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This is the moment ㉟
「大丈夫?」
後ろから声がかかってはっと顔を上げた。心配そうにのぞき込む看護師の姿があった。
「……大丈夫です。ちょっと感情的になってしまって……」
そう言うと、その看護師は少し微笑んで晃良を見た。
「感情的になるのはしょうがないよね。黒崎さん、晃良さんの恋人なんでしょ?」
「…………」
なんと答えていいのか分からず言葉に詰まった。まあ、晃良の様子を見てればそんなのはバレバレだったのかもしれないが。
「先生も脳や体自体には何にも問題ない言っていたし。早く目が覚めるといいね」
「……そうですね……」
さて、検温しようかな。と看護師が明るい声で言った。晃良は邪魔にならぬよう、飲み物でも買ってこようかとベッドの傍から離れた。
「俺、ちょお、売店行ってきます」
「はーい」
一言声をかけて病室から出た。が、廊下を少し歩いたところで、先ほどの看護師が病室から顔を出して大声で晃良を呼び止める声に足を止めた。
「晃良さんっ! 来て! 黒崎さんがっ」
一瞬。状況が飲み込めずにぼけっと看護師を見ていたが。次の瞬間には足が勝手に病室へと走り出していた。
「先生呼んでくるわ」
そう手短に言い放って病室を急いで出ていく看護師と入れ替わりに、晃良が中へと駆け込んだ。そこには。瞼 を開いて天井をじっと見ている黒崎の姿があった。どくん、と胸が鳴った。
怖い。
そう思った。黒崎が目覚めてくれるのをこんなにも待っていたのに。今は怖かった。黒崎が全てを忘れていたら。晃良のことが分からなかったら。
覚悟していたはずなのに。恐怖が晃良を襲う。
『アキちゃんの記憶が戻らなくても。もしアキちゃんと施設で会ってなかったとしても。どんな状況でも。アキちゃんに会ったら、俺はなにがどうしたってアキちゃんに惚れるんだろうなって』
いつかの黒崎の告白が蘇 ってきた。
そうだ。自分は何を恐れているのだろう。自分だって同じだ。黒崎の記憶がなくなっても。どんな状況でも。自分は黒崎に惚れているし、変わらないのだ。何度も確認してきた自分の覚悟。今一度自分に言い聞かせる。
晃良はふうっと、小さく息を吐いた。それから、ゆっくりとベッドへと近づいた。
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