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第14話
自分は臆病で弱い。
昔から、誰かの機嫌をとって生きてきた。
父と母はあまり仲が良くなくて喧嘩をいっぱいしてた。
母はストレスに弱くてよくイライラしていたし、父も仕事が忙しくて子供に構う暇なんてなかった。
虐待をされてたわけではない。
ご飯は一緒に食べたりしてたし、バラエティを観て皆で笑ったりもしてた。
だから、良い思い出も沢山ある。
けど一般家庭よりは喧嘩が多かったと思う。
旭が五歳の年に弟が産まれた。
何故か父も母も弟が産まれたら喧嘩しなくなった。
その代わり旭に"お兄ちゃん"を求めるようになった。
お兄ちゃんなんだから泣かないの
お兄ちゃんなんだから我慢して
お兄ちゃんなんだから、お兄ちゃんなんだから─……
お兄ちゃんって都合いいなって思った。
最初はやっぱり子供だから、急になんだよって思ってイライラした。
いっぱい怒ったし泣いたし、弟に八つ当たりもした。
けれどそしたら、父親に初めてぶたれてびっくりして泣き止んでそれ以来またぶたれるんじゃないかと怯えていた。
けど父親は叩いた次の日、旭に謝って抱き締めてくれて、久しぶりに抱きしめてもらえて嬉しくて旭は、大丈夫だよ、と笑った。
次に弟が話せるようになって初めて話した言葉が「にぃに」だった。
びっくりして感動して、すっごく嬉しくて、ふわふわのミルクの匂いの弟が可愛くて仕方なくて、それ以来旭はめいっぱい弟を可愛がった。
弟を可愛がったら可愛がった分だけ母も父も自分を褒めて可愛がってくれた。
旭への愛は弟の上に成り立っている、強くそう感じた。
だから、いつまでも愛されていたいから両親の機嫌を損ねないように、ワガママな弟のワガママを何でも聞いた。
旭の誕生日だけど、弟の食べたいケーキを選んだ。
旭の運動会だったけど、弟が駄々をこねたから"来なくても大丈夫だよ"って笑った
授業参観の日は何でか弟がいつも体を壊してたから来て貰えなかった
卒業式も迎えに来てくれたけど、式は弟が嫌がったからって来なかった。
何度も練習した卒業式のセリフを聞いて欲しかった。
両親に成長した姿を見て欲しかったんだけど、強請れるわけもなく、旭はただ台詞を一言叫んでぼんやり涙をこぼした。
成長した自分を見て泣いてくれていたのは先生だけだった。
この先生に出会えてよかったと思った。
そうして高校に上がったけど、上がったら上がったで何かが変わるわけじゃない。
弟は反抗期が加わってさらにワガママになった。
旭が時々体を壊すようになったのが気に食わないからって、いっぱい暴言を吐かれた。
"母さんに構って欲しいんじゃないの?"って笑われた時は流石にこたえた。
でも、"母さんっ子だからかな"って笑えた自分には流石に賞状でも与えてやりたい気分だった。
その後に初めて部屋で一人で過呼吸になった。
たまたま父が見つけて介抱してくれた。
その日から父は旭を少しずつ甘やかすようになった。
けど弟はそれが気に食わなくて日に日に旭への当たりが強くなっていた。
学校に来たらきたで、馬鹿だからとか、下に見られた発言をされる。
でももう慣れた。
自分は笑える子だし、我慢も出来るから大丈夫。
明るいムードメーカーやってられるから、大丈夫。
だからまた笑おうと思ってたのに、あの日真宏が真剣な顔で「旭くんは馬鹿じゃない、頑張ってる」って言ってくれて、凄く嬉しかった。
真正面から認めてもらえたことがなかったから、凄く嬉しくて、嬉しい時の正解が分からなくて過呼吸になってしまって先生にも真宏にも迷惑をかけてしまった。
だから真宏が今日一日不安げに自分を見ててくれて、しかも枦木も何でか知らないけど庇って喧嘩してくれて、最近嬉しい事がいっぱいで、だから……今俺は、……本当に、……天罰なのかも、と思った。
忘れ物を取りに教室に入ろうとしたら、中から聞き慣れた声が聞こえて足を止めた。
この声、いつもつるんでるヤツらのうちの二人だ……
中の話声に何となく耳をすませてしまう。
