「うわぁっ」 「ちょっと、アキちゃん、声大きい」 「いや、だって……これ、何？？」 「え？　これ？」 「どうみてもアクションじゃねぇだろ？？」 「あれ？　そう？」 　薄暗い中、黒埼がチケットを見る仕草をした。 「ほんとだ。これ、ホラーだった。間違えて買っちゃったみたいだわ」 「……嘘つけ。わざとだろ、お前」 「えー、だって、怖がるアキちゃん、見たいなって思って」 「なんでだよっ」 「いや、昔も、お化け怖がって、よくぎゅうって可愛い顔して抱き付いてきてさぁ。その顔がもうたまんなくてぇ」 「……帰る」 　そう言って立ち上がろうとした晃良の腕を、黒埼が素早く掴んで引き戻した。 「何すんだよっ」 「アキちゃん。今からアクションのやつ観ようとしたら次まで待たなきゃなんないよ。どうせ待つんだったらこれ観ようよ」 「外で待ったらいいじゃん」 「普段仕事でもっとエグいの経験してるでしょ？　それとも、アキちゃん、そんなヘタレだったわけ？」 　ヘタレ、という言葉に、晃良の男らしい一面がぴくりと反応した。確かに。仕事上でリアルに血とか傷とか見たりはしている。心霊系は出てこないが。そんなグロい経験を何度もしている自分が、作り物の怖さに負けてもいいものか。 「……ヘタレじゃねぇし」 　ぼそっと言い返すと、黒埼がふと笑った。 「ならいいじゃん。どうしても観たくないとこあったら目をつぶったらいいし」 「…………」 　自分は別に、グロいのは怖くもない。怖いのは得体のしれない『何か』なわけで。『何か』さえ見なければ。 　晃良は覚悟を決めた。 　この戦い、勝ってやる。 　と、再び見始めた10分後。 　ダメだわ、これ。 『何か』が予想以上に怖かった。正体は全て見せないのに、ちらっと画面の片隅に一瞬だけ現れたり、登場人物の後ろに立っていたりする。 　再び黒埼の腕を掴んで、ぎゅうっと握り締めた。出るっと思うタイミングで目を瞑る。 　そんなことを何度か繰り返していると。 　は？ 　怖くて目を瞑るタイミングで唇を塞がれた。驚いて目を開けると、黒埼のキスが隣から飛んできたらしい。スクリーンからの光で黒埼の表情が微かに見える。唇を重ねたまま目で何してんだよ、と黒埼に訴える。黒埼の目がいやらしく笑ったように見えた。