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第16話
屋上から飛び出した真宏はとりあえず中庭まで上靴のまま出ていた。
飛び出したはいいもののどこに言ったらいいかわからなかった。
とりあえず、物陰に隠れ息を整える。
そしてなぜハゼとこんなことになったのかを考えた。
考えたけれど、自分が悪いしか思い浮かばなかった。
やばい……全部オレが悪くね……
ハゼの言い方はよくなかったかもしれないけれど、それは心配が故だったのはわかるし。
葉山くんは悪い子じゃないけど、連絡の度は過ぎてると自分でも思っていた。
「はぁ……」
「はじめての喧嘩?」
えっと思い顔をあげるとそこにはいつの日かのようにイタズラ顔をした宇佐美がそこにいた。
「今日は泣いてへんな。泣き虫まひちゃん」
ムッとした顔をするとケラケラ笑う宇佐美は気にもせず真宏の隣にしゃがみこむ。
ふわりと香る宇佐美の香水が甘く心地よく優しくて、そばにいるだけで心が落ち着いてくる。
「俺、こういう時、どう解決したらええのかわからへんけど、あのチビ殴ったったらええか?」
「いやよくないよくない」
宇佐美に任せたら流血沙汰になる気しかしない。
彼は喧嘩をしたことがないのだろうか。最も真宏が知る限りでは、宇佐美の周りは常に女の子しかいないし、宇佐美も自分で友達いないって言ってたしな。
「真宏は、自分のこと弱いって思ってんの?」
いきなり確信を突かれたそのセリフに、真宏は押し黙る。
そもそも真宏は昔から兄と比べてしまうことが多かった。
なんでもできて泣き言なんて言わなくて、どれだけ苦しくても笑顔を絶やさずに自分たちの面倒を見てくれて、遊んでもくれたし、不審者ホイホイな真宏はその都度守ってもらった。
そんな人としても男としても強くてかっこいい兄と、守られっぱなしの自分じゃそりゃある程度自信もなくなる。
しかし兄はそんな弟の葛藤も知らずに溺愛し、「真宏は世界一かっこいい」だの「宇宙一可愛い」だの生きてるだけで褒めちぎられて生きてきたので、そりゃもう自己肯定感爆上げにもなる。
真宏は卑屈に「自分なんて……」って思っているわけではない。
ただ、「守られる」ことに人一倍敏感なのだ。
みんなと対等にいたいから。
それがコンプレックスでもあるからこそ、ちょっと言われただけで逆上してしまった。
それと真宏にはもう一つ、誰にも言ってない秘密があった。
別にわざと隠していたわけではない。
言う機会が誰にもなかっただけだ。
「実際に弱いんです、俺は。そりゃあメンタルはつよつよですけど」
「自分で言うん」
「物理的に勝てなかったら弱いじゃないですか。ハゼには勝てない」
「そりゃアイツは有段者やからな」
「久我にも勝てない」
「へぇ強いんや」
「守りたいものを守れなければ、いくら心が強くたって役たたずじゃないですか」
兄のような人間になりたい。
格闘技を習ってみても、運動のセンスがなさすぎて駄目だった。
体力をつけようとしてもバテるし。
唯一磨けたのは右ストレートのみだ。
「ふぅん。難儀なもんやなぁ」
宇佐美はぼんやり宙を見て呟いた。
「でも俺は真宏の言葉にめちゃくちゃ救われまくってんで」
にっかり笑う宇佐美は俺の頭をわしゃりと撫でる。
その瞬間、5時間目が始まるチャイムが鳴り、2人でクスクス笑って「サボろ」と言い合った。
「真宏は拳が強くはないかもしれへんし、体力もないかもしれんし、なんだかよぉわからんけども」
「おい最後」
「でも俺は、まひの言葉一つ一つが大好きやし、今の真宏がかわええし、真宏のおかげで人に対しての考え方も変わってきたし、いいことしかないな」
急に褒め言葉のオンパレードで真宏は僅かに顔を赤くする。
「まあ近くにあんな何でもできるスーパーマンな兄貴がいたら自信なくなんのも理解できるわ」
