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第15話

「まひー」 という声と共に、まあいつもの如くクラスはしんとした。 「えー何今日うさ先輩と帰る日なのー?」 「うん、そうみたい」 そう返せばハゼは、「えー」だの「後出しはダメでしょー」なんて宇佐美に文句を言っていた。 そんな二人を苦笑しつつ見ていれば、真宏はクイッと袖を引っ張られ、「ん?」と引っ張った主を見た。 旭は少し照れたように、「あ、あのさ!」と吃りつつ話してきた。 「この間言ったお礼の話なんだけど……」 「ああ!お礼とか別にいいよ!普通に一緒にご飯行こうよ。この後とか空いてるよ」 律儀らしい旭は、どうやらその事をずっと気にしていたらしく真宏の言葉にパアッと目を輝かせた。 まあ宇佐美は連れていけばいいしな。 「あ、あのでも、その……」 旭は宇佐美を気にしてるらしくチラチラと後ろでハゼに歪まれているチャラ男を見ていた。 すると宇佐美は扉から入ってきて、のしっと真宏の肩に体重をかける。 「あ、コイツべそっかき太郎か」 宇佐美が思い出したように言うと、旭は「へ、べそっかき!?」と驚いている。 「お前坊主は免れたん?」 宇佐美に話しかけられて凄くビクビクおどおどしている旭は何だか、蛇に睨まれた蛙のようで可哀想だけどちょっと面白いので助け舟出さずに見守っていた。 「あ、はい……真宏とみんなのおかげで……」 「へぇやったやん、お疲れ。んじゃあ今日は真宏譲ったるよ太郎」 「た、たろう……えっ!?良いんですか!?」 宇佐美があっさり自分を譲るもんだから真宏も驚く。 「ええよ〜」 「宇佐美は行かないの?」 「俺行ったら太郎が可哀想やろ」 ケラケラ笑う先輩に、太郎……元いい旭はアワアワしている。 宇佐美が他人に気遣うなんて珍しい……? まあでもコイツはそういう奴か…… 「じゃ、今日食べに行こうか。ハゼ達も空いてる?見島とかも」 そう声をかけると、「あいてるあいてるー」というハゼらの声と、見島達の「お、おう……」という戸惑いの声がした。 「じゃ、行こう旭くん」 いつの間にか宇佐美は居なくなっていたので、みんなと一緒に近くのファミレスに行く事にした。 [chapter出来損ないヒーロー #15] 一通り全員が注文を終え、食べ物たちが届き食べ始める。 真宏はまた皆に、「どんだけ食うんだ?」と驚かれたがもうその反応は慣れたので、「満足するまで」と返した。 「てか、なんでさ宇佐美先輩と真宏仲良いの!?俺さっき初めて喋った!」 旭がワクワクした顔で言うので、真宏は苦笑しつつ「あーまあ付き合ってるからね」と言ってパスタを頬張る。 ナポリタン食べたい気分だったので口の中が幸せだ。 「え!?つ、つつつきあ!?!?」 奇声を上げる旭くんに負けずに、見島と柳瀬「ほぇあ!?」みたいな声を出していた。 「ちょ、うるさいよ三馬鹿」 ハゼが、しー!とジェスチャーして注意すると、三人は慌てて口を抑えてコクコク!とまったく同じ動きをした。 「えっえっでも付き合うってその、あの」 「ん?」 旭に聞き返せば、「ぁ、……いや……」と気まずそうに目を逸らされた。 「男同士じゃん」 恐らく、旭が言いたかったであろう事を見島が代弁した。 「うん、男同士だよね」 さらりと返し、パスタを食べ終えていた真宏は次の料理に手を伸ばす。 ミートボールいっぱい乗ったトマトソースパスタが美味しい。 「しかも宇佐美先輩はさ、その色々さ、……」 「分かる分かるお前らの言いたいこと」 ハゼは同意を示し、しみじみと頷く。 「まぁ今どき、珍しくねぇーだろ〜。偏見はあるだろうけどなぁ」 久我がフライドチキン頬張りつつそんな事を言う。 「まあそっか。俺は女の子が好きだけど、一緒だよね!てかさ、宇佐美先輩ってすごい優しいんだね!?俺ずっと睨み殺されるかと思って怖かったんだけど!」 旭はまあまあ重めの話題をさらりと受け流して、ニコニコになった。 「俺もびっくりだよ。宇佐美なりに旭くんのこと心配してたのかもね。初見が大号泣な旭くんだったし」 「あ、あれはほんとにお恥ずかしい……」 照れ照れと笑う旭に笑い返す。一方で、隣の見島と柳瀬は何やら考え込んでいた。 「なぁに難しい顔して考えてんの。自分の知らないこと考え込んだってなんにも解決しないでしょ」 呆れたように言うハゼに背中を押されたのか、見島が言いにくそうに口を開いた。 「あ、あのさ……俺は、偏見ある部類の人間なんだけど……」 「めちゃめちゃ素直に言うね」 ド直球できて流石に清々しくて、真宏は笑う。 「……変だとか、男好きとか気持ち悪いとかめちゃめちゃグルグルしてんだけど……」 「そう思う人も居るもんね」 「や、やじゃねーの?」 「え?」 思わぬ質問にみんなが見島を見た。 「あ、……いや、その、俺みたいな人間他にも絶対いんじゃん。男同士なんて有り得ねぇとかさ……俺、噂で宇佐美先輩と伊縫の事チラッと聞いてたけどデマだと思ってたから、正直ショック?衝撃?が凄いというか……」 見島なりになんだか一生懸命考えてくれてるようで、正直そんな向き合ってくれると思わず心がムズムズした。 「別にそんな真剣に捉えなくていいんじゃないの?クラスメイトに恋人が出来た、ただそれだけ事じゃん」 ハゼの言葉に旭は、「たしかにな!」と頷いてる。 「で、でもな、……」 見島はまだ何かが引っかかるらしい。 「俺は素直に言うけど、そういうの考えらんねーわ」 柳瀬はハッキリと、真宏の目を見て言った。 