「ちょ……ん……」 　するっと黒埼の舌が入ってくる。黒埼の両腕を掴んで引き離そうとしたが、なぜか手に力が入らなかった。真っ昼間の映画館の中。がらがらとは言え、他の目だってあるのに。しかも男同士。そんな状況が逆に晃良を刺激して、正常な判断をなくさせていたのかもしれない。なぜか抵抗する気が失せた。 　結局。映画そっちのけで、そのキスは長い間続いた。おかげでその間、晃良は怖い思いをすることはなかったが。 　黒埼の手が服の中に入ってきた時はさすがに止めた。キスを一旦止めて、注意する。 「止めろ」 「いいじゃん、ちょっとだけ。誰も気づかないって」 「殺すぞ」 「えー、もう、アキちゃんのケチ」 「……ほんとに、なんなんだよ、急に」 「いや、だって」 　そう言ってにやりと黒埼が笑ったのが分かった。耳元で囁くように呟く。 「アキちゃんの怖がる顔がエロかったから。それ思い出したら我慢できなかった」 「……ほんとに変態だな」 「俺だけじゃないって」 「は？　何が」 「あれ」 　そう言われて前方を見ると。自分たちより数列前に座っていたカップルの影が映画を観ているには不自然な動きをしていた。 「……変態ばっかだな」 「男だったら普通だって」 「いや、俺、そんなの思わねぇし」 　そこではっとする。 「お前もしかして、最初からこのつもりだったのか？　映画観る気なんて、さらさらなかったんじゃねぇの？」 「え？　どうだろ？」 「とぼけるな。お前のその性格だったら十分あり得る」 「だって１回してみたかったから。映画館でいちゃいちゃ」 「出たな……本音が」 「うん。だから、もう１回ちゅーしよ」 「いや、しない」 　その後、晃良はぐずる黒埼を無視して、最後まで留まらずに映画館を後にした。ぶつぶつと文句を言いながらも黒埼もついてきた。