れる。 「んへへ、じゃあ俺も宇佐美いっぱいコースがいいです」 「よっしゃ!任せろ!」 宇佐美は案外手際よく真宏を洗った。 宇佐美のおっきな手が頭を撫でてくれたり、体を撫でてくれたり、いつもの指輪がない分、温かさを感じて凄く心地良かった。 二人で湯船に浸かって、ゆっくり宇佐美の鼻歌を聴きつつ、ふと口を開いた。 「ねぇ先輩さぁ、なんで俺とツバキ先生が話してた時"平気やろ"って言ったの?」 実はちょっとだけ気になっていたのだ、あの時の台詞。 真宏はあの時、先生の心配をよそに旭くんを何とかしたかったから、反論しようとしていた。 それを遮って、宇佐美は"平気"と言ってきた。 「あー俺が守ったろ思って」 「え?」 思わぬ言葉に吃驚して、後ろに居る宇佐美を振り返り見る。 「真宏は頑固やからツバキちゃんに何言われても何かしらしよるやろ?」 「う.......」 図星だったので何も言えない.......。 「せやったら、思い切り好きな事やったらええよ」 宇佐美は柔らかく微笑んで、真宏の頬を大きな手で包んだ。 「俺は真宏の真っ直ぐなとこに惚れてんねん。真宏が前見て走って転けたら俺がいくらでも起こしたるから、好きに走っとれ」 宇佐美の優しい手が真宏の顔を撫でる。 「迷惑やとかそんなん思うなよ。辛なったら真宏もちゃんと俺に言うんやで」 「.......うん」 「約束」 「分かった、約束する」 「ええ子」 満足そうに笑う宇佐美は、「そろそろ出よか」と言って真宏を立ち上がらせた。 二人で脱衣所で体を拭いて宇佐美のぶかぶかな服を着て、ドライヤーで乾かしっこしてマットレスの上に寝転がる。 「ホカホカやぁ〜」 宇佐美の言葉に、「うん」と返す。 さっきから何だか泣きたい気分だ。 なんでだろう。 凄く胸があたたか過ぎて、不思議なんだ。 胸がいっぱいで、堪らない。 ぼーっと天井を見ていたら、視界が歪んだ。 鼻がツンとした。 なんで、泣いて─…… 「あ、真宏が泣いとる」 そんな事を呟いてガバッと体を起こした宇佐美に吃驚して、「な、なんで分かったの!?」と思わず認めてしまった。 「やあっぱり〜!風呂出る時から泣きそうやったやん」 「……せんぱい、さいきん、すごい」 なんかホッとする。 宇佐美は真宏をぎゅ、と抱き締めて、「なにがぁ?」なんて言ってくる。 「……俺の方が好きなのになぁ」 ボソッと呟くと、宇佐美は軽快に笑った。 「言うたやん、俺は一途なんやで」 「……ずるいと思う」 口を尖らせれば、「何がやねん」と言われた。 いつの間にか涙は止まっていたけど、宇佐美はそれを理由に真宏の体を離したりはしなかった。 そのままぽすん、と二人で転がってぽつぽつ話す。 「真宏はよぉ泣くなぁ」 「……うん」 「ええ事やな」 「そうかな……。俺はあんまり好きじゃない」 「そうなん?俺は好きやけど」 あっけらかんと返され、くすくす笑った。 「じゃ、いっか」 「そそ。俺が好きやから問題無し」 「んふふ、理由になってないね」 「そぉかぁ?俺は真宏が好きって言うてくれたから、自分のことちょーーーっとは好きになったんやで」 宇佐美の台詞に今度は真宏がガバッと起き上がった。 「え!?本当!?」 「え、そんな驚く?」 とてもびっくりしたようで、宇佐美はビクッと肩を揺らしていた。 「うん、びっくりした.......嬉しすぎて.......」 「よぉわからんわぁ〜」 笑う宇佐美が可愛くて、愛おしくて、かっこよくて、ああなんだかもう、本当に溶けてしまいそう。 このまま真宏が宇佐美の一部になって、心の中から宇佐美の自己肯定感を上げてやりたい。 「はぁ……臓器になりたい」 「新種のボケか?」 ちょっと引いた顔の宇佐美に、「本音だったらどうする?」って意地悪してみたら、「そのままの真宏がええ」と抱きついてくるので、可愛かったから「そっか」て言っといた。再び二人で並んで横になった。 