「や、柳瀬!」 旭が少し怒ったように名前を呼ぶ。 「だって俺の中では男女恋愛が普通だったからな。女を好きになって結婚して子供出来て自分らもジジイババアになって死ぬ、それが俺ん中の普通」 キッパリと自分の価値観を俺に告げる柳瀬に真宏はしっかりと頷いた。 「いいんじゃない?それもまた幸せのひとつだよね」 そう返すと、柳瀬は拍子抜けしたのか「ほへ」とアホみたいな声を出した。 「皆がそれぞれ幸せに思う道は絶対バラバラでしょ。どっかひとつは違うもんだよ。柳瀬がそれを幸せだと思うなら絶対その道を歩いた方が良い。ただ俺がそれに合わせる義務はないって話」 「……」 カリカリのベーコンを食べて飲み物を飲むと、まだ真宏の言葉に返事が来ないので続けて口を開いた。 「俺は他人に合わせて生きる事の方がしんどいし、苦手だからさ。自分が思った通りに生きた方がラクだし幸せ。宇佐美を好きだと思う自分を信じて生きるって決めたから、それにたまたま奇跡的に宇佐美が着いてきてくれただけ」 照れくさくて笑うと、ハゼが微笑んだ。 「ほら、ね?真宏ってこういう子だから、僕らは好きなんだよね」 見島と柳瀬は唖然と真宏を見た。 「真宏って本当に、カッコイイなぁ!!」 旭は何故かキラキラした瞳で真宏を見てくれる。 「そんな事無いよ、俺は旭くんの方が強くてカッコよくて可愛いと思うよ」 「あー!また俺の事可愛いって言ったー!やだー!!」 かっこいいがいい!ってじたばたする旭は子供みたいでやっぱり可愛い。 カッコイイってちゃんと言ったんだけどね。 「……ま、でもそっか。そうだよな、クラスメイトに恋人が出来ただけ、そりゃそうか」 見島がいきなりぶつぶつ言い出して納得していた。 柳瀬はまだ渋い顔をしていたけど、何も文句は言わなかった。 「俺はゲイじゃないけど、一緒に居て嫌だったら気遣わなくて大丈夫だよ、そういうの平気だから」 そういうと旭はムッとして真宏に反論した。 「えっなに、真宏は俺と離れても平気なの!?」 何そのメンヘラ彼女みたいなセリフ! 慌てて首を横に振る。 「そうじゃなくて!嫌なのに無理に一緒に居られたりする方が嫌だから、俺はなるべくみんなと仲良くしてたいけど、そう世の中が上手くいくもんじゃないって分かってるから、大丈夫だよって話で……」 「じゃあ世の中上手くいくようにしようよ!」 旭はキラッキラのオーラを振りまいて手を上げた。 「え?」 「だってさ、真宏たちはさ俺らが我慢する必要ないようにしてくれてるのに、片方ばっかり何かを我慢しなきゃいけないのはおかしい話じゃんか!」 ……そんな事、考えたこと無かった。 俺は無意識にそんなふうに考えてたのか。 少数派が我慢すれば……と。 なんだ俺も、まだまだだったんじゃん。 「一ノ瀬、頭良くなったね」 ハゼの驚きに、久我は「いい子だなー」と子供扱いして旭の頭を撫でていた。 「皆は変えられないかもしれないけど、俺ぐらいはそうしてたいと思う!皆がみんなの普通を否定しない世界になってほしいなって思う」 旭の言葉が心に染み込んでくる。 こんな風に笑って言ってくれる友人が、宇佐美やハルさんに居たら二人の運命は変わっていたのかな。 ハルさんも生きてて、今も宇佐美はハルさんと幸せに過ごせていたのかもしれない。 あの時のふたりはお互いしか居なかったのに、お互いすら居なかった、そんな孤独な世界で生きていたから……寂しかったろうな。 俺は恵まれてる……これ以上無いくらい、恵まれてるよな、宇佐美…… 宇佐美、受け入れてくれる人がここには沢山居るみたいだよ、よかったね、よかった…… 「俺、旭くんのことすっごいちょー好き……」 机に突っ伏してそう呟くと、「俺も真宏が好きだぞ!」なんて屈託ない笑顔で言ってくるので無性に泣きたくなった。 「俺、全然理解は出来てないけど旭の言葉は理解出来た。そういうのは俺もちゃんと思うから、もし……まぁ、お前に不都合があったら、……ほら、その……なぁ、柳瀬」 見島に振られた柳瀬は、ビクッと肩を揺らしつつも「え、あ、おう……そ、そうだな」と言う。 「俺らも、旭のダチになら仲間になってやらなくもねぇから、いつでも言えよ……しゃあねぇから力になってやる」 何故か上から目線に言われて真宏は、ぷはっ、と吹き出してしまった。 柳瀬達には、「俺らが真剣に話してんのに!」と怒られたが嬉しくて笑いが止まらなかった。 なんだ皆、本当は良い人なんじゃん。 まあ殴ったことは謝らないけど。 「ありがとう、嬉しい」 ふにゃりと笑えば、旭に「真宏かわいー!!」と言われたので顔を逸らしておいた。 よかったね、宇佐美。 世の中はそう悪いことばかりじゃないみたいだよ。 「なぁまたあそこのパフェ食べに行こーぜ!」 旭はニコニコで皆に笑いかけて先頭を歩いて行く。 話を終えた真宏達はファミレスを出て帰路についていた。 「美味しかったよね〜」 「てかさ、隣町に死ぬほど美味いラーメン屋って評判のラーメン屋が出来たらしーぜ」 柳瀬のセリフにピコンッとセンサーが反応する。 「ラーメン?食べたい」 そう答えると柳瀬は、「しかも超特大地獄盛りってのがあるらしい」と教えてくれた。 「うわぁ、なんか辛そうな名前」 「味は辛味噌らしい」 皆でワイワイ盛り上がっていると、後ろから真宏をよびとめる、聞き覚えのない声が聞こえた。 「あれ?真宏、くん?」 驚いたような声音に、真宏は、なんだ?と振り返る。 ハゼ達も不思議そうに真宏の視線の先を一緒に見つめた。 「真宏くんだよね!?」 