本当は聞かなきゃ良かった。
「……最近旭のやつなんなん」
「っつーか、旭じゃなくて伊縫と枦木だろ」
「あー、今日の?あれ意味分かんなくね?なんで俺らが責められてたん?」
「アレじゃね、偽善者ってやつ」
「あーね、伊縫たしか入学早々お前と喧嘩してたしな」
「あーあん時のまだムカつくわ」
ケラケラ笑う声に足が震えた。
……やっぱり俺、嫌われてたのかなぁ。
上手く、笑えてなかったのかな。
「まずまずさ、アイツの馬鹿は最早ネタだろ?本人もへらへらしてんだしさ、旭がキレたらまーあれだけど、本人も公認なんだからあそこまでマジになる意味がわからん」
「いやほんとそれな。ネタにマジで返されんの一番だりぃやつ」
「昨日の放課後の伊縫もマジ過ぎて笑えた」
「あーあれな、ウケるよな。真剣にさ、"旭は馬鹿じゃない"って言ってんの、思ってねぇくせに」
自分のせいで、真宏まで言われてる
「うぜーから、枦木も真宏も省んべ」
「お、やる感じ?」
「アイツらが謝ってきたら許してやらんことも……」
「あるわけねーべや」
ギャハハハと下品な笑い声が廊下まで響く。
自分のせいで、真宏も巻き込まれている。
いやだ、真宏は初めて俺を認めてくれたのに、俺の代わりに怒ってくれたのに、俺、真宏のこと傷つけたくない。
笑え、笑え、……笑って、
大丈夫だから
手に力を込め、ガラリと扉を開ける。
「よ、旭〜」
聞かれてないとでも思ってるんだろうか。
なんでもない様な顔で旭に近づく。
「なぁちょうど良い時に来たわ旭」
旭は咄嗟にニパッと笑って「なぁに?」と返す。
ああ本当に自分は弱い、弱虫だ。
なんにも言い返せない、相手と喧嘩すら出来ない。
弱虫の臆病者。
「なあお前、なんでお前伊縫と仲良くしてんの?」
二人は笑いながら旭に近づいてくる。
今までコイツらとつるんできたのに、何故か今は怖くてたまらない。
目の前の人間が仮面を被った黒い影にしか見えなくて、呼吸が浅くなりそうだ。
でもこんなところで過呼吸になったら、笑い者だ。
明日からクラス中から笑われることになる、絶対。
それなら今コイツら二人に頭を下げる方が、良いのでは。
そもそも頭下げたら許してもらえるの……?
いや許すって何?俺、なにか悪い事したっけ……
頭で考えるのが苦手なんだ。
それなのに、色んな感情と思考が入り交じって手足が冷たく痺れてくる。
大丈夫、落ち着け、大丈夫、大丈夫─……
「……な、なんで……?」
震える声は隠せなかったが、笑顔は作れた。
へらりと笑えば目の前の奴らはつまんなそうに言う。
「お前のさーその作り笑い何とかなんねーの?」
「バレバレだしさ、本当は俺らと居ても楽しくねーんだろ」
「え、そ、そんな事、ない」
「いっつも何されても怒んねーし、文句も言わねーし、場を和ませてくれてんのは分かんだけどうさんくせーんだよな〜」
「そうそう。人目気にしすぎっつーか、へらへらし過ぎて腹立つんだわ」
「どうしたら嫌がってくれんの?」
嫌な笑みを浮かべてじりじり近寄ってくる二人に怖くて、吐きそうだった。
なんだよそれ、なんだよ、なんだよ、なんだよ
俺の事大っ嫌いなんじゃん、なんで、今まで仲良くしてた、……きもち、わるい
はきそう、呼吸が整わない、
力が抜け、ガクッと倒れ込む。
「うわ、なに?ガチ?」
ぐいっと顎を掴まれて顔を上げられ、体が震える。
低い声に恐怖しかなく、ポロポロと涙が落ちる。
「は、泣いてんの」
「いや、あさひ、」
笑うなと言ったのはお前らだ、
.......それぐらい強く言い返せたら良かったのに、今の俺には出来ない。
今すぐここから逃げ出したい、もう遠くに行きたい
嫌だ、もうやだ
「これは─……ぐぁっ!?」
旭の顎を掴んでいた男が何でか呻き声を上げて吹っ飛んだ。
「えっ、……え!?……い、伊縫……と、せんせ……」
もう一人の男は少し青ざめた顔で旭の後ろを見ていた。
「帰りが遅せぇから来てみれば、何だこれテメェら」
恐る恐る振り返ればばちばちにブチ切れたツバキ先生と真宏がそこに居た。
「おい伊縫。教師命令でもう一人のやつも殴っていいぞ」
「は!?