意識の遠くで眠気がやってきたような気がする。 「先輩さぁ、最近笑うね」 「え、俺わりと笑う方よ?」 「違う、.......なんかこう.......けらけらぁ〜って」 「そんな笑い方馬鹿なん俺」 ちょっとショック受けてるっぽくて「ちがうちがう」と訂正する。 「そうじゃなくて、本当に笑ってくれてる感じ?愛想笑いだとか、意地悪な感じじゃなくて、ほら、宇佐美ってしょうもない事で結構笑うじゃん」 この間、うんこマンを描いてあげたら何故かゲラゲラ笑ってひゅーひゅー呼吸してたのを思い出した。 あまりにも笑うから普通に引いた。 「なんで急に貶されてんの俺」 「だーから違うって!笑いのツボ浅いのも可愛いなって話」 「絶対ちゃうかったやん今の」 宇佐美は拗ねて、ぶー、と口を尖らせてしまった。 ありゃ、機嫌損ねちゃったな。 「真宏も、いっぱい笑うようになったな」 「え?俺結構笑ってません?」 自分では結構笑ってる気がしてたんだけど……。 「……んー、ほら真宏ってスンッ感じしとるから、あんま笑われへんイメージやったし、現に俺にはわりと小言も多いし」 「お?喧嘩か?」 ムッとして言うと、「ちゃうちゃう」と笑う。 「真宏がなぁ、ふにゃあって笑うのが見たくて俺も笑うんやで。俺が笑うと、真宏も笑うから」 なんだ知っていたのか。 宇佐美の笑顔が見れると、どんなにつまんなくても楽しくなってしまう。 釣られて笑うとか、そういうのもあるけど、嬉しい!楽しい!って心がいっぱいになって、いつの間にか笑ってる自分がいた。 「真宏が居らん時は、俺キリッとしとる」 「キリッてしてんの?」 想像したら面白い。 「しとるよ。眉なんかこーんなキリッとして、しゃんと背も伸ばしてなぁ、足も揃えてん」 「あはは!絶対嘘じゃん!!」 頭の中の宇佐美が面白過ぎて笑ってしまう。 「ふは、かわええなぁ」 優しげに目を細められ、ドキッと心臓が高鳴った。 「い、今のはずるい!!」 「なんで?キュンときたん?」 「きた!!ずるい!!」 ガバッとタオルケットを頭から被り、宇佐美から防御した。 「まーひーろー、出てこーい」 「やだ!!」 顔が真っ赤なのも見られたくないけど、今見たら心臓が爆発してしまいそうでしんどい。 「まぁひぃ〜。三秒数えて出てこぉへんかったら、ちゅーの刑やで〜えっちぃのかましたるわ」 宇佐美がさーん、にーい、いーち、と数えて、ぜろ、と言った。 バクバク、と心臓が鳴る。 「真宏、キス待ち?」 バサッとタオルケットを剥ぎ取られ、「っあ」と情けない声が出る。 「顔真っ赤やん。期待してんの?」 イタズラな顔で言われ、どかんっと感情が爆発した。 「ま、まままままままってない!!」 「吃りすぎ。えっどこ行くん?」 力が抜けて立てないので這って、マットレスから降りようとするとずるずると足を引っ張られダメだった。 「脱走したいん?」 「……したい」 「キスせぇへんの?」 「……」 「したいんやろ?」 「……」 「俺がしたいんやけど」 「……やだ」 ぎゅう、と丸まって顔を隠すと、ちゅ、とうなじに音を立てて吸いつかれた。 「ひっ」 と変な声を上げてしまう。 「色気ないなぁ真宏ちゃん〜。ほら、顔見してみ?安心せぇ、食わへんよ、まだ」 「……ま、まままままだ……とは……」 「そのうち分かる」 ぐいっ、と腕を引っ張られぼすんっと宇佐美の胸に飛び込んでしまう。 「さぁ真宏ちゃん、いっぱいお話も出来たなぁ?あとはちゅっちゅできたら大満足やねんけど、真宏屋さんはもう閉店ですか?」 「……へ、へいてんしました」 「ふぅん、そら残念やわぁ〜。けど宇佐美屋さんはまだ開いてんで?寄ってく?」 ん?と覗きこまれ、心臓がバクバクするのを感じる。 音が宇佐美まで聞こえてそうで、恥ずかしい…… 「……め、メアリーがみてるから……」 真宏の言葉に「ん゛ふっ」と吹き出す宇佐美。 肩を震わして必死に堪えようとしてるのが丸わかりだ。 