キラキラした目をしたやんちゃそうな男の子は真宏の肩をガシッと掴み、話しかけてくる。 「そ、そうだけど……どちら様ですか?」 こんな金髪でピアスジャラジャラ着いた如何にもヤンキーです、みたいな人と知り合いだった記憶ないんだけど…… もしかして涼兄の仲間の弟とか? だとしても俺は結局関わりはないしなぁ…… 頭の中でグルグル考えていると、男の子はガバリ、とそのまま抱き着いてきた。 「会いたかったよ真宏くん!!!」 彼から耳としっぽが見える。 ぶんぶんちぎれるんじゃないかってくらい尻尾振ってる気がする。 「え?」 戸惑っているとハゼと久我が真宏から男の子を引き剥がした。 「誰?お前。真宏が困ってるからやめて欲しいんだけど」 ハゼが威圧感を出して彼を睨むと、男の子はそんなの眼中に無いのか真宏の方に再び身を乗り出す。 「ねえ真宏くん!!俺ずっと君を探してたんだ!俺だよ俺、中学ん時一緒だった─……」 「あー!!」 真宏が昔を振り返るより早く、久我が思い出したように声を上げた。 「なに、うるさ」 ハゼがイラついた顔で久我を見ると、久我は「お前あれだろ」って男の子に話しかけ始めた。 「渋高の葉山だろ、お前」 しぶこーのはやま? 中学の時一緒だった葉山……? 記憶を辿りそんな名前の生徒を思い出そうと思考を回転させると、「あ、」と一人思い当たった。 まさか、葉山って彼? でも俺の知ってる葉山くんってもっと、…… 「なあ思い出した?真宏くん!俺、葉山だよ!葉山 太一(はやま たいち)!同じクラスだったよな!最後の二年間!」 ニッコニコで話しかけてくる葉山に真宏ようやくは頷いた。 「思い出したよ。あの時の葉山くんだったんだ。俺の知ってる葉山くんと全然ちがくて分かんなかったよ」 笑って言うと葉山は飛びきり嬉しそうに笑った。 「俺変わったんだ、あれから!強くなりたくて!」 「そっか」 "変わりたくて"か。 中学時代にはあまり良い思い出が無いんだよな。 「ねえ真宏くん。俺とまた友達になってよ!連絡先交換しよ!」 押しの強い葉山に押し切られ、携帯を渡せば多分チャットアプリの連絡先を登録してまた返された。 「じゃ!今日はちょっと用事あるんだけど、また今度会おうね!またねー!」 嵐のように慌ただしく手を振って去っていく葉山を見送る。 「なあにあの柄悪いの」 あからさまに不機嫌なハゼに苦笑した。 「中学の時のクラスメイトだよ」 「それにしては随分親しそうじゃん」 言葉の端々に棘を感じつつも、「まあ、」と返した。 「ただのクラスメイトよりはちょっと親しかったかもね」 「ふーん」 不機嫌なままのハゼに、によによする見島は話しかけた。 「あっれぇー?ハゼく〜ん、もしかしてやきもち?親友の座は渡さねーぜってか?」 「んな事言ってないでしょ」 「いでっ」 ごつん、とハゼに頭を殴られた見島はぶーぶー口をとがらせて文句を言っていた。 そんな二人を見て皆でゲラゲラ笑い、再び帰るために歩みを進める。 再び歩き出して一歩後ろから皆を眺めた。 各々楽しげに話して穏やかな空気が流れている。 今ここにいる人たちは、俺や宇佐美を邪険になんてしない人達だ。 もしこの場に宇佐美が居たら、宇佐美もこんな風にあたたかい気持ちを味わえただろうか。 少しは彼の胸にこびりついた寂しさを溶かせただろうか。 きっと俺だけでは取り除けないであろうその錆を、この人達なら取り除いてくれそうな気がして、……そんな人達が居るこの世界もまだ捨てたもんじゃないと宇佐美は思ってくれるかな。 ……なんだろう、とてつもなく宇佐美に会いたくなった。 会いに行っても良いかな。家にいるのかな。 宇佐美に会って抱き締めたい。 ハゼ達と解散して一人、宇佐美の家へと向かう事にした。 早く会いたくて居るかわからないのに足早になって、手土産なんか買うの忘れて思い切り歩いた。 少しずつ景色が移ろって寒くなってきている。 この間までは夏だったのにな。 茹だる暑さに宇佐美と弛れていた。 宇佐美のアパートが見えて走った。 たんたんたん、と軽快にボロい階段を駆け上がりワクワクしながら扉を開ければ、乱雑に脱ぎ捨てられた靴がある。 「せんぱい!来ちゃったんですけど、いますー?」 まひろですよー、と声をかけながら入ると「おいでませー」と眠そうな声が返ってきた。 嬉しくなって駆け寄れば宇佐美はマットレスに寝転がって雑誌を読んでいた。 「食い終わったん?」 「おわった〜」 「家帰らへんの?」 「んー、先輩に話したいことあって」 荷物をぱぱっと置いて、上着を脱いで宇佐美の隣にぽすっと横になる。 「なに?」 宇佐美は雑誌を閉じて真宏を見つめてくる。 「うん。今日ね旭くんたちに俺らのこと話したんですよ」 「旭……?あの、泣きべそ小僧か?」 「そそ。隠す事も無いかと思って話したんです。そしたらね、」 「うん」 「……賛否両論あった。でも、案外世の中の人達は優しくて寛容なんだって思いました」 「……」 黙って俺の話を聞いてくれる宇佐美。 宇佐美の無防備な手を握る。 大きくて暖かい手。 「俺みんなの話聞いてて、ハルさんの事考えちゃってさ。会ったことも無いのにね……。ただ、ハルさんがあの空間に居たら喜んでくれたのかなって、笑ってくれたかなって思ったら、悔しくなっちゃって……で、先輩に会いたくなった」 「そうか」 「ハルさんと出会ってた頃の宇佐美があの空間に居たら、良かったのにな……そうだったとしたら、きっと俺と先輩は関わらないで先輩はハルさんと暮らしてたんだと思う。