宇佐美は納得、といった風に頷く。
真宏はそんな宇佐美の横顔を見つめ、ぴたりと体をくっつけて膝に顔を隠す。
「先輩はさ……」
「んー?」
話を聞こうと宇佐美も真宏に体を寄せた。
2人の体温が合わさる。
真宏は固く自分の体を抱き、声が震えぬように吐き出した。
「……先輩は、涼兄のことすきになったこと、ないの……?」
本当は自分が兄に似ているから選んだだけでは。
俺と付き合えば兄と近づけるからそばにいるだけなんじゃないか。
……そんな嫌な考えが浮かぶ。
「まひ、そんなこと一人で考えとったん!?」
「そ、そんなことって!こっちは真剣に考えて……」
「考えたこともないわ。ミヤビさんとなんて」
宇佐美は真宏の腕を引き、自分の足の間に座らせ後ろから抱きしめる。
自分より一回り小さい後輩の背中はいつもの堂々としているものではなく、自信なさげに丸めてしょぼくれていた。
真宏は普段考えないぶん、ネガティブになったら深みにはまるタイプなのかもしれんな、なんて他人事のように考えた。
「ミヤビさんはなぁ、俺にとっても兄貴やねん。恋愛対象にはならんな。っていうか、真宏と出会うまで、恋しよーなんて思ってなかったしな」
「でもさでもさ、俺より涼兄のほうがかっこいいしさ、頭もいいしさ、強いしさ、料理もうまいし……宇佐美がちゃんと食えてた料理は涼兄のだったんでしょ……」
俺の料理は涼兄に教わったからできた味なのだ。
そりゃ宇佐美も食べられるはずだ。
宇佐美の今の土台を作り上げたのは自分ではなく兄。
真宏は世界を拒絶するようにうずくまる。
「俺が最初に食えた料理はな、卵焼きやねん」
「あっそ」
今そんな話聞いてねぇし、ばぁかばぁか。
心で悪態ついていると、宇佐美が耳元で囁いた。
「そういや真宏の好きな卵焼きの具ってなんやったっけ?」
「……なんで今そんなこと……」
こっちは落ち込んでいるのに。
そう思いつつ真宏は「ツナマヨ……」と呟いた。
すると宇佐美は真宏の体の向きを変え、対面するように向き合った。
「それって伊縫家で初めて作ったんは誰?」
「だからなんでそんなこと」
「ええから」
宇佐美は嬉しそうににこやかに見つめている。
真宏は諦めたように「俺ですね」と返すと、宇佐美はにんまり笑った。
「俺がいっちゃん最初に食えたんは、ツナマヨ入りの卵焼きやで」
「へぇ……え?」
真宏が目を見開くと、宇佐美はにっこり笑って真宏のもちもちな頬を手のひらで包み込む。
「まひの卵焼き、むっちゃ美味かった」
「え、な、え?」
驚いて宇佐美を見つめる。
「俺も知ったのは最近なんやけどな。ミヤビさんがニヤニヤしながら教えてくれてん」
な?びっくりやろ?と微笑む宇佐美。
真宏は衝撃の事実に頭が追いついていなかったが理解した時一気に胸がいっぱいになった。
「真宏。ミヤビさんは俺らにとってヒーローで兄ちゃんでかっこええけど、俺は真宏が好き。ミヤビさんに似とるからやない。真宏が好き。それじゃあかん?」
碧く澄んだ宝石のような瞳に見つめられ、真宏も真っ直ぐに見つめ返す。
その視界は歪み、大きな瞳がとろけそうなほど涙の膜が張り、次第に大粒の涙がぽろりぽろりとこぼれ落ちていく。
頬を伝う雫を、宇佐美の指が拭う。
「俺は真宏が好き。その事実は誰であっても曲げられへんねん。誰かの代わりやない。真宏しか嫌やねん」
わかったか、と微笑まれ、真宏が声を上げることもなくただ涙を流し続けた。
「っねぇ、いなく……なんないで……、嫌いになるまで、……っそばにいて……」
宇佐美のワイシャツに縋りすり寄って、言った。
どうしてこんなにも縋りたくなるのかわからない。
宇佐美の笑う顔が切ないからだろうか。
離れていきそうで怖い。幸せなのに、怖い。
「うん、せやな」
ぎゅ、と抱きしめられる。