「ほなメアリー捨ててこよか」 「そ、それは極端!!」 「せやけど真宏、うだうだ言うてキスさしてくれへんねやもん」 宇佐美のワガママ顔に、うぐ、と口を紡ぐ。 「恋人やし、ちゅーくらいええやろ〜、なぁ〜真宏〜」 酔っ払った親父みたいな駄々の捏ね方をする宇佐美に、「ま、まってよ」と返す。 「……もう少し、準備しないと……」 「なんの?」 「……こ、心の……」 「公園では熱烈な血ぃ出るキッスしてくれたやん」 「あ、あれは勢いがあったので!!」 宇佐美はガッチリ真宏をホールドしてじっと目を覗き込んでくる。 「頑固やなぁ」 ぶー、と不満そうだ。 そうは言われても、こちらはそういう、恋愛未経験だから.......キスもはじ、めて.......ってか、改まってするのが初めてだし、.......その、.......、 「ま、真宏が嫌ならええわ〜そろそろ寝よかぁ〜」 ふわぁ、と眠そうに欠伸をした宇佐美はあっさり真宏を離して電気を消そうと手を伸ばす。 あんなにしつこかったのが嘘のように、あっさり身を引く宇佐美にちょっと拍子抜けしてしまった。 「真宏?寝んで」 「……あ、あの……」 「なぁに?」 しょぼしょぼするのか、目をぱちぱちさせて俺を見る。 「……ねる?」 「うん、寝よぉ」 「そ、そう……」 自分から拒否っといてなんだが、そうあっさり引かれると、こうなんというか.......寂しいというか.......。 「あ、真宏ワガママな顔しとる」 宇佐美が楽しそうに微笑んでくる。 「わ、わがままなかお?」 「恥ずかしいけど、ちゅーしたいよーて思ってんねやろ」 「えっ!?」 そ、そんなこと思って..............な、無いこともないが.......っ! 焦っていると、パチンッと電気を消され、ああ本当に寝るのか、と残念に思う。 顔が見えないから思い切り残念な顔しても、分からないだろう。 「真宏は雰囲気でも分かりやすいなぁ〜。残念なん?」 「え、な、なんで……」 分かるの、とか言ったら認めてることになってしまう。 慌てて口を噤むと、宇佐美は面白そうに笑う。 「最近、真宏ばっか見とるからそろそろ真宏検定二級はいけんで」 「おばか」 ぽすっ、と宇佐美の横に寝転んだ。 宇佐美の部屋にはカーテンが無いから、月明かりが差し込む。 それでも今日は曇りだったからか、あまり明るくはなかった。 「.......ちゅー、.......したい」 暗いから、平気かもと思ってドクンドクン鳴る心臓を抑えて呟くと、ふふ、という笑い声が聞こえた。 「聞こえんかったフリしよ思っとったけど、声震えすぎやん、かわええなぁ〜」 ぐいっと抱き寄せられて、ちゅ、とおでこにキスをされた。 「くすぐったい.......」 「ほら、本番はこっちやろ」 顎を掴まれ上を向かされる。 暗いと思っていたが案外月明かりが明るくて、ぼんやりと宇佐美の顔が見えた。 宝石のような瞳が自分を捉えているのがわかる。 「……っん、」 吸い寄せられるように唇が合わさり、びくり、と体が震える。 ガッチリ抱き込められ逃げられない。 逃げる気は無いけれど、でも段々息が出来なくなってくる。 宇佐美は真宏の唇をはむはむしたり、舐めたり楽しそうにしている。 けれど、息が止まるのは苦しくて薄く唇を開けた。 すると、その隙ににゅるりと舌が入ってきて思わず目を開けて宇佐美から離れようとする。 「んッ、んーっ!!」 そのままくちゅりと咥内を弄ばれ、息が乱れて苦しい。 「……ん、大丈夫。気持ちーやろ」 低い声で囁かれ、ぞくりと体が震える。 気持ちいい.......? 宇佐美の舌が歯列をなぞり、上顎をなで、角度を変えて何度も舌を挿入してくる。 段々腰が浮いてきて、頭が痺れてきた。 必死に宇佐美についていこうとしたけど、当然追いつける訳もなく、あっという間に宇佐美のキスに翻弄される。 宇佐美の舌が動き回る度に、真宏の歯に宇佐美の舌ピアスがカチッと音を立てて当たる。 