でもそれでも俺、……ハルさんや宇佐美にみんなの言葉きいてほしかった」 いつの間にか強く握りしめていた宇佐美の手は、優しく握り返してくれていて心が締め付けられる。 「……そんなに優しかったんなら行ってよかったな真宏」 ふわりと微笑む宇佐美に、頷く。 「……うん。だからね先輩、先輩は俺だけじゃなくてハゼも久我も、まお先輩も、旭くん達も俺の家族だってみんな味方なんだよ。 一人じゃないんだって、知っててね」 宇佐美はくすり、と笑う。 「せやな。真宏のおかげ。それと、真宏を譲った俺のお陰やな」 「はいはいそうですね」 人が大真面目に話してんのにさぁ!!もう!! でも少しでもポジティブな解釈が出来るようになってくれたのは、嬉しいかな。 「真宏は俺とおって後悔しとらん?」 「するわけないでしょう」 訝しげに宇佐美を見ると、宇佐美は眉を下げて微笑む。 「真宏にはええ家族が居んのやから、ちゃんと自分のことも考えなあかんよ」 ……?それはどういう事? 「宇佐美は俺と遊びで付き合ってるの?」 「なわけあるか」 「じゃあ今のはどういう意味?」 眉を寄せて問い詰めれば、宇佐美は一瞬迷った顔をしたけど「なんでもないわ」と誤魔化した。 「なんでもないわけ─……」 「俺は真宏を嫌になる事なんか何があってもこの先絶対無いから、それだけは信じて忘れんといてな」 真っ直ぐに見つめ返され、思わず頷くしか出来なくなる。 「さ、そろそろ帰りぃ〜。外暗なんで〜」 「う、うん」 結局誤魔化されて終わった気がするけど、それ以上は聞けず渋々家へと帰った。 ちょっと聞いて欲しいんだけどさあ。 先日宇佐美の所へ突撃訪問した時から、なんだか宇佐美の様子がおかしい気がするんだよね。 いや特に何があったって訳でもないんだけど、な〜んか避けられてるというか? いや目が合ったら微笑んでくれるし、お昼休みも会う頻度は変わらないんだけどね? なんかね?こう……野生の勘って言うの? なんか変なんだよね。 気のせいなのか? ……と、そんな疑問を抱えはじめて早三日。 今日もハゼ達と共に宇佐美とまおを連れて屋上に来た。 ピコン、という通知音がして携帯を見る。 「なんか真宏、最近よく通知来んじゃん」 ハゼの不思議そうな声に苦笑して答える。 「葉山くんから頻繁に来るようになったんだよね」 「葉山って……ああ、あのヤンキーか」 つまんなそうに言われ、ヤンキーだったか?と首をひねった。 「新しいふれんず?」 「ふれんずって……いや、中学の時のクラスメイトです」 宇佐美は真宏が渡した弁当をもぐもぐしつつ聞いてきた。 こうやって皆といるとどこもおかしい所は無さげだけど、やっぱり絶対おかしい気がするんだよなぁ。 「ふーん。ケータイって、便利なん?」 真宏が目まで作ったタコさんウィンナーを容赦なく頭から齧りつつそんな事を言う宇佐美に、ハゼも久我もまおも「え!?」と声を揃えて叫ぶ。 「うさ先輩携帯持ってないの!?」 「今時いんのかよ……ケータイ持ってないやつ……」 「てっきり女の連絡先しか持ってねぇんだと思ってた……」 ラストにさらりと失礼な事を言うまおに真宏は少し笑ってしまった。 「買われへんやん。なんぼあってもガキじゃ足りひん高級品」 どの口が言うんだ現役おミズが、と思ったが言わないでおいた。 「えーじゃあ、真宏と電話とかしたりしないんだ」 「でんわ……」 「おはようメールとか、お休みメールとか」 「めーる……」 「真宏の寝顔撮ったり、ラッキースケベを撮って保護かけたり」 「らっきぃすけべ……」 「それは違うだろ」 ハゼと宇佐美の掛け合いに思わずつっこむ。 皆の言葉に宇佐美はもぐもぐしつつ、うんうん、と唸っている。 「まあ別にいいじゃないですか。俺だって防犯の為に持たされたのがハジマリだしさ、先輩は今までなくても平気だったんだから生活に必要ないんだよ」 そう言ってみるけど、宇佐美は納得いかないような顔をして唸る。 「まひは俺と電話できたら嬉しい?」 唐突な問いに一瞬キョトンとしてしまう。 でんわ……宇佐美と? ………………。 「うわ、真宏顔真っ赤」 …………………………。 宇佐美のちょっと掠れた声が耳元で……? 昼夜問わず聞けてしまうかもしれない魔法のテレフォン……。 「俺とおはようメールとかおやすみメールとかしたい?」 朝起きたら宇佐美から「おはよう」って変な顔文字付きで送られてきたり……いや、俺の方が起きるの早いのでは…… でも寝る時は「おやすみ」って来るかもしれない…… 寝る時を分かち合えるかもしれない……? そしたら今よりも恋人らしさが……? 「うわ真宏から湯気出てる」 「人体から湯気って出るんだな」 「いや出ねぇだろ普通」 なーなーまひろぉー、とゆらゆら揺らされ、ぷしゅうと倒れ込む。 「あ、倒れた」 ハゼの言葉が聞こえ、精一杯口を動かす。 「……でもさ、未成年は買いにくいから買えないよ」 「かいにくい?」 宇佐美はハテナを浮かべた顔をして見つめてくる。 「ああ、親権者のやつね」 ハゼのセリフに宇佐美はピクリ、と反応する。 そう。 未成年は親権者の同意書と本人確認書類とかがないと確か買えなかったはず。 ……だから、宇佐美には買って欲しくない。 「……ふぅん」 一気に興味を無くしたように返事をする宇佐美に、慌てて起き上がる。 「でも!!その代わり毎日学校来れば生で俺に会えますよ!!お昼も愛妻弁当!!」 「愛妻って自分で言うんだ……いや真宏はまだ妻じゃないじゃん……いや、妻か」 ハゼの言葉なんか聞こえないフリをして、ばっと腕を広げて宇佐美に必死にアピールする。 