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小話(ハロウィン編) クッキー・センセーション ⑦
「…………」
リビングに残される、晃良とコスプレーヤー黒埼。
「……お前、とりあえずそれ脱いだら?」
「え? いいじゃん、このままで。ハロウィンだし」
「だけど、マスクしてるからお前の顔、見えないし」
「アキちゃん、そんなに俺の顔見たかった?」
「いや、そういうわけじゃない。見えないのが気持ち悪いだけだから、って聞いてねー……」
もう、見たいなら見たいって言ってくれたらいいのに~、と言いながら黒埼がマスクを取った。いつもの、男前だがいやらしい顔をした黒埼の顔が現れる。
「あ、そうだ。俺、アキちゃんにお土産あるよ」
「要らね」
「……アキちゃん。出す前から要らないなんて言ったら失礼だから」
「……それはそうだな。その通りだわ。悪かった。条件反射でつい拒否反応が出ちゃって」
「相変わらずアキちゃんはツンデレだね~」
「いや、違うし」
はい、これ。と上着のポケットから何やら袋のような物を取り出すと、晃良の方へと差し出した。
「クッキー?」
「そう。かぼちゃの。俺が作った」
「黒埼が??」
「そう」
差し出された袋は透明のお菓子用のラッピング袋で、中にはいびつな形をした丸い黄色みかかったクッキーがいくつか入っていた。よく見ると、クッキーの1つ1つに目と口が薄らとあるのが見える。
「これ、もしかして……あの、かぼちゃのやつ?」
「そう。ジャックオーランタン」
「なんで急に……」
「別に急じゃないんだけど。昔はよく作ってたから。アキに」
「そうなんだ?」
「ん。その時は、別にハロウィンだからじゃなかったけど。ただ、アキがかぼちゃのクッキー食べたいって言ったから作り始めて。今日のはジャックオーランタン風にしてみたけど」
不思議な感じだった。黒埼が作るこのお世辞にも美しいとは言えない見た目のクッキーを、施設にいた頃にはよく食べていたなんて。全く覚えていないけれど。
こういう時に。なんだか悲しいような寂しいような、申し訳ないような気持ちになる。本来ならば覚えているべきことなのに。そうだったよな、と笑って言えたらどんなに良かったか。
「食べてみて」
「ん……分かった」
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