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Just the beginning ③

 身体能力だけではなく、学業の成績もそこそこ良かったため、奨学金での大学進学の話も出たが、断った。章良は大学で何か学ぶことには興味がなく、どうせなら身につけた武術で人の役に立つような職に就ければと思っていた。  そんな折、施設の事務室で就職先の相談をしていたときに、職員が手にしていたファイルに自分の経歴が書かれた書類があるのが見えたのだ。ちょっと職員が席を外した隙に、章良は好奇心からその書類を抜き取った。  気づかれないように自分の部屋に持ち帰り、書類に目を通してみると、自分の知らなかったことが色々と書かれていた。  自分が以前別の施設で育ったことは、今の施設の教員から聞いてはいた。しかし、どういった過程でこちらに移ってきたのかは知らされていなかった。  書類によると、自分は前の施設で事故にあったらしい。その際に大きな衝撃を受けて、記憶喪失になったと記述があった。ああ、それでか。章良は1つ納得することがあった。章良の背中には大きな傷跡があった。何かに切り裂かれたかのように斜めに一直線に背中を横切った傷。職員にも傷について尋ねたが、前の施設で怪我をしたのだと聞かされていただけだった。  こんな大きな怪我をしてなぜ自分がそれを覚えていないのかと思ったが、記憶喪失になっていたからだったのか。そして、時々自分が夢に見ていたあの場面は、まさにその事故のときの記憶だったのだろう。そう理解した。しかし、まだいくつか疑問が残る。どうして自分はあのあと、別の施設に移らなければならなかったのだろう。そして、あの一緒にいた少年。彼は一体どうなったのだろう。  書類にはもちろん自分の経歴しか書かれておらず、少年に関しての記述は一切なかった。  章良は前の施設を訪ねた。事故のことも知りたかったし、少年のことも何かわかるかもしれないと思ったのだ。しかし、それは叶わなかった。その施設は随分前に閉鎖されていたのだ。  それから、あの夢を見る度に少年のことを思い出すのだが、章良にはその少年の名前も顔も知る術はどこにもなかった。

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