宇佐美は真宏の心を察したのか、ぷはっと吹き出して「せやせや!!」と笑う。 「モノホンの真宏がいっちゃんええに決まってるわ〜!!」 ぎゅう〜っと抱き締められ、こっそり、ほっと息を吐いた。 出来るだけ義父には関わらせたくない。 宇佐美が携帯を欲しがって義父に何かをされるのが嫌だし、……ていうかなるべくあの人には会って欲しくないから、このままでいい。 電話もメールも、写真も、宇佐美が傷つくならそんなの無くていい。 今目の前にいる彼が、こうやって笑ってくれるのを傍で見られるんだから充分だろう。 そう、思える今が幸せだったのに、…… 「まひ!!携帯買うたよ!!電話しよ!!」 先週、携帯の話題が出た直後から、丸々一週間行方知らずになっていた我が恋人が、ぶんぶんとしっぽを振ってニコニコそこに立っていた。 「へ?」 「じゃーん!!みてみて!!真宏とイロチのおそろ!!ピッカピカやな!!いかつ!!」 目の前で無邪気に携帯の入った箱を開ける宇佐美に真宏は口をあんぐり開けて見つめる。 「なあまひ、説明よぉわからんかった!!結局どーすればメールできんの?真宏と電話もしたいんやけど」 なんこれ、ボタンないん?すぐ触ってまう……とか一人でブツブツ言う宇佐美。 いや、……いやいや。 俺、一週間前なんて言った? 携帯なんかなくていいよって言ったじゃんね? 「……それ、どうしたの?」 恐る恐る聞くと、パッと顔を明るくする宇佐美。 「あんな、たまたまショップ見つけてん。こないだ話しとったし見たら真宏とお揃いのがあったからな買うたんよ!それよかなあーこれどこ触れば真宏ん事撮れんの?」 そりゃ街に店はぎょーさんあるだろうよ。 「……いや、自分だけじゃ買えなかったでしょ」 聞きたくなかったけど、聞かざるを得なくてそう言うとさっきまで明るかった宇佐美は「あー」と気まずそうに目を逸らしてくる。 「どうやって買ったの」 いやー、いろいろ? だなんてはぐらかしてくる宇佐美の手首を掴む。 「こんな赤い痕つけて何も無かったなんて言わないよね」 携帯の話をした日以来ぱったり登校しなくなって、心配でボロアパートを尋ねたけど留守で、次はどこに行けば会えるのかと思っていた矢先、ピンポンと家のチャイムが鳴って出てみれば宇佐美がニコニコ立っていた。 「携帯買うたよ!電話しよ!」なんて嬉しそうに。 けど部屋に上げて明るい所で彼を良くみてみれば、無邪気に喜ぶ姿に似合わない赤黒い鬱血痕やら、拘束された痕やらが服の隙間からチラ見えしてるわけ。 どうやって買ったのか、聞くべきだろ。 「……真宏とメールしたかってん」 「うん」 「朝起きておはようの電話とか、おやすみの電話とか、声聞きたい時に便利やんか」 「そうだね」 「真宏の寝顔も撮って眺めたいし、ラッキースケベもやりたい」 「やりたいはおかしいな」 「……買うてもろてん」 しゅん、と耳が垂れたように見えてしまうほど急に元気を無くしてしまう宇佐美に、はぁ、とため息を吐く。 「……お義父さん?」 真宏の問いに、こくり、と頷く宇佐美。 「でも、これでみんなと同じやで」 何も言ってないのに真宏の機嫌を取るように眉を下げて笑って真宏を見てくる宇佐美に、何とも言えない感情が襲ってきて思わず抱き締めてしまう。 「まひ?俺平気やで。慣れとるし」 この人は、本当に大馬鹿だ。 「真宏とな、やりたいこといっぱいあんねん。嫌やん、俺のせいでやりたい事が制限されんのは」 違う、お前のせいなんかじゃないだろ。 俺は、携帯要らないって本当に思ってたんだよ。 お前にそうやって傷ついて欲しくなかったから。 なんだよ、俺と電話したいってメールしたいって、そんな傷つけてまで、嬉しそうに笑って普段絶対家に来ないくせにこんな時ばっか来てさ。 「……痛かったんじゃないの」 ぎゅう、としがみつくとあやすように、ぽんぽん、と頭を撫でられる。 「ぜーんぜん!」 嘘に決まってんのに、俺が怒ると思ったから隠したの? 俺が泣くと思ったから言わないの? もうやだ、俺が宇佐美を傷つけさせてるみたいじゃんか。 ああ嫌だ、嫌だ、嫌だ....... 「……ごめん、なさい」 少しでも期待した俺が悪いみたいじゃんか、付き合ったのが間違いみたいじゃんか、 好きになった瞬間から、俺は宇佐美の邪魔な存在なんじゃないか。 「え!?なんで謝んねん!!」 純粋に驚いてる様子の宇佐美。 ……この大バカ野郎。 「まひ、泣いてんの?」 心配したような声に、ふるふる、と首を横に振って答える。 「なら顔見してや」 おいで、と言われて宇佐美の肩口から顔を離し見上げる。 「ほんまや、泣いてへんな。ムスッとしとるけど」 クスクスと笑われ、余計頬が膨らんでいく。 「すまん。もっと隠せばよかったな」 気まずそうに袖を隠されその手を掴んだ。 「嫌だ」 真っ直ぐ見つめ返して言えば、宇佐美は「え?」と瞳をぱちぱちさせた。 「隠さなくていい」 「まひ泣くやん」 「泣かない」 「でも見たないやろ?」 そりゃあ見たくないよ、恋人が傷ついた痕なんて。 でも、 「見たくないっていうのは、先輩が初めから傷ついてない姿のままを見ていたいからって意味で、傷ついたなら全部見せて欲しいです。でも貴方が隠すなら、もし俺が傷ついた時俺も自分の傷を隠します」 きっとすぐに隠してしまうんだろう、この人は器用で頭が良くて、優しいから。 でもそんなのは絶対にダメなんだ。 今回は俺のせいで傷をつけさせてしまった。 薄々どこかで分かってたんじゃないか? 宇佐美は自分を省みない人だ。 