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No matter what ㉗

「アキちゃんが俺の傍にいてくれるんだったら、もう何も望まない」 「黒崎……」  自分が生まれて初めて心から愛しいと思った男の顔が、今、目の前にある。どうして惹かれたのかなんてどうでもいい。変態だろうと、ストーカーだろうと、嫉妬深かろうと、我儘放題だろうと。  ありのままの自分を望んでくれるのなら。「アキ」ではない自分を求めてくれるなら。  晃良はそっと黒崎の服の袖を掴んだ。優しい黒崎の視線を受けながら、じっとその瞳を見上げる。 「好きだ」 「…………」  黒崎が目を見開いて一瞬完全に固まったように見えた。その数秒後。 「うわっ。なになに??」 「行くよ、アキちゃん」  もの凄い勢いで腕を引っ張られて、部屋を引きずられるように出ていく。 「ちょっと! 黒崎??」 「移動する」 「どこに?」 「他のホテル」 「は? なに? なんで?」  エレベーターに乗ったところで、ぎゅうううっと抱き締められた。 「アキちゃんとの初めてが、こんなショボいホテルなんて許せんし」 「は?」  その言葉の意味を理解した途端、晃良の顔が赤くなる。黒崎の腕の中から黒崎を見上げる。 「どういうこと?」 「そのままの意味じゃん」 「だけど……」  チン、と安っぽい音が響いてエレベーターが開いた。ロビーを再び引っ張られながら横切り外へと出る。すぐにタクシーを捕まえて乗り込んだ。  行き先を黒崎が告げて、後部座席に落ち着いたところで黒崎に尋ねる。 「で、なんでこうなんの?」 「だから、そのままだって。アキちゃんとの初エッチがあんなとこなんて嫌だし」 「いや、それは理解したんだけど……」 「じゃあ、何?」 「さっきの流れからなんで急にそうなったわけ?」 「はあ?? 何言ってんの?? アキちゃん」  黒崎が、そんなことを聞くなんて信じられない、という顔で晃良を見た。 「アキちゃんが誘ったじゃん!」 「は? いつ?」 「だから! 約束の! 愛しくなった時に、心を込めて、可愛く、誘うように『好き』って言ってくれるやつ!」 「……忘れてた」 「……出た。すぐ忘れる。アキちゃん、ほんとそういうとこあるよね」 「ごめんって。だけど、言ったじゃん。結局」 「無意識にじゃん。約束忘れてたじゃん」  黒崎が拗ねた顔をした。  これは、早めに機嫌を取った方がいいな。  そう思った晃良は、そっと黒崎の手に自分の手を重ねた。 「なあ、だけど、考えてみろよ」 「……何を?」 「無意識ってことは、本当にそう思ってなかったら出ないだろ」 「そうだけどぉ……」  ぐっと黒崎に耳元に顔を近づけた。そっと(ささや)く。 「無意識で言ったくらい、色々(あふ)れた」 「…………」 あ、この顔、さっきと一緒じゃん。 再び黒崎の固まった顔が現れた。と、突然、がばっと身を起こして、タクシー運転手へと訴える。 「全力で急いでくれる??」 こっちも色々(あふ)れそうだわ。 そうボソッと聞こえた黒崎の呟きに、ふふっと笑う。黒崎と手を重ねたまま、キラキラと輝く夜の街を車窓から眺めた。

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