男は驚いて尻もちをついている。
「な、なんだよ!俺ら話してただけだろうが!!なあ、旭!!」
なんて返したらいいか分からずに、はくはく、と息をする。
すると「うぐっ!?」と唸り声が聞こえガシャンガシャン!!と激しい音ともにもう一人のやつも吹っ飛んでいた。
「伊縫.......もーちょい手加減無しでも良かったと思うぞ」
「.......一応、痛いのも痛くするのも嫌いなんですよ」
真宏は低い声で呟き、男二人に近寄って行く。
男達は「違う、違う」とうわ言のように呟いている。
「何が違うの?俺まだ何も言ってないけど」
ま、真宏って怒るとなんか凄いオーラ.......圧?威圧感がすごい.......
「大丈夫か」
ふわり、と上着がかけられ先生を見上げる。
先生のタバコの苦い匂いがふわりと広がり、少し心が落ち着く。
「違うって!!俺は旭に謝って欲しくて!!」
「旭くんがお前たちに何をしたの?」
「だ、だから、お前も旭も偽善者ぶってうぜぇから謝るまではぶろうと.......」
「お、おい馬鹿かお前は!!」
一人がげろったのを見て、もう一人が焦ったように頭を叩いていた。
後ろで先生が「これだから餓鬼は.......」てため息を吐いている。
そして今のセリフに真宏の威圧感が更に増した。
教室内にいるプレッシャーが凄い。
「なぁ、偽善者ぶる事の何がいけないんだ?」
「.......え?」
真宏の言葉に二人キョトンとする。
「お前らは旭くんの明るさに救われた事無いのか?俺はある。旭くんは凄い。自分が傷ついても、辛くても絶対笑って俺らを明るくしてくれる。そんな人間滅多に居ない。俺には絶対に真似出来ないし、お前らだってそんな事出来ないだろ?」
.......真宏、そんなこと思って.......
「.......っだから俺らはそれがうぜーんだよ!!」
「どうして?」
「そ、れは.......」
「お前らさぁ」
旭の肩を支えつつ、ツバキは呆れたように口を出した。
「拗ねてんだろ」
「え?」
「え?」
真宏も旭も、男子生徒二人もキョトンとした。
「一ノ瀬は他人に頼ろうとはしないからな。コイツは頑固で見栄っ張りだから。お前らはそれが気に食わねーんだろ?」
「.......ん?どういうこと?」
真宏が旭の気持ちも代弁して聞いてくれる。
「つまりだ。コイツら二人は本当はちゃんと一ノ瀬の友達として好きなんだよ。だけど、一ノ瀬が辛い時も頼ってくれないから拗ねてるわけだ」
「え.......?」
「ち、ちがう、おれは別に.......」
何処か焦った雰囲気のそいつらに目を丸くする。
「お前らなぁ、頼って欲しいなら口に出せよ。わざと落ち込ませる様な事を言って傷つけて縋ってもらおうなんて馬鹿のする事だ。二度と誰にもやるな」
ツバキちゃんは強い口調で二人を叱る。
「一ノ瀬は自分の事は上手く話せねぇんだ。だからお前らがちゃんと一ノ瀬とダチになりてぇと思うなら、ゆっくり焦らせずに話を聞いてやれ。分かったか」
「.......」
「.......つ、つばきちゃ.......」
「お前も」
「へ」
ばちっと目が合い、ビクッと震える。
「言いたい事は成る可く言いなさい。少なくとも俺や伊縫、枦木も久我もお前の話をちゃんと聞いてくれる人間だ。何でも溜め込もうとするんじゃない」
先生の宥めるような叱るようなセリフに、どう返したらいいか分からず混乱して俯くと、どこからか「俺も」と聞こえてきた。
「俺だってお前の話聞く気満々だったんだけど」
「え.......」
真宏に殴られてほっぺたが腫れた方が、拗ねたように頬をふくらませた。
「.......そうだよ拗ねてたんだよ、ばーか、ばーか」
しょ、小学生かよ.......
