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小話(ハロウィン編) クッキー・センセーション ⑧

 晃良は黒埼に促されて、袋の口を開けてクッキー1枚取り出した。そのまま口に持っていき、一口(かじ)る。  あれ?  クッキーの味が口の中に広がった途端。晃良の中の何かが反応した。波が押し寄せるかのように、その何かは晃良の中を駆け巡る。何とも言えない感覚。感情。懐かしさ、だろうか。懐かしさなのかもしれないと自覚したと同時に、苦しいような切ないような気持ちが胸を締め付けた。 「おいしい? アキちゃん」 「…………」  晃良はなんと言っていいか迷った。クッキーは懐かしい(と思われる)味はした。したけども。  ……まず。  見た目と同じくお世辞にもおいしいとは言えなかった。まずいというより、味がない。そして、口の中に粉っぽさが広がりパサパサしていて、更にはとても硬かった。クッキーの失敗例をこれでもかと詰めた感じの仕上がりになっていた。  晃良はちらりと黒埼を見た。黒埼は期待を込めた、キラッキラした目でこちらをじっと見つめている。こんな顔をされたら。さすがにまずいとは言えない。 「……うまいよ」 「ほんとに?? 昔もうまい、って喜んでくれてた」  そう言って、嬉しそうに満面の笑みで黒埼が微笑んだ。  あ。  その笑顔に晃良の心臓がとくん、と音を立てた。一瞬。少年の黒埼が見えた。同じように、嬉しそうに晃良を見るあの笑顔。 『おいしい? アキ』 『うん。めちゃくちゃうまい』  施設の庭らしい芝生の上で、2人して仲良く並んで座っている。嬉しそうにクッキーを頬張る幼い頃の自分を、少年の黒埼がじっと見ている視線を感じる。  どこからともなく蘇る、2人の声。あの風景。  初めて、幼い頃の黒埼の顔を思い出した瞬間だった。ああ。ちょっとだけだけれど。思い出せた。晃良は、それだけで、その事実だけで、泣きたくなるほど嬉しかった。 「アキちゃん?」 「あれ?? どうしたの? アッキー」  黒埼と、キッチンから食器を運んできた有栖が、晃良を見て同時に尋ねてきた。 「……なんでもない。クッキーがうますぎて感動しただけだから」  そう言って晃良は残りのクッキーも袋から出して次々と口へ入れた。ハロウィンに泣きながらお菓子食べるなんて馬鹿みたいだけど。 馬鹿でいいし。  口いっぱいクッキーを頬張って、無言で咀嚼(そしゃく)する晃良を有栖が不思議そうに見ていた。黒埼はそっと微笑んで、晃良がクッキーを食べ終わるのを晃良の隣でずっと見つめていた。あの時と同じように。

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