傷ついても、苦しくても、辛くても、痛くても、我慢すればどうにかなる、もしくは死んだって構わない、そう思ってるから平気でやろうとする。 死に限りなく近い人。 分かっていてそのままにしていた俺も悪い.......よな。 「少しムカついてるんですよ俺は。ねえ先輩。前に"自分の事をちょっとだけ好きになった"って言ってくれたでしょ」 「……ああ、言うたな」 見つめてくる碧い瞳はゆらり、と不安げに揺れる。 「自分のことを好きになるって言うのは、自分を尊重して蔑ろにしない事だと俺は思ってます」 だからね、先輩。 「誰かを楽しませる為に自分が我慢しなきゃいけないのはおかしい事なんです。俺は確かに先輩と携帯で繋がれて嬉しいですよ。いつでもどこでも失踪癖のある貴方と唯一繋がれる物が出来て嬉しいです。……でもね、」 俺は貴方の恋人なんですよ。 貴方が思ってる以上に俺は先輩の事が、 心から、大好きなんです。 「……貴方の苦しみの上に成り立つ幸福なら俺は今後一切欲しくないんです」 増えていく傷を見る度に悲しくてたまりません。 こんな事をしないと周りと同じように生きれない宇佐美に苦しくなる。 なんで、同じ時を過ごしているのに、同じように笑えないの。 宇佐美ばっかり泣かなきゃいけないの。 いや、この人は泣いたりしないね。 泣かないから苦しいんだ。 痛いまんま、誰にも手を伸ばさないから。 ……くるしい。 「……真宏」 じんわり、ゆっくり、存在を確かめるように名を呼ばれる。 「……それでも俺は、今、お前と恋人で居りたいねん」 縋るように抱き締められる。 「……何言ってんの、そんな事しなくても俺は先輩の恋人だよ」 「……うん」 真宏の肩口に伏せた宇佐美の篭った声。 その不安げな声に、こちらまで不安になる。 なんで宇佐美はここまで必死になってくれるの? 俺の方が先に好きになったし、俺が押し付けまくって付き合ってくれたようなもんなのに、どうして今の宇佐美はこんなにも、"離したくない"とでも言いたげなんだろうか。 好きだから、……本当にそれだけ? 「なあ、真宏」 「はい」 この少しハスキーな声が大好きだ。 柔らかく紡がれる言葉たちは、宇佐美の穏やかさがよく表されていてやさしい気持ちになれるから大好きだ。 大きくて骨張った手も大好き。 光にあたるとキラキラ光る、宝石よりも美しい瞳が好き。 大切に抱きしめてくれる腕も、駆け寄ってくれる足も全てが大好き。 宇佐美を形成する全てのものが理由もなく際限なく好きなんだ。 「……もし、明日明後日、……いや、生きる将来、なにがあっても俺はお前の事を絶対大切に想っとるよ」 どんな人生を歩もうとも。 「.......ごめんな」 宇佐美のセリフに、「……え?」と問い返そうとした時、バッと体を離され「ほな、ちゃんちゃんや!はよ携帯教えてや!」と会話を逸らされる。 「……いやその前に今のって……」 「はよせんと帰りの時間になってまう〜!」 「……え、ああ……はい」 煮え切らない感情になりつつも、宇佐美がすっかりニコニコ教えてモードに入ってしまったので、仕方なく携帯の操作を教える事に集中した。 ちなみに宇佐美は今流行りの緑のアイコンの有名チャットアプリを知らなかったらしい。 教えた時は「ふぉおお!!」と感動していて可愛かったです。 宇佐美に携帯を一通り教えてやると、キラキラした目でカシャカシャ真宏を撮ったり、ワン切りするイタ電してきたり、無駄にメールを送ってきたり、まあめちゃくちゃはしゃいで帰ってった。 初めておもちゃを買ってもらった子供くらい……いや倍以上はしゃいでいた。 そんな宇佐美の携帯をいじってた時に、連絡先には既に義父の名前だけが登録されていて、モヤモヤしたのを覚えてる。 そのままちょっと八つ当たり気味に、「なんでそこまでして欲しかったの」と言ったら、ちょっと口を尖らせた宇佐美は「……真宏がたのしそーに知らん奴とピコピコやっとったやん?……嫉妬」と拗ねたように言ったので可愛くてその時はモヤモヤは吹っ飛んだ。 結局今思い出して再びモヤモヤしているわけだけど。 『周さん』……あまねさん、か。 登録されていた名前を反芻し、ため息を吐く。 子供が大人に勝てる方法は何かないのだろうか。 ってかそもそも、宇佐美はなんであんな扱いを受けてるんだ? 宇佐美パパは何を思って息子に手を出すんだ。 たとえ血が繋がってないとはいえ、普通はそんな対象にはならない。 ……普通は。 それとも宇佐美パパにはもっと別の目的があるのか? あの人をそうまでして関わりを持たなきゃいけない何かが。 「あー……いやだ」 宇佐美の前では出なかった涙が今になって溢れてくる。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ 誰にも触れさせたくない 先輩は俺の恋人なんだ。 「…………むかつく」 なんで俺はまだ、無力な餓鬼なんだろう。 零れゆく涙に抗うことなく目を瞑り、震える息を吐いた。 [newpage] ぴろりん、と電子音が鳴る。 携帯に目をやればピカピカと通知を知らせるライトが点滅していた。 「またあのヤンキー?」 じとり、とハゼに目を細められ真宏は「まぁ、多分」と返事をした。 葉山くんと思わぬ再会をした日以来、結構な頻度で彼から連絡が来るようになった。 一日に何十件ものやりとりをするのは中々大変で、授業中は携帯を開けないので休み時間に纏めて返事しようと画面を開くと、百件近い通知が来ていて流石にため息を吐いたのがつい先日のこと。 「まあダチならメール来てもええんちゃう?」 