宇佐美から愛は感じることができるのに、こんなにも寂しくなるのは何故なのか。
分からぬまま、真宏はただ震え縋るしかできなかった。
[newpage]
「さっきはごめん!僕が意地悪言った……。心配だったんだ。真宏変なやつに好かれやすいしさ、そいつストーカーみたいになっちゃうんじゃないかって」
ハゼは頭を下げながらそう言った。
真宏も同じくらいにい頭を下げ、「俺もごめん!」と言う。
「俺の方こそ、ハゼの気持ちわかってたのに卑屈になって嫌なこと言った。本当にごめん」
2人でゆっくり頭を上げて目を合わせ、笑った。
後ろで久我が「えがったえがった」とわざとらしく頷いている。
けれど久我が本当は結構心配していたこと、ハゼも真宏もわかっていた。
だからこそ3人はまた元の仲に戻っていた。
放課後、久しぶりに3人とマオ、宇佐美で帰ろうと昇降口で待ち合わせて正門を出ようとした。
その時、どんっという衝撃が真宏の体に伝わり、危うく転びそうになる。
驚いたのは真宏だけではなく、周りも真宏と同じように目を丸くしていた。
「真宏くん!!また会えた!」
真宏に抱きつきながらそう叫んだのは、ハゼとの喧嘩の要因である葉山だった。
真宏に抱きつく葉山を初めて見た宇佐美だが、周りに気づかれぬようこっそり心でムッとしていた。
「真宏くん!このあと暇!?遊びに行かない!?」
ガバリと顔を上げた葉山に見つめられるも、真宏は「えーっと、」と言いよどむ。
今さっき話題に上がっていた人物がいきなり現れ、たじろぐ。
「真宏くんに話したいこともあんだ!な?いいだろ?いこうぜ!」
真宏が返事するより先にグイグイと腕を引っ張られる。
すると、反対側の腕をハゼが抱きついて掴む。
肩を久我に抱かれ、頭を宇佐美が引き寄せ、マオじゃ葉山の肩に手をおいた。
「僕らも連れてってよ、葉山くん。ここにいるみんな真宏の友達なんだ」
にっこり笑ってはいるものの、どす暗いオーラを放つハゼ。
にこやかに微笑み続けるだけの宇佐美と久我。
そしてマオは葉山の顔を覗き込み、「いいだろ?なあ」と笑顔で圧をかけていた。
「イイっすけどぉ」
多少不満そうな顔をしたものの、葉山は再び表情を変え「じゃ、いこ!」と真宏の腕を引いた。
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駅前の安いカラオケボックスに足を運んだ真宏たちは、ドリンクバーを頼み、真宏側のソファに奥から、久我、ハゼ、真宏、宇佐美、マオの順で詰めて座り、反対側のソファに葉山一人で座ることになった。
葉山はぶーたれていたが、真宏以外の圧が凄く、それ以上文句は言わなかった。
各々ドリンクを持ち、落ち着くと葉山は真宏以外の人間は眼中にないと言いたげに、真宏だけを見て真宏だけに話しかけ。
「真宏くん!あれからどうしてたのか心配してたんだ」
にこやかに話す葉山に、真宏も笑顔で返す。
「俺もだよ。葉山くん急に転校しちゃうから」
葉山は真宏が中学2年のときに、突然転校していった。
「たまたま親父が転勤になっちまってさ。もういいや、って思ってたから学校変えたんだ。あんなクソみたいなところにいたくもなかったし」
カラオケの特別番組で話す女性の声が小さく聞こえる。
時折、隣室で歌謡曲を歌っている男性の歌声が聞こえた。
「真宏くんは?あの学校を卒業したのか?」
「うん、まあね」
頷いて返すと葉山は「やっぱすげぇなぁ!」と声を上げる。
「真宏くんは昔から強いもんな!俺あの頃から真宏くんに憧れてたんだ!」
葉山はキラキラとした瞳で前のめりに真宏を見る。
するとハゼが口を開いた。
「君はどうしてそこまで真宏を構うの?」
その問いに葉山は首を傾げている。
「どうしてって?」
葉山は真宏の友人だと言い張るくりくり頭の女のような見た目の男に初めて目線を合わせ真っ直ぐに見つめ返す。
