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Out of control ⑥

 1人ベッドの上に取り残される。ぼうっと寝転がりながら天井を見上げた。  風邪をひいてこのベッドに寝ていた時の自分を思い出した。黒埼が看病してくれてすぐに回復できたのだが。自分はあの日、ずっと否定し続けてきた黒埼に対する気持ちを認めざるを得なかった。  もう認めてしまったのだから、それを否定することは止めた。けれど。この気持ちを黒埼に伝える気も、分かるように振る舞う気もなかった。尚人や涼にも打ち明けるつもりもなかった。むしろ、周りには隠しておきたいくらいだった。  あの時。風邪だからと一線を越えることをやんわりと止めた黒埼から感じ取ったこと。  黒埼はなんやかんや言って、自分と最後までする気はないのではないか。  一度思いつくと、過去の黒埼の言動からそれはほぼ確信へと変わっていった。最初に会った時も。ラブホテルの時も。温泉旅行の時も。やろうと思えばきっとそのまま最後まで進めただろうに。晃良はそれでもいいとどこかで思っていたのに。晃良ではなく、黒埼が自らその機会を手放しているのだ。いつも。さっきだって。  あの引っかかりはきっと勘違いではない。黒埼は、晃良から攻められるのをなるべく避けているのだ。だから、黒埼がイくところを今まで見たことがなかったのだ。最後まで成り行きで進んでしまわないように。  その理由は1つしかない。 『ヒョウちゃん』  幼い自分が無邪気に黒埼を呼ぶ。自分のはずなのに。未だに誰か別人のように感じる。夢の中でもまるで幼い自分の視点を借りて別の自分が映画でも観ているような感覚だった。 『アキ』  時々漏れる、黒埼の愛情込めた言葉。あれは、今の自分に向けられたものではなく、幼い頃の自分に向けられているのだ。  そう。黒埼は、今のままの『アキちゃん』とは一線を越えたくないのだ。意識的なのか無意識的なのかは分からないけれど。黒埼は『アキ』が出てくるのを待っている。そう感じた。だから、ヤりたいと言う割には、最後まで進むことなく、晃良が覚悟を決めた時ですらやんわりとかわして誤魔化しているのではないか。  一部思い出しただけでは駄目なのだ、きっと。全て思い出して、完全に『アキちゃん』と『アキ』が一緒にならなければ、黒埼は自分を本当の意味で受け入れることはないだろうと思った。そして。そんな状態で黒埼の気持ちを素直に受け入れることも、自分の気持ちを伝えることも絶対にしたくなかった。  なぜなら。  はあっ、と大きな溜息を吐いて起き上がる。もう寝られそうになかった。とりあえず小説でも読もうかと服を着る。ふと、黒埼の残り香が漂った。夢の中の幼い自分がふふふと笑った気がした。その途端、心の中に暗い影のような感情が渦巻く。  自分でも本当にアホだなと思う。他人からしたら理解されないかもしれない。けれど、自覚してしまったこの感情はもう消すことはできそうもない。  そう。自分は、『アキ』に嫉妬している。  黒埼に対する気持ちを認めてしまえば、辛いことが待っているのは覚悟していた。しかしそれは、過去を思い出せないもどかしさや、幼い頃の2人の関係に対する戸惑いからくる苦しみだと思っていた。まさか、こんな感情まで付いてくるとは自分でも予想しなかったことだった。  晃良はふうっと息を吐くと、その感情を振り払うように頭を微かに振った後、読みかけていた文庫本に手を伸ばした。

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