何をおっしゃる。 ついこの間、嫉妬した、なんて可愛い顔で言うとったやろがお主。 「いや違うんだって。異常なんだよ、数が」 じ、と見つめられたので俺は大人しく今日はまだ開いていない携帯の画面を見せる。 「……一◯◯件」 宇佐美の呟きにハゼは「煩悩の数じゃん。きっしょ」と言い捨て、まおは「ストーカーじゃね?」と苦笑い。 「けど陰湿な感じってわけでもねーよなあ」 久我が菓子パンを頬張りつつそう言うので真宏も便乗しておにぎりを齧り頷いた。 「そうなんですよ。別に嫌がらせされてるわけじゃないし何かをしつこく聞かれてる訳でもないし。俺に害は無いから」 「いや害あるでしょ。この通知数が既に害だよ」 まあそうなのかもしんないけども。 久しぶりに会って嬉しかった、とか懐かしかった、とかそんなとこでしょ。 俺も久々に会えて元気そうで嬉しかったし。 「真宏さぁ、他人の事に関しては善し悪しの判別つくのに自分の事には無頓着なの?良くないよそういうとこ」 「別にそんなつもりじゃないけど」 俺は俺を蔑ろにしてるつもりなんてないし、本当に良いんだよどうでも。 万が一これで盗聴だとか、盗撮だとか、後をつけてきたりとか、家族や友人とか宇佐美とかに迷惑かかったりするなら流石に怒るけど、メールぐらいでぴーぎゃー騒ぐ程繊細では無い。 「明らかに異常だかんね、その数は。普通の人はそんなに無駄に送ってこない」 「そんなの分かんないじゃん。人によるでしょ」 ハゼは異様に葉山を嫌ってるらしくてココ最近ずっと機嫌が悪い。 「僕がおかしいって言ってんだからおかしいんだよ」 ムキになるハゼにこっちもムキになってくる。 「なんでそんなに葉山くんを嫌うの?俺の大事な友達なんだけど。俺が嫌になったらちゃんと嫌だって言うし、俺がそういう人間なのハゼは良く知ってるでしょ」 「ああいう人間は否定されると激昂して何するか分かんないんだよ。ストーカーってそういうサイコみたいな奴らばっかなんだから」 「だから葉山くんはそんな人じゃないってば」 「分かんないだろそんなのは!親友でもなんでもないただのクラスメイトだった真宏にソイツの何が分かんの?」 「それはハゼだって同じじゃんか!ハゼは葉山くんと同じ中学ですら無いのになんで決めつけんの!」 箸を止めお互い睨み合い言い合う。 「まあまあお前ら落ちつけよ」 久我のセリフは真宏の耳にもハゼの耳にも入っては来ない。 「真宏に何かあってからじゃ遅いだろって話をしてんの!」 「だからって何も無いのに突き放すのはおかしいじゃんって言ってんの!」 お互い引くにひけずヒートアップしていく。 まおと久我は「落ち着けよ」だとか「おいおい」だとか宥めてくれているようだけど全然聞いてない。 宇佐美は真宏達を止めるでもなく宥めるでもなくただじっと二人を見つめていた。 「大体さ、喧嘩も出来ないくせになんでそんな大丈夫って自信もって言えるわけ!?」 ハゼのその言葉に真宏はカッと頭に血が上る。 「それどういう意味。俺がハゼより弱いってこと?」 ハゼもムッとした顔をして「さあね」と言ってのけた。 なんだよそれ。 ハゼは俺を下に見てるってことなの。 俺はずっとハゼと久我と対等な友達だと、思ってたのに。 「だって真宏は口ばっかじゃん。喧嘩出来ないのに口ばっかで危ない事に突っ込んでってさ、何回言ってもやめないし」 「……」 「負け戦を進んでやるのはただの馬鹿でしょ」 馬鹿にしたように言うハゼに珍しく久我が「日向!」と怒鳴った。 まお先輩も怒った顔をしてハゼを見る。 .......そういえば、同じような事を宇佐美にも言われたっけ。 「……じゃあ、ハゼは俺の事ずっと守らなきゃいけない弱い存在だと思ってたんだ」 「……そんなこと言ってな、」 「思ってなかったらそんなセリフ出てこないだろ」 キッと睨み上げるとハゼは、ぐ、と押し黙る。 「真宏、気にすんな。売り言葉に買い言葉なだけだ。そんな事本気で思っちゃいねぇよ」 久我の言葉は有難いけれど今はそれを信じられる気分では無かった。 「おい宇佐美サンも止めてくれよ」 困ったように視線を動かす久我に宇佐美は「ふむ」と考えるような素振りを見せていた。 「……俺は、ハゼ達とは対等じゃなかったんだね」 「だからそこまでは言ってないじゃん」 「否定しないってことはそうなんでしょ。俺は格闘技は出来ないから口だけだもんね。口ばっか達者だから、ハゼや久我が居ないとすぐ喧嘩負けちゃうもんね」 ああそうかよ。 俺だけだったんだ、そうやって友達だって思っててさ、なんかさ、嬉しいなとか、楽しいなとか思ってたの。 ハゼも久我もお荷物だと思ってたんだ。 .......俺の知らないところで思ってたんだ。 「……言えばよかったじゃん」 「何を」 ぼそりと呟いた言葉をハゼは拾う。 そうだよハゼはいつだって、俺が零したものをちゃんと掬って手を伸ばしてくれる優しくて思いやりがある人だと思ってたのに。 「弱い奴はお荷物なんだって言えば良かっただろ!! 無駄に優しくして、友達だと思わせてさ、陰では思ってたんだろ!!面倒だ、邪魔だって!!」 「はあ!?そんな事思ってな─……」 ハゼも久我もまおも目を丸くして俺を見ている。 でも俺は止まらない。 イラつきと悲しさと寂しさが入り交じって、心がぐちゃぐちゃだ。 「俺と居ると面倒なんだろ!!でも俺は楽しかった!!友達だと勝手に思ってた!!ハゼの馬鹿!!」 弁当も鞄も放ったまま真宏はその場から駆け出し屋上から逃げた。 言い逃げをしてしまった。 