まさかの展開に驚き唖然とする。
「俺も。お前の明るさに救われた事何度もあるし.......だから、力になりてぇって初めは思ってたのに、お前体調悪くても隠すし、なんかさ、信用されてないの丸わかりでめちゃくちゃムカついた……」
「そ、そんなこと.......ない、.......」
慌てて言うと、二人はキッと睨んでくる。
「俺らはそう感じたの!!だからお前を困らせてやりたくて.......正直、言いすぎた、と思う.......ごめん.......」
「俺も。さっき怖かったよな.......悪かった」
そ、そんな簡単に謝ってくれるとはおもわずびっくりして瞬きを沢山してしまった。
「なんだ、素直じゃないですか。え、じゃあなに俺はとばっちりで暴言吐かれたの!?」
真宏はまたイライラした顔をしていた。
「い、伊縫に関しては普通にムカついてんだよ!!」
「はあ!?何でだよ!!」
「旭がお前に懐いたから!!」
「え」
「はあ!?お前らどんだけ旭くんが好きなの!?」
まさかのセリフに二人とも少し顔を赤くした。
「なんだお前、愛されてんじゃん」
ほっとした顔の先生に、旭は驚き過ぎてどうしたらいいか分からない。
そんなに、好かれてたの?
ちょっと前まで嫌われてたと思ったのに.......友達に弱い所を見せたくなくて、心配かけたくなくて、弱いのを見せたら呆れられると思って、めんどくさいと思われると思って.......ずっとそうだったから、皆もそうだと思ってた。
何かと構ってくるツバキちゃんは変わり者だと思ってた。
真宏は単純に真っ直ぐで良い人。
裏表が無くてそばにいて安心した。
真宏と勉強してた時は自分に素直になれて、真宏が受け止めてくれるから安心して、楽しかった。
そうだよね、裏表ない人といるのは楽しいよね。
俺、今までみんなを気遣ってたのが、裏目に出ちゃってたのか、……そりゃ怒るよね。
わるいこと、したな。
「じゃあもう俺の事は嫌いのままで良いんでとりあえずもっかい旭くんに謝れば?」
「うっ.......ご、ごめんな、旭」
「.......ごめん。俺らのこと、嫌い、.......だよな」
真宏に言われて、しゅん、と項垂れて謝る二人はまるでお母さんに怒られた男児のようで面白かった。
おもわず笑ってしまう。
「.......ごめん、.......おれも、ごめんね」
二人の所に行き、頭を下げた。
「.......俺、苦手だから.......笑って誤魔化しちゃう.......すぐには、治せないかもだけど.......もっかい、俺に、ちゃんす、ほしい.......です」
そう口に出すと、二人はガバッと旭に抱き着いた。
「あさひぃ〜ごめんよぉ〜!!」
「ほんとにごめん!!ほんとにほんとにごめん!!もう言わないひどいことしないぜったい!!」
二人はぐすぐす泣きながら旭に何度もごめんと言ってくれた。
それが嬉しくて旭は二人の前で初めて、心から笑えた。
「.......ありがとう」
ふにゃりと笑えば、二人はまた泣きながら謝ってきたのでカオス過ぎて笑うしか無かった。
真宏に、「良かったね」と笑ってもらえて旭も「うん」て微笑み返した。
「じゃあ嫉妬で刺されても嫌なので、今日からは皆で勉強する?」
真宏の提案に他二人は「のった!!」と声を揃えて叫んだ。
ツバキはどこか安心した顔をして、「じゃーお前らもペナルティは坊主な」と言ったけど、二人は「まぁ旭とお揃いになるならいっか」なんて言うので、「お、俺、坊主になるつもりないよ!?」と旭は慌てて訂正をした。
笑われて終わったけど。
.......絶対赤点回避してやる.......!!