そのピアスを追いかけるのがちょっと楽しくて、いつの間にか宇佐美にしがみついていた。 「.......っは、.......ピアス好きなん?」 月明かりで、宇佐美の唇が唾液に濡れてるのがわかる。 ぼーっと見上げて、頷けば「そう」と微笑まれた。 「ん、.......あといっかい.......いいですよ」 そう言うと、「そぉか」と笑って、もう一度深いキスをしてくれた。 段々眠さに襲われて、宇佐美は口じゃなくておでこや瞼、頬っぺた、首、と軽いキスを落としてくれて、最後に唇に戻って、「おやすみ、真宏」と言ってくれた。 おやすみ、と返したかったのに、眠さに負けて返せていなかったような気がする。 おやすみ、.......宇佐美。 翌朝、宇佐美を叩き起し二人で登校して周りがざわつくのを感じつつ宇佐美と分かれて教室に行くとクラスはいつものように旭くんを囲って賑やかだった。 .......良かった、旭くん元気になったんだ。 心でほっとしていると、ハゼや久我に「おはよー」と声をかけられ、おはよう、と返しつつ席に着いた。 「あ、真宏!おはよう!昨日はごめんな!」 旭はぱちんっと手を合わせて申し訳なさそうに謝ってくる。 「ううん、具合はもう平気なの?」 「うん!もうバッチリ!」 そう言ってニコッと笑う旭に、可愛いななんて思っていると昨日の男子連中がまたゲラゲラ笑いながら会話に入ってきた。 「バカは風邪引かねぇのになぁ〜」 「旭、時々体よぇーよな」 「頭使い過ぎたんじゃね、久々に」 ぎゃはは、と笑う男子らに周りの女子は「言い過ぎでしょ」と少し嫌悪を示していた。 「俺馬鹿だからなぁ〜知恵熱かも〜」 へらりと笑って言う旭を見て、つきり、と心が痛む。 本当は傷ついてるんだよね? だったらやっぱり.......。 「あのさぁー、前から思ってたんだけどお前らの言動不愉快極まりないよね」 いつの間にかハゼが真宏の前の席に座って、ゲラゲラ笑っていた男子連中を睨む。 「一ノ瀬の事、バカバカってさぁ。僕から見たらお前らも馬鹿の部類だけど?」 鼻で笑う物言いに真宏は呆気に取られてハゼを見つめた。 「は、枦木……」 旭くんは困惑してるようでオドオドしている。 ハゼは元来こんなことを言うキャラではなかったと思う。 どっちかと言うと、自分や友人に害がなきゃ無視するタイプだった。 むしろ真宏の方が何でもかんでも首突っ込んで怪我するタイプだったのに。 クラスもしんと静まり返ってハゼと男子生徒達を交互に見ていた。 男子のうち一人がキレたように怒鳴る。 「はぁ?なに人が楽しんでダチと話してんのにマジになってんの?」 「つーか、枦木に関係無くね。こいつが頭悪ぃのは事実なんだぜ」 流石に反論しようとしたが、ぐっ、と左手を何かに掴まれてハッとする。 旭くが震える手で真宏の腕をこっそり掴んできていた。 あれ、もしかしてやばいのかな.......。 と思って彼を見ると、一瞬だけ不安な顔をしたけど途端にけろっと笑顔に変わった。 「ちょ、ちょっとやだなぁ〜お前ら!喧嘩しないでよ!俺はちゃんと頭悪いよ!?だから何言われてても大丈夫だよ〜」 ハゼを安心させるためかニコニコ笑って、間に入っている。 男子生徒達も彼の言葉に乗っかるように、「そうだよなぁ?」と安堵していた。 ああ嫌だな、こういうの。気持ち悪い。 旭くん、不安なくせに、辛いくせに。 「そうそう!だから枦木も大丈夫だよ。でもありがとうね、心配してくれて」 にっこり笑って言われたハゼもそれ以上は言えないらしく、「いや……」と複雑そうにしていた。 「ほら!なんかクラスが沈んじゃったよー!ごめんね、お詫びに山田が一発芸やってくれるって!」 いきなり振られた山田は「おれぇ!?」と素っ頓狂な声を上げて、クラスに笑いが起こった。 すごい、旭くんは本当にクラスのムードメーカーだ。 でも.......