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Going out with you ⑩
黒埼に指示されて着いたのは、高級感溢 溢れる、会員制のイタリアンレストランだった。そこにはプライバシーに配慮された個室がいくつか用意されていた。そこの1つに案内される。
店員の様子からして、黒埼はここの常連のようだった。こういった高級な場所はよくお偉いさんが商談や会合を開くときに利用するので、BGとして店に入ったことは何度もあるが、自分が利用するのはもちろん初めてだった。
「おい、黒埼。俺、普段着なんだけど。いいの?」
「大丈夫。個室だから誰も見てないし。俺、スウェットのときとかあるよ」
「それはお前がお得意様だから向こうも文句言えないだけだろ?」
「どうだろ?」
「てか、お前、こっちに住んでねぇのになんでこんなに詳しいんだよ、色々と」
「え? だって、日本しょっちゅう来てたし。ジュンと。よく色んなところ行ってるから」
「そうなのか?」
「ん」
そうは言っても、多忙な中、常連になるくらい日本とアメリカを行ったり来たりできるものだろうか。なんとなく腑 に落ちなかったが、そこでウェイターが注文を取りに来たので会話は一旦中断された。
ランチ用のセットメニューからそれぞれ選んで注文した。ワインも勧められたが、晃良は車で来ているし、黒埼も帰ってすぐ仕事だからと断って、結局炭酸のミネラルウォーター(これまた高級の)を飲むことした。
飲み物が運ばれてきて、軽く乾杯をする。黒埼が突然ふっと笑った。
「なんだよ?」
「なんか、変な感じだな。酒じゃないけど、こうやってアキちゃんと2人でかしこまって乾杯するのが」
「そうか?」
「ん。昔しか知らないから。施設のでっかいテーブルでよく向かい合って食べてたけどな。アキはよく喋るしうるさかったから、いっつも怒られてた」
「いや、さすがに大人だからな、俺も。もうそんな、デカい声で食事なんてしねーし」
「まあ、そうだけど」
そう会話をしつつ、晃良の心の中に複雑な気持ちが広がる。昔の自分しか知らない黒埼と、今の黒埼しか知らない自分。この微妙な違和感が生まれる度に、胸が苦しくなる。それは罪悪感なのか。喪失感なのか。
黒埼は気づいているのだろうか。昔の話を黒埼がするとき。
『アキ』
晃良のことを『アキちゃん』ではなく『アキ』と呼ぶこと。それはまるで、今の晃良と昔の晃良に大きい隔たりがあると言われているような気がして、なんというか、自分が欠陥品になったかのような、黒埼に認められていないような、そんな思いに駆られるのだ。
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