暫く旭は二人に抱きつかれたまま勉強をしたのだった。
相変わらず問題は分からなかったけど、我慢に耐えられなくてぐすぐす泣くと、二人は今までからは想像もつかない程甘やかして根気強く教えてくれた。
二度と、二人は俺に馬鹿とは言わなかった。
俺は、凄く嬉しかったのでやっぱり真宏はすごいなと思った。
「おわったあー!!」
中間考査が終わり、真宏は元気よく伸びをして隣の旭を見た。
旭は青い顔をしてぐったりと机に伏せている。
「大丈夫?」
笑いながら聞くと、旭はへらりと笑う。
「.......みんなにおしえてもらったとこ、かけたんだぁ」
力なく言うので面白くて可愛くて「頑張ったね」と言った。
すると、あの真宏が殴った日以来旭くんにくっついて回ってる男子二人、やんちゃの見島(みしま)と、まぁ割かしクールな柳瀬(やなせ)が旭の元へ来た。
今や旭の一番の友達はその二人になっていた。
初めの頃は見島と柳瀬の旭への態度の変わりようにクラスが驚いていたが、ベタ甘過ぎて誰も近寄れず次第にその状況にみんなが慣れていき今や日常茶飯事と化した。
「あさひー、どうだった?」
見島は明るい顔で旭に話しかける。
「.......見島におしえてもらったとこ、かけたよ」
ふにゃ、と笑って返されたのが嬉しかったのか見島は、「よーしよしよし!さすが旭だなー!」なんて言ってくしゃくしゃ頭を撫でていた。
旭も満更でも無さそうだ。
「俺が教えたとこは?難しかった?」
些かしゅん、とした様子で聞いてくる柳瀬に、旭は苦笑しつつも、「んーん!ちゃんとかけたよ!あってるかは、わかんないけど.......」と言っていた。
柳瀬も嬉しそうに、「そうか、頑張ったな」なんてベタ甘だ。
ほんっと、調子のいい奴らだ。
まあでも、彼が幸せな事に越したことはない。
微笑ましく見ていると、「んだよ伊縫」と見島が喧嘩を売ってくるので、「君を見てたんじゃないし」とそっぽ向けば、「ほんっと可愛くねーなー!!」とキレていた。
「まひろー、かえろー」
「はーい」
ハゼに呼ばれたのでカバンを持って立ち上がると、ぐいっと何かに引っ張られ振り向く。
「旭くん?」
不思議に思い見つめると、旭は照れくさそうに笑った。
「俺のために時間さいてくれたから、お礼したい.......!」
な.......な、な.......
「……旭くんって、本当に可愛いね」
おもわずビックリして真顔でそう言うと、旭が一番びっくりして「え!?」と顔を真っ赤にして驚いていた。
その瞬間見島と柳瀬が間に入って来て旭を背に隠した。
「お前、旭狙ってんのか」
「はい?」
「旭は可愛いからお前にはやらん」
「うわ、何その俺の娘はやらん的な感じ」
ひょっこり後ろから顔を出したハゼは呆れた顔をする。
「そうだ、まさにそれだ」
見島はドヤ顔でそう言うので、ハゼはじと〜っと二人をみた。
「陰湿な嫌がらせばっかしてたくせに」
「あ、あの件はちゃんと謝ったし!!好きが故だったんだ!!」
「へーへー、興味無いでーす」
ハゼは「行こー」と腕を引っ張ってくるので、真宏は慌てて旭に返した。
「今度ご飯いこうね!」
真宏のセリフに、柳瀬の後ろからひょっこり顔を出した旭は嬉しそうに笑って「うん!!」と返事してくれた。
なんか懐いてもらえて、嬉しいな。
ニコニコしていると、二匹の番犬がまた吠えてきそうだったのでさっさと教室を出る事にした。
旭くん、赤点回避出来てるといいけどなぁ、なんて自分の事はそっちのけで、旭くんの結果が気になっていた。
テスト返却日。
クラスがドキドキとワクワクに包まれていた。
旭は『いちのせ』なので真宏より先に名前を呼ばれる。
先生が「一ノ瀬」と呼んだ時、クラス中がしんとして息を飲んで旭を見守っていた。
真宏は自分の答案かのようにドキドキしてしまう。
旭はプレッシャーにも弱いのか、些か顔が青い。
「.......一ノ瀬、お前.......」