そういうのって、自分をすり減らさないと.......出来ないものなのかな。 だったら俺は、別にクラスがお通夜みたいな雰囲気だったとしても構わないのにな。 誰かの犠牲の上に成り立つような明るさは、要らないよ。 結局真宏は何も言う事が出来ずに、ツバキ先生が来て授業が始まった。 旭はその日二度と不安そうな顔をすることはなかった。 絶えず笑顔を貼り付けていた。 放課後、いつものように旭と数学準備室で勉強をしようとしていた。 扉を開けようと手をかけた時、旭が「あ!」と声を上げる。 「どうしたの?」 声をかけると旭は、えへへ、と照れたように笑う。 「数学のワーク、机に置いてきちゃった!ちょっと取ってくるね!」 「分かった、先入ってるね」 「はーい!」 旭は、足音を立ててたったっと走って行く。 そんな後ろ姿を見送って、一人準備室に入って待った。 今日はどこの範囲をやろうか。 旭、一気に詰め込みすぎると大変そうだからちょっとずつ教えて、教えた範囲の練習問題をやらせて、の方が自信もついて楽しそうだったから、今日もそうしようかな。 .......あ、ここは旭がすごい苦手そうだったとこだ。 今日も教えてあげようか.......、 「あれ?今日は伊縫だけか?」 ガララッと音を立てて入って来たのは、旭ではなくツバキ先生だった。 「いえ、今旭くん忘れ物取りに行ってて」 「へぇ、んじゃアイツも真面目に毎日やってんのな」 「よっぽど坊主が嫌みたいで毎日半べそですけど」 そう言うと先生は、ははっ、と笑う。 「本当にさせるわけねぇのにな」 「でしょうね」 真宏もツバキも冗談だとは分かってる。 「.......先生」 「ん?」 少し緊張しつつ、言葉を吐いた。 「.......旭くんが、あそこまで坊主を嫌がるのってもしかして……」 「.......」 嫌な予感に胸がザワザワする。 「かもな」 続きを言わない真宏に、ツバキは呆れたように呟いた。 「言われてんだろうなどうせ。周りの連中に。出来なかったら丸めてやるよって」 「.......俺の、せいだよね」 些細な事でいじめは始まるのだ。 どんなに小さくて、しょうもない事でも、人らは簡単にそれらを理由に虐め始める。 「いーや。いつだって悪ぃのは、善し悪しの区別がつかねぇ馬鹿の方だよ」 .......それはその生徒達の事なんだろうか。 「伊縫はどうなんだ」 「どうって何がです?」 首を傾げると、ツバキは少し言いづらそうに首をかいた。 「.......宇佐美と付き合ってんだろ。言ってくるやつは言ってくんじゃねぇの?」 もしかして、心配してくれてんのかな。 「今のとこはあまりバレてなさそうですけど、言われてはいるみたいですよ」 「みたいですよ、って、他人事かよ」 呆れ顔のツバキに苦笑した。 「匿名の批判なんてどうでもいいです。言いたいことがあるなら面割って話そうやって話です」 「どこのヤクザだよ」 くっくっ、と笑うツバキに真宏も笑う。 「嫌いなんです。噂なんてあてにならない」 実際宇佐美がそうだった。 何一つ、あんな噂当てにならなかった。 信じなくて良かったと、心から思っている。 「.......お前の強いとこ、ほんと涼雅にそっくりだよなぁ」 「あの人の弟なので」 似てると言われると嬉しくなる。 兄貴を誇りに思うから。 「もうちょい力があれば、お前継げたのになぁ兄貴の後ろ」 「やだやだ、痛いのも悪いのも嫌いなんです」 冗談めかして笑ってふと時計を見る。 彼が取りに行ってから十五分は経ってる。 流石に、遅い。 「なに、アイツ遅い感じ?」 勘づいたツバキに真宏は頷く。 「教室スグそこなのに十五分戻ってこないです」 胸がざわついた。 「.......マジか」 ツバキの焦った声に真宏も立ち上がって駆け出した。

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