ハゼもたじろぐことなく同じようにまっすぐ見つめた。
「真宏はたしかに強いし真っ直ぐでかっこいいと思うけど、”友達として”って言うんならあんなに真宏の迷惑も考えずにメッセージを送ったりしないと思う」
ハゼの台詞に葉山はムッとした顔をした。
そして次に言った葉山の台詞で真宏と葉山以外の人間は凍りついた。
「だって、真宏くんにこんなにたくさん友達がいるなんて思わなかったし。前みたいに一人でいると思ってたから、1日暇だろうなって。だから送っただけだけど」
ぶっすぅとあからさまに不機嫌な顔をして葉山。
ハゼたちはそんな葉山を無視して真宏を一斉に見た。
「ま、真宏……」
なんて聞こうか躊躇うハゼをよそに真宏は「たしかに」と笑って葉山に返事をしていた。
「俺たち友達ゼロだったもんね。でも今はありがたいことにこんなに沢山いるんだ俺。でも葉山くんもでしょ?」
そう返せば葉山も嬉しそうに頷いて「うん!」という。
「あの時の真宏みたいに俺もいっぱい強くなりてぇなって思って頑張ったんだ。タイミングよく転校して環境も変えられたし」
「そっか。良かったね」
「でも真宏もあそこに通ってるってことは、わざと?」
「うん。流石にあの生活は俺もきつかったから、高校は変えたんだ」
「まあそりゃそうかあ」
2人だけで進む会話に周りは唖然としつつ、今度は久我が口を開いた。
「お前らって……」
けれどその後言葉が続かなかったので真宏は苦笑しつつ頷いた。
「俺らいじめられてたんだ。中学の時」
そう言うと、室内の雰囲気が一気に凍る。
実際に言葉にすると情けなくて恥ずかしいけれど、隠すことではない。
「正確には違うぞ!真宏は俺を庇っていじめられただけだ!むしろ真宏に対しての評価は高かったんだぞ。まあ主に女子からだけど」
そうだったか?と過去の記憶を探るけど特には思い当たらない。
葉山は1人楽しそうに話している。
「ごめん。なんて声かけたらいいかわからない……。けど、とりあえずそいつら殴りたい」
ハゼは顔をしかめてそんな事を言う。
その表情に真宏は苦笑して「どうってことないよ」と言った。
そうどうってことないのだ。
特段、傷つけられたわけではない。
そりゃ多少の暴力はあったし、陰湿な嫌がらせで恥をかかされたこともあった。けれど、そが心的外傷になったかと言われるとそれはまた別の話で。
トラウマでもないし、夢に見るほどでもない。
ただ、ほんの少しだけ疲れてしまった。
ほんの少しだけ、人が嫌いになった。
でも涼兄や杏のおかげですぐに回復はしたし、卒業するまで粘ったし、高校に入ってハゼや久我に出会えてやっぱり人が好きになった。
宇佐美にも出会って恋に落ちて、楽しい思い出がどんどん増えた。
心の傷というほどではないのだ。
されたことなんてほとんど覚えていないしどんな奴らだったか顔も覚えていない。
けれど一度だけ自分を恨んだことがある。
それだけは、今も忘れない。
「そういえば杏ちゃんは元気?」
どくり、と心臓がなる。
嫌な音だ。思い出したくはないけれど忘れたことは過去の一度もない。
真宏は笑顔を作って返す。
「うん、元気だよ」
葉山はほっとした顔をする。
「あのあと病院にいたから何があったか覚えてないんだ。そんでその後不登校になっちまって転校したからずっと気になってた。そっか、無事だったんだな」
葉山が不登校になったきっかけの出来事。
真宏が人間不信になりかけ、自分は弱いと知らしめられたあの出来事。
あれだけは真宏も葉山も忘れたことはない。
「……何があったか聞いてもいいやつか?」
久我がおずおずと聞くと、葉山は「真宏くんが良いなら」と返した。
そして視線は真宏に集まる。
真宏はあの日の出来事を脳裏に浮かべ、口を開いた。