ツバキの低いつぶやきに、旭は一層青ざめて涙目で「せんせ.......」と呟いた。
そして、
「よくがんばったなぁ〜!!50点だぞ!」
「え」
先生は心底嬉しそうに、答案用紙を置き旭の頭をわしゃわしゃ撫でた。
クラスの皆も、見島も柳瀬も大喜びで「よかったねー旭ー!!」なんて温かい祝福の声が飛んでくる。
旭はよほど嬉しかったのか、答案をもって「まひろ!!まひろ!!」と駆け寄ってきた。
「よかったね!旭くん!頑張ったもんね」
嬉しくてそう言うと、旭はうりゅうりゅして「まひろぉ〜!!」と抱き着いてきた。
皆は「ヒューヒュー」だとか言ってくるが見島と柳瀬の視線は穏やかではなかった。
ま、気にしませんけど。
「まひろも一緒に合格したい.......」
不安そうに言ってくるので、真宏はグッと親指を立てた。
「任せといて」
そう言うと、「伊縫」と名前を呼ばれたので旭を残して立ち上がり、取りに行く。
「伊縫、何点だったと思う?」
ツバキに聞かれ、真宏は内心バクバク心臓鳴らせつつ「……まさか坊主点とか言わないよね……」と返すとツバキは満面の笑みを浮かべた。
「お前も頑張ったな、ジャスト九十だ」
「え!?ほんと!?」
大声を出すと、クラスからは「おおー!」と声が上がり何故か拍手が聞こえた。
「伊縫の坊主見たかったなぁお前ら〜」
『みたかった〜』
何故かクラスメイトは声を揃えて残念そうに言うので、「なんでだよ」と笑った。
また別の生徒たちが呼ばれ、喜んだり落ち込んだりしていた。
「真宏!やったね!俺たち頑張ったな!」
キャッキャ喜ぶ旭が可愛くて「そうだね、頑張ったもんね」なんてニコニコしちゃう。
「ま、僕は九十八だけどね」
「俺九十三だったわ〜」
ハゼと久我が自慢げに言ってくるので、「努力点は百点なの」と返しておいた。
因みに見島は不合格、柳瀬は頭が良いらしく余裕で九十点越えをしていた。
「なぁに?見島は坊主にしてくれんのー?」
ハゼはニヤニヤと見島を弄っている。
クラスもくすくす笑った。
「.......くっ.......この際仕方ねぇのか.......っ」
見島も元々覚悟はしていたようでわざとらしくそんな事を言う。
「へぇ見島、マジで刈んの?」
「刈るって言い方止めれ」
ツバキの台詞に見島はツッコんだ。
「あーあ、誰か心優しい奴が止めてくんねぇかなぁ〜あーあー坊主になるのいやだなぁ〜」
ちらちら、と旭を見てアピールしている見島。
旭は察したように、「うーん」と考え込む。
「あ、じゃあツーブロは?」
ナイスアイデアと煌めかせて言った旭の台詞に、「校則違反」とツバキ先生の声。
「じゃあ後ろだけ刈り上げとか?」
「似合わないんじゃないか?」
ツバキ先生って意外とオシャレに敏感な感じなのかな。
「なぁ旭よ、刈らなくていいんじゃない?って一言言って欲しいだけだ俺は.......」
めそめそ落ち込む見島に、旭は「あれ?そうなの!?刈りたいのかと思ってた……」と天然な発言をするのでクラスは笑いに包まれた。
なんだ、旭くんは根っからのムードメーカーなんじゃん!
そう気づいたら嬉しくて、安心した。
「ま、丸める話はまったくの冗談だが。今の時点で十点台しか取れてねぇやつはマジで焦ってくれ。特進科行きてぇやつはマジで焦れよ、そのままじゃどこも行けねぇからな」
ツバキはその台詞を皮切りに残りの授業時間をテストの答え合わせと解説に使った。
旭は安心したのかウトウトしていたが、頑張って起きて黒板の字を書き移そうとしていたけど文字がミミズみたいになっていた。
船を漕いでるのが面白くてそのままにしておいたら、ツバキ先生のチョークがていっと飛んできて旭くんのおでこにナイスヒットして、「あうっ」と唸っていた。
ごめん、旭くん、起こせばよかったね
と心で謝っておいた。
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