でもこれ以上あそこに居たら、もう、溢れそうだった。 勘違いをしていただけの可哀想で哀れな人間だって、思い知って、涙が溢れそうだった。 ……いや、もう雫は落ちていたかもしれない。 「あーあ、真宏逃げちゃった」 久我の言葉にハゼの方が、ぴくり、と揺れる。 「なんであんなムキになっちゃったの、お前らしくないね」 久我はポンポン、と頭を撫でてハゼを落ち着かせようとする。 ハゼだってあそこまで言うつもりは無かったのだ。 ただただ本当に真宏の事が心配だった。 だってあの日会った葉山という男からは、あまり良くない感じがしたんだ。 そしたら案の定真宏にしつこく付きまとってるみたいだった。 実害はないとはいえ、既にメール数が尋常じゃない。 真宏は、自分の言葉足らずが原因で"僕が真宏を見下してる、友達ではない"と思ってると勘違いしてしまった。 そんなわけ絶対無いのに。 友達だと思ってるから……大事な友達だと思ってたから頭に血が上ったんだよ、馬鹿。僕の、ばか。 「つーかさ、喧嘩は置いといて、その中学時代のって奴、俺もあんまりよろしくねー気がすんな」 まおがそう言うと久我も「んー」と首を傾げた。 「まあパッと見普通の男子高校生って感じではあんだけど、なんつーかギラついてるっつーか、単純になんだコイツ、って感じではあるんすよね」 上手く言えねぇけど、と付け足して久我は菓子パンの続きを食べる。 真宏、お弁当毎日楽しみにしてたのに半分も食べずに置いてっちゃったな……。 「んー……そんなにあかんの?メール多いのって」 さっきまでずっと喋らなかった宇佐美は唐突にそんな事を言った。 「え、キモイでしょ普通に」 「そーなん?」 「そーなん、って……自分がその数メール来たらドン引きするでしょ」 宇佐美は「うーん」と考え込んで、こてん、と首を傾げた。 「けど俺、まひにいっぱい送ってんで?」 「そんな気はする……え?てか、先輩携帯買ったの?」 「おー、まひの写真欲しかったから」 珍しく照れ臭そうに笑う、宇佐美に思わずキュンとしてしまった。 ……なんて言うか。 この人がモテる理由が何となく分かった気がする。 っていうか、ドクズだと思ってたのになんでこの人はこんな割と真っ直ぐというか、綺麗と言うか、なんというか…… 案外真宏と似てんだな。 「真宏の事大好きなんスね」 久我のセリフに宇佐美は素直に「そりゃな」と頷いた。 「せやから俺が追っかけて真宏の株上げてしまおかなぁ〜」 ニヤニヤとこっちみて来る宇佐美にイラッするも、顔を逸らして返す。 「……今はまだ頭冷えてないんで、どーぞご勝手に」 拗ねたようにそう言えば宇佐美は、「ふーん」と何かを思案するように返事してくる。 「俺はダチおらんからよー分からんけど、お前らの掛け合い見てんのは割かし好きやったし、はよ仲直りしぃや」 そう言って宇佐美はお弁当を手際良く片付けて真宏の分の荷物も片付けて屋上から出て行った。 そんな先輩を見て思ってしまう。 ああやって不器用だけど慰めたりなんなりしてくれたり、うさ先輩の大切な真宏を傷つけて泣かしたにも関わらず僕を怒鳴ったりしないのは、真宏の為にそうしてるんだなって、それが出来るくらい真宏の事が好きで同時に俺らの事も一応思ってくれてるんだなって思ったら、一つしか違わないのにやっぱり先輩なんだな、とか思ってしまう。 悔しくてたまらない。 あんなチャラ男より僕の方が絶対真宏を大事に思ってるって思ってたのに。 結局僕は真宏を下に見てたのかな。 そんなつもり無かったのにな……。そんな事を考えていたらじわじわと涙の膜が張ってきてしまう。 自分の未熟さが撒いた種だ。 自分にむかつく。 なんでもっと上手に伝えられなかったんだろう。 "僕は真宏の事が心配なんだ"って。 こんなんじゃ、この間まおちゃんが水族館で真宏泣かした時と同じことしちゃってる。 俯いて涙を堪えていると、不意にわしゃわしゃと頭を大袈裟に撫でられる。 「おー泣け泣け。泣いちまえ、そしたら頭も冷えんだろ」 まおはハゼの頭を撫でたついでに、ぽすん、と自分の胸に隠してくれる。 「泣きてぇって事は、何かしら後悔したんだろ?なら落ち着いた時にまた話せばいーよ。伊縫はちゃんと分かってくれる奴だろ」 ぽんぽん、と優しく大きくてガサツな手で撫でられたらもうダメだった。 涙腺が壊れたみたいにダバダバ涙が溢れてくる。 そうなんだよ、真宏。 僕はね、言い方間違えちゃっただけなの、本当はね真宏のことが心配だったの でもね、もう一つ少しだけもやもやしてたの 真宏が弱いからとか対処出来ないからとか、そんなのはただの言い訳で下に見てたわけじゃなくて、 真宏の友人は何となく僕と隆ちゃんが、一番、だなんて勝手に思ってたからいきなり現れたあんなよく分かんないチャラ男に、知らない真宏が盗られたみたいで八つ当たりしたくなっちゃったの、 そんなわけないよね。 真宏にも過去があるんだから、友達だって居たはずなのにね。 僕の方こそ、嫌な奴だよね、ごめんね、ごめんなさい 「よーしよしよし、いー子でちゅねーひなたちゃん」 馬鹿にしたように撫でてくるまおに、本当は悪態つきたいけど何となく今はもっと甘やかして欲しくて、ハゼはぎゅ〜っと厚い胸板に抱き着いた。 柑橘系の制汗剤の香りが心地良い。 いっぱい泣いてスッキリして落ち着いたら、 ちゃんと真宏に謝ろう。 悪かった、ごめんなさいって。 だからまた僕と、友達をやり直しませんか、と。

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