「妹の杏が、誘拐されたことがあるんだ」
「え」
ハゼが声を上げる。
「俺たちをいじめてた連中がふざけ半分にって感じで。まあ結果、杏のほうが腕っぷし強くて1人でブチギレてのして事なきを得たんだけどね」
そう笑うとハゼがまたもや声を上げた。
「え!?杏ちゃんってあんな細くて可愛いのに、腕が立つの!?」
ハゼの台詞にケラケラ笑いながら真宏は返した。
「杏は俺と違って運動神経がいいから涼兄に教わって防犯のためって感じで、一応喧嘩できるんだ。だから俺より強い」
「可愛くて強いって最高じゃん」
「まあね。でもやっぱり女の子だからさ、すっごい心配したわけ。助けに行ったところで喧嘩できないしさ、かたや葉山くんは別のやつボコられて失神しちゃってて……。あの時が一番色々重なってたんだよねぇ。ピークというかなんというか」
言ってる本人はけろりとしているがなかなかにハードな過去だ。
けれど当時の真宏はこれまでの人生で一番暗かった。
杏に迷惑をかけたことが何よりも辛く、そんな彼女を兄らしく守ってやれなかったことも、悔しかった。
食も細くなり、睡眠も難しく、果ては胃潰瘍になりしばらく学校を休んだりもした。
これまでストレスで体にまで支障が出たことなんてなかったから、兄の涼雅からは休学したらどうか、と提案されたりもした。
もしくは転校を、と。
真宏も一時期はそれを考えたりもしたのだ。またここに通い続けて杏や涼雅に迷惑をかけるくらいなら転校するべきだろうか、と。
悩んでいた時、そんな兄を見かねたのか杏が部屋にやってきて言い放った。
「あたしは気使われんのが大っ嫌いなの。あと、ヒロ兄が負けっぱなしなのも気に食わない。辛くて苦しいっていうんなら止めないけど、まだ戦う気があるんならあたしは応援するから、」
だから、
「負けんなよ」
杏の言葉に励まされた真宏は休学も転校もしなかった。
最後まで通い続けた。
勿論、体調不良もなく通いきったのだ。
卒業式のあと、担任から「何もしてやれなくてごめん」と頭を下げられたが何も思わなかった。
なんの抵抗もせず通いきり笑顔で卒業することが何よりも復讐だと思っていたから、全て笑顔で答えてきた。
けれど、卒業式が終わり、家に帰った時、再び胃潰瘍でぶっ倒れた、
その後一週間はストレスからくる疲労による発熱で寝込んだ。
そうして時を過ごし、真宏は今の高校に入学してみんなに出会ったのだ。
だからこそ、友達を大切にしたいし、でもまっすぐに向き合いたい。
けれど適度な距離感がわからないのだ。
宇佐美も真宏も、人との関わり方はまだまだ未熟者同士。
「でもだからこそ、真宏は今も強ぇんだな。なんとなく理由がわかったわ」
久我の言葉にハゼは頷く。
「だから俺、そんな真宏くんに憧れてんだ。あの日、みんなは俺がいじめられてても見てみぬふりだったけど、真宏くんだけは俺を自分の背に隠して守ってくれた。気まぐれの1回じゃなくてその後もずっと、俺を探して守ってくれた。本当に嬉しかったんだ」
なんだか改めて言われると恥ずかしいな。
真宏は顔が熱くなるのを自覚して余計に恥ずかしくなった。
「昔から真宏は真宏なんだな」
感心したようにつぶやくマオに真宏は笑った。
あの頃は苦しいだけだった。
苦しくて辛くて、でも助けを求めたら弱い証拠な気がして体が駄目になるまで誰にも言えなかった。
でも今は受け入れてくれる誰かがいる。
もうひとりではないのだ。
幸せだと胸を張って言える。
「俺はみんなに感謝してる。みんなのおかげで今幸せだから。ありがとう」
笑えば泣きながらハゼに抱きつかれ、久我に無言で頭を撫でられ、マオも男泣きをしながら背中をぽんぽん叩いた。
宇佐美は微笑みながら真宏を見つめていた。
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