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Touched on the past ⑩ ★

 快感の波がゆっくりと遠のいていく。黒埼の髪を掴んでいた右手をそっと外すと、唇を離した。目の前で黒埼の瞳とぶつかる。晃良はその瞳をじっと見つめ返した。 「黒埼……」  先ほど見えたあの光景も。あの感覚も。黒埼に説明したいのに、上手く言葉が出てこない。自分は確かに、黒埼を見た。少年の時の黒埼を。クッキーを食べた時に思い出した顔と同じ黒埼の顔。また一瞬だけだったけれど、確かに晃良の脳裏に浮かび上がった。  そんな晃良の気持ちを知ってか知らずか、黒埼は何も言わなかった。じっとしばらく晃良の瞳を覗いていたが、やがてふっと笑って晃良から体を離した。 「アキちゃん。よっぽど溜まってたんだな。凄ぇ出た」  そう言って、部屋に備え付けてあるティッシュに手を伸ばして数枚抜いた。まだ動けないでいる晃良に再び寄ってきて、代わりに拭いてくれる。 「……浴衣、汚れた」  そう言うのが精一杯だった。言い知れぬショックと絶頂を迎えた興奮がまだ体の中に残っていた。 「大丈夫じゃない? 他に代えの浴衣もあるし。それか、パンツで寝たらいいじゃん」 「パンツも汚れた」 「代え持ってきてるでしょ? 足りない分は買ったらいいじゃん」 「……うん」  黒埼がせっせと世話をしてくれている間、大人しくされるがままになっていた。浴衣も下着も脱がされて全裸になる。ティッシュとタオルも使って綺麗に拭いてくれた。新しい代えの下着も晃良の荷物から取ってきて履かせてくれた。そこでふと晃良は気づいた。 「なあ」 「ん?」 「黒埼は……イかなくていいのか? 手とかで……」 「ああ……今日はいい。アキちゃんのエロいの見れたし」 「そうか……」 「ん」  さ、寝よ。そう言って、再び黒埼に手を引かれて寝室へと戻った。そのまま2人で横になると、後ろから浴衣を脱いで下着1枚になった黒埼が抱きついてきた。そのままの姿勢で話し始める。 「アキちゃん、明日、デートしよ」 「お前、いつまでこっちにいんの?」 「あんま長くはいられない。明日の夜には帰るよ」 「……なあ」 「ん?」 「そしたら明日、行きたいとこあんだけど」 「どこ?」 「施設があったとこ」 「…………」 「行ったら、何か思い出すかもしれないだろ?」 「行ったことないの?」 「あるよ。かなり前に。施設は閉鎖されてたけどな。そん時は時間がなくてすぐ帰ったから、今度はちょっと周りをゆっくり見てみたいんだけど」 「……分かった、いいよ」  晃良たちが過ごした施設は、この温泉地がある県内にある。ここからならば、あの施設まで日帰りで行けるはずだ。観光ができないのは残念だが、黒埼が帰った後の最終日に少し観光できればいいし。それに。施設へ行くのなら、黒埼と一緒の方がよい気がした。  黒埼の身体から熱が伝わってきて、段々と意識が遠のいていく。  久しぶりに黒埼の腕の温もりを感じながら、おやすみの挨拶をする間もなく、晃良はすぐに眠りに落ちた。

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