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No matter what ⑬
翌日の朝は少しだけ時差ボケの影響で頭がぼうっとしていたが、なんとか酷くならずに済みそうだった。
仕事着に着替えて、ホテルを後にする。クライアントの滞在先のホテルへと向かった。そのホテルは晃良がどんなに頑張っても泊まることができそうもないような高級ホテルで、パーティーに参加する他の有名人も何人か滞在しているようだった。そのため、入り口は厳戒態勢がひかれており、ファンと思われるギャラリーもいた。
身分証を提示し、ボディーチェックを受けた後、ホテル内へと入った。ロビーで仲間を待つ。晃良の携帯が鳴った。相手を確認すると黒崎だった。
「もしもし」
『あ、アキちゃん? もう仕事?』
「そう。もうすぐクライアントと会う。だから、しばらくは連絡取られないからな」
『そっかぁ。で、聞いてなかったんだけど、何の仕事?』
「言ってなかったか? こっちの俳優の警護だけど」
『誰? 男?』
「うん。だけど、若いヤツ」
『若いもおっさんも関係ない。男は要注意だから。まだ女の方がマシ』
「いや、何もないから。クライアントだし。仕事だし」
『なんてヤツ? 有名なの?』
「ん。クリス・イノウエっていうヤツ」
『……ふーん』
「知ってる?」
『うん。そいつ今大人気。こっちで』
「そうか……俺、知らないからさ」
『アキちゃん、そういうの疎いもんね』
「興味ないからな」
『まあ、とにかく。仕事頑張ってね』
「うん」
『アキちゃん』
「ん?」
『好きだから』
「…………」
素直になるとは決めたものの。公共の場で「好き」という言葉をあっさりと出すには、いくら日本語で周りに分からなかったとしても照れが先行してまだ抵抗があった。
『もう、アキちゃん。そこで「俺も好き」って言ってくれないと。まあ、今度、可愛く、誘うように言ってくれるし、我慢するけどぉ』
「……覚えてたのか?」
『当たり前じゃん』
その時、仲間の1人がロビーに姿を現した。晃良に気づいて手を上げる。
「あ、俺もう行かないと」
『うん。アキちゃん』
「なに?」
『気をつけてね』
「……うん」
『じゃね』
ぷつっと通話が切れる。どうしたのだろう。最後の「気をつけて」にいつもと違う黒崎の声のトーンを感じて、妙に胸騒ぎを覚えた。
「アキラ、クライアントの移動経路もう一度確認しようぜ」
いつの間にかチーム全員集合していた。
「ん、分かった……」
晃良は今しがた感じた胸騒ぎを無理やりに押し込めて、仲